04-08 彼らの思惑(2)


「二心ある者が手の内を全て晒すわけがないでしょう? それに、父がまだ生きていた頃、カリュディヒトスはよく父の研究室に出入りしていましたよ」


「え、あいつら仲良かったん!?」


「仲の良さとは違うと思いますが……父とカリュディヒトスはよく様々な魔法陣を見ながら話をしていました。カリュディヒトスの得意なトラップ魔法は、複雑な魔法陣を駆使するものですので、転移魔法と同系統と言えなくもないですね」


「いや……そうか、わかった。シリクスの魔法陣トークについていけたんやったら、めっちゃ優秀やわ。うちが認識を改める」


 カルラがため息交じりにそう言った。しばらく沈黙が落ち、話は終わりかなあと考えながらジュリアスを見ると、彼は何か考えるように机に視線を落としていた。


「ジュリアス、どうかした?」


「……ああ、いえ。そういえば、ある時からカリュディヒトスは父の研究室を訪れなくなったのですが、あれはどうしてだったかな、とふと思いまして。よく思い出せませんでした」


 気になるから、できれば思い出してほしい。ジュリアスがじっと考えているのを待っていたけれど、


「しっかし坊んさあ、あんたほんま優秀な子に育ったなあ。伯母ちゃんびっくりやわ」


 とカルラが言ったことで中断されてしまったようだった。ジュリアスは一瞬考えてからカルラに顔を向けた。


「カルラ様の甥になった覚えはありませんが」


「大差ないやん?」


「違います。血縁関係にはありません」


 ジュリアスはスパッと切るような言い方をしたけれど、カルラは「おっそうか?」と笑顔で答えていて、まるで気にしていない。カルラってたまに適当だよな……。そんな事を考えていたら、レオンたちが戻ってきた。


 レオンは手にしていた山盛りのサンドイッチが乗った大皿をカルラの前に置き、フィオネは私たち三人に紅茶を入れてくれる。ヘイスは私がさっき端に寄せた食器を持ってまた出ていった。


 目の前に置かれたサンドイッチを見てカルラがぱあっと顔を輝かせたかと思うと、左右それぞれの手に別のサンドイッチを持ち、すごい勢いでそれを頬張り始めた。カルラの口元も目元も完全に緩んでいるし、頭の上の耳はピンと立ち、たまにピクピクと動いている。


 そんなカルラを見ていたら、夕食を完食したはずの私まで別腹が空いてしまった。


「カルラ、一個ちょうだい」


「ん」


 カルラがずいと皿を押し出してきたので、身を乗り出してサンドイッチを一つ手に取った。白いパンにトマトとレタスとチーズが挟まっている。口に含んで噛むと、レタスがパリッといい音を立てた。美味しい。お腹はいっぱいのはずなのに、つい食べ続けてしまいそうだ。


 フィオネがカルラの隣に立って言う。


「カルラ様。サイズが合うかわかりませんが、お着替えを準備させて頂きますので、よろしければお使いください。今日お泊り頂くお部屋に置いておきますね」


「ええの? 着替えはめっちゃ助かるわー。ありがとうな」


 カルラは食事の手をいったん止めて、フィオネに視線を返した。


「でも部屋はええわ。うち、これ食べたら帰るし」


「えっ!? もう帰るの!?」


 つい目を丸くしてしまったけれど、カルラは当然のように頷いた。


「うちの仕事は終わったやろ? ヤマトたちに休みを取らすんやったらはよう帰ったらんと」


「私はカルラ様に休んでくださいと申し上げたのですが」


「まあほれ、順番や順番」


 何も夜に出ていかなくてもいいのに。でもさっきまで寝ていたカルラはしばらく眠れないだろうし、夜の方が目立たなくていいのかもしれない。カルラが別のサンドイッチを手にとってからジュリアスを見た。


