04-08 彼らの思惑(3)
翌日、私とジュリアスは最初に待ち合わせた南の海岸まで馬車で送ってもらった。
「ディアドラ様、ジュリアス様。このたびは当国にお越しいただきありがとうございました。ぜひまたお越しくださいね」
フィオネが優雅なお辞儀をして、それからにこりと笑ってくれた。私も少し慣れてきたお辞儀を返す。
「うん、またね! 本もたくさん貸してくれてありがとう」
来た時は一つだった鞄が、帰るときには二つに増えた。増えた荷物は全部本だ。フィオネに頼んで買ってきてもらったものと、フィオネが貸してくれたもの。うっかり混ざらないように、フィオネに借りた本は別の鞄に入っている。帰りは海の上も飛ぶけれど、この鞄だけは絶対に落とすわけにいかない。
「この国のために戦ってくれたこと、礼を言う。ありがとう」
レオンが私とジュリアスを見比べながらそう言って、それから私だけに顔を向けた。
「本の話をしている間、フィオネは楽しそうだった。今後も妹とは仲良くしてやってほしい」
「うん! ……ジュリアスには仲良くしてって言わないの?」
私が首を傾げると、レオンは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
「……俺はまだ認めてない」
ジュリアスがフィオネに通信機を送るって言ったのは黙認したくせに。
お兄ちゃんの心境なんて私にはわからないけれど、まあ、いろいろ複雑なんだろう。たぶん。それに〝まだ〟って言ったしな。可能性はあるってことだ。私はレオンに、ふふっと笑みを返した。
ヘイスが一歩進み出て、こちらに頭を下げた。
「ご滞在中にいくつかご不便をおかけしましたこと、心よりお詫び申し上げます。立場上あまり自由なことは申し上げられませんが、ごく個人的な希望を言わせて頂ければ、会議の再開を願っております」
「うん? うん」
不便って何のことだろう? 魔力を抑える腕輪のことかな? そういえば私が着けていたはずの腕輪は気が付いたらどこかに行ってしまっていた。あれって弁償しなくていいのかな。気にはなったけれど、弁償しろと言われてもお金はないので、黙っておくことにしよう。
「お世話になりました」
ジュリアスがそう言って頭を下げてから私を見たので、同じように「お世話になりました」とお辞儀をした。
もう一度それぞれ別れの挨拶をしてから、私とジュリアスはナターシアに向けて飛び立った。しばらく海の上を飛んでいると遠くに見えていた大陸が徐々に大きくなり、魔王城が見えてくる。
城へ戻った私たちを、お父様が出迎えてくれた。
「おかえり、二人とも。無事で何よりだ」
「お父様、ただいま!」
荷物を抱えたままお父様のところまで駆け寄り、にっこり笑ってお父様を見上げた。ナターシアを出ていたのはほんの数日のはずなのに、お父様の顔を見ると懐かしさがこみ上げてきて、とてもほっとした。
荷物を持とうとお父様が言ってくれたので、私は手にしていた鞄を二つともお父様に差し出した。本が詰まっているので重量のある鞄だが、お父様は両方軽々と持ってくれた。
「また話を聞かせてくれるか?」
「うん、いいよ!」
お父様に手を差し出され、それを握ろうと手を伸ばす。けれど後ろから急に名を呼ばれ、私は手を止めて顔だけで振り返った。リーナとレナがすごい速度で空から近付いてきたかと思うと、二人は私の前に降り立った。二人はそれぞれ、見覚えのある小さな本を一冊ずつ胸に抱えている。
「その本――」
シフォンに頼んだ小説喫茶に置いていた本じゃない? 口を開きかけたけれど、
「ねえ、ディアドラ様! この続きは!? 王子様とお姫様はどうなるの!?」
「それよりこっち! 騎士様はこれからどうするの!?」
と二人が前のめりになって聞いてきたので、私は口を閉ざした。
ナターシアで小説に興味を持ってもらえたのは初めてだ。しかも二人が持ってきた本は、どちらもとても気に入っていて、レジの横や店内のテーブルに宣伝用のPOPを置いていた本だった。
私は顔だけでなく全身をリーナとレナの方に向けると、二人の手を取った。
「両方続きを買ってきたよ。王子と姫が好きなら、他にもオススメが店にあるからぜひ読んで欲しい! 騎士ものはすっごく面白い本を買って帰ってきたから、すぐお店に並べるね!」
「本当!?」
「今から行ける? 今から行こうよ!」
「行く行く! お父様、その荷物ちょうだい!!」
お父様に渡した荷物のうち、自分の本が入っている方の鞄を奪い取ると、再びリーナとレナの方を向く。後ろからお父様が「ディア、私との話は……」と言っていたけれど、私は笑顔でお父様に手を振った。
「ごめんお父様! 後でね!」
そして私はリーナとレナを連れて、店に向かうべく再び空に飛び上がった。
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