04−02 平和な日常(1)


 私がナターシアに帰ってきてから、半年以上が経とうとしている。この体も十二歳になった。


 カルラの家を借りて始めた店は盛況だ。


「シフォンお姉ちゃん、このアメくださーい」


「はい、どうぞ。一つオマケしておくから、お兄さんと食べるのよ」


「うん! ありがと!」


 小さな子供が小袋に入った飴を大事そうに抱えながら出ていく。その次に並んでいた男性客は小ぶりの花束を店員に差し出した。


「シフォンさん、あのっ、これ受け取ってください!」


「まあ、素敵なお花。お店に飾らせてもらいますね。どうもありがとう。ところで、ご注文はお決まりですか?」


「あっ、あのっ、好きです! シフォンさんをください!」


「そういう名前の飴は取り扱いがないですね。では、次の方どうぞー」


 男性からの愛の告白にも一切動じず、流れるように次の客の応対を始める店員は、それはそれは可憐で美しい女性だった。


 ふわふわと揺れる長い髪は鮮やかな薄青色で、ややタレ目がちの顔立ちからは優しい印象を受ける。ほっそりした指も美しく整っていて、試しに着せてみたメイド服もよく似合っている。穏やかな笑顔で握手を求められたときには、女の私でもちょっとドキドキした。それくらい綺麗な人だった。


 彼女は名をシフォンという。なぜかカルラではなくジュリアスが紹介してくれた女性で、ずっとジュリアスの下で事務作業に就いていたらしい。よくこんな逸材が眠っていたものだ。


 手作りのベッコウ飴も、私ではなく彼女に作ってもらった上で「シフォンの手作り飴」と宣伝文句をつけたら飛ぶように売れた。主に男性客に。子供にも買ってもらえるよう、一人五十グラムまでと販売制限をつける羽目になったくらいだ。


 小説喫茶の方も席はほぼ埋まっているけれど、大体の客は男性で、彼らが見ているのは本ではなくシフォンだった。本のあらすじや宣伝を書いたPOPをいくつか作り、レジの横やテーブルの上に設置してみたけれど、反応してくれる魔族はいない。


 違う、こうじゃない。

 なんか思ってたのと違う。

 これではメイド喫茶か何かだ。


 想定していた店とはだいぶ違ってしまった店内を階段から眺めながら、私はため息を吐いた。


 いや、盛況であるに越したことはないんだ。カルラに借りた本代を返さなければならないし、三ヶ月で鳴かず飛ばずだったら終わりだと言われていたし。店頭販売と喫茶スペースの両方を繁盛させるという一点においては、ジュリアスの人選は間違いなく完璧だ。私の希望とは方向性が違っただけで。


 まあたまに、ごくごくたまーに子供や女性客が本を読んでいくこともある。それでよしとしよう。一人くらい本にハマってくれる同志が見つかることを祈るしかない。


 売上管理をジュリアスに丸投げしてしまったので細かいことはわからないけれど、カルラにもジュリアスにも終わりだと言われない程度の利益は出ている……はずだ。カルラはここ半年ほど魔王城に姿を見せていないので、この店のことなんて忘れている可能性もあるけど。


 はあ、と私は再びため息を吐く。今日は夢見が悪かったせいでテンションが上がらない。


 今朝の悪夢はゲームで見たレオンの回想そのままだった。文字を追うだけだったゲームとは違って、映像で見ると生々しくて怖かった。彼の憎しみが私に移ったみたいで、なんだか頭が重く感じる。


 ディアドラは酷い。子供や奥さんを盾にザークシードを従わせるなんて。国民を皆殺しにするなんて彼が望んでやるはずがないし、あんなのは卑怯だ。


 ゲームでザークシードがレオンの国を滅ぼしたことに触れた台詞は、レオンとザークシードが最初に対峙したときの一つだけだった。


 ――滅んだ祖国の仇。ここで討ち取らせてもらう!


 ――……かの国の生き残りか。死んではやれぬが、その剣は受けて立とう。来い!


 そのイベントの後もレオンとザークシードは何度か剣を交えていた。その時ザークシードはいつも配下の魔族を下がらせた上でレオンたちに対峙していた。それは、彼なりの贖罪だったのではないだろうか。


「シフォン! 今日こそは俺と付き合ってもらうぜ!」


 不穏な声が聞こえてきて顔を上げると、ガラの悪い男がシフォンの手首を机越しにつかんでいた。私はおやと眉を動かしたけれど、シフォンは笑顔を崩すことなく、細い指先を己の頬に当てる。


「まあ、情熱的ですのね。少し外でお話しましょうか」


 彼女はそう言って男と連れ立って出ていった。直後、閉められた扉の向こうでとても鈍いくぐもった音がした。目を瞬いていたら、シフォンが何事もなかったかのような笑顔で戻ってきて、レジの定位置に立つ。ちなみに扉が閉まる前にちらっと見えた地面には、さっきの男が転がっていた。


 ……うん、今日も平和だ。シフォン、見た目はか弱そうなんだけどな。強いな……。


「ねえディアドラちゃん。手が開いてるなら、キッチンから追加の飴を持ってきてもらってもいいかしら?」


「はーい」


 座っていた階段からぴょんと飛び降りてキッチンに向かう。シンクに張られた氷の上に銀色のバットが置かれていた。その上には飴色に輝く塊がいくつも並んでいる。


 冷え切ったバットの縁を持ち、落とさないよう気をつけながらレジまで運んだ。ほとんどの客の目はシフォンに釘付けなので、私が歩き回ってもあまり目立たない。同じ女性としてはひどい敗北感を感じるけれど、まあ何も言うまい。


「ディアー、久しぶりにカルラおばさんが帰ってきたって」


 また店の扉が開いて、ザムドが顔をのぞかせた。


「ほんと? 行く行く!」


 カルラが帰ってくるのは久しぶりだなと考えながら、私は店を飛び出した。



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