「それとも、うち何かやることある?」


「いえ、特には。我々も明日には帰ることになりました」


「ん? そうなん?」


 カルラが不思議そうに首を傾げる。私も昼寝をしていたので直接聞いたわけではないけれど、しばらく会議の続行は不可能という判断が下ってしまったらしい。まあ、王宮や街の修繕やら何やらいろいろあるだろうし、仕方なくはある。


 会議に使っていた通信用の魔道具だけは持って帰って欲しいとのことで、一応話し合い再開の意思はある、とジュリアスづてに聞いた。


「もう帰ってしまわれるのですね」


 フィオネが少し寂しそうに言って、何か思いついたように、ジュリアスの傍に歩み寄った。


「あの、ジュリアス様。もしよろしかったら、その……お手紙をお送りしてもよろしいでしょうか」


 フィオネが軽く頬を染めながらそんなことを言ったので、ぶはっ、と紅茶を吹きそうになったのを必死でこらえた。しかし口がにやけるのはこらえきれなかった。


 文通? 文通なの?

 ピュアかっ! でもよく言った!


「それは無理です」


 ジュリアスが真顔でそう答える。私はうっかり手の中のサンドイッチをジュリアスに投げつけそうになってしまった。


 えっそこで? この流れで断る?


 フィオネがわかりやすくしゅんと眉尻と肩を落としたせいか、ジュリアスは若干焦ったような顔をした。


「あっ、いや、その、現状フィオデルフィアからナターシアに郵便物を運ぶのは難しく……今回の書簡のやり取りにもかなり事前の準備や根回しが必要になりました。フィオネ様からの郵便物を私が受け取るのは難しいと思います、という意味でして」


 ジュリアスはいったん言葉を切って視線をフィオネから外し、少し考えてから、再びフィオネを見た。


「ですが、こちらから何かお送りすることはできると思いますので、後ほど通信用の魔道具をフィオネ様宛にお送りしましょう。それでいかがでしょうか?」


 フィオネがぱあっと顔を輝かせる。私はうんうん二人ともよく言ったよくやった、と心の中で拍手喝采を送った。今後の展開が楽しみだ。ぜひ間近で見ていたい。


 ちらとレオンを見てみると、心底面白く無さそうな顔をしているが、なぜか口は閉ざしたままだった。なんだろう、私が知らない間にちょっとくらいはジュリアスとの友情が芽生えたんだろうか。大事なシーンを見逃してしまったような気がする。


「……あいつはこの国に何しに来たんや……」


 カルラが呆れたような声で言う。カルラに視線を向けると、彼女は頬杖をつきながら横目でジュリアスを見ていた。私はカルラに向かって小声で言う。


「ちゃんと仕事はしてるんだからいいじゃん。そういうカルラこそ、何かないの? 例えばほら、ヤマトとはいつも一緒にいるんでしょ?」


「ヤマトはユラと恋仲やで。邪推はやめたれ」


「なにそれ詳しく!!」


「いや、それ以上の情報はないけど……」


 カルラはいつもあの二人を連れているのだから、それ以上の情報がないってことはないだろう。身を乗り出して詰め寄ったが、それ以上は本人に聞けと断られてしまった。


「お嬢さあ、他人の恋愛には興味津々みたいやけど、自分は?」


「お父様より素敵な男性がいたら考えるよ」


「あ、そう……」


 不意にカルラが「へくしっ!」と大きなくしゃみをした。さっき身体を冷やしていたから風邪か? でも魔族だしな。


 カルラと話をしていたらうっかりフィオネとジュリアスの会話を聞きそびれた。慌てて視線をジュリアスの方に戻したけれど、二人はもう話を終えている。フィオネが私の方に歩いてきて、私の隣に立った。


「ディアドラ様。できましたら、ディアドラ様とも今後もお話させて頂けると嬉しいのですが」


「もちろん! 私からも通信機を送るね!」


 笑ってそう言うと、フィオネも笑顔を返してくれた。



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