《番外編》魔王城の雇用条件
「ねえサーシャ、サーシャがお父様ファンなのはどうしてなの?」
ベッドにうつ伏せに寝転がった私は、部屋を掃除してくれているサーシャに声をかけてみた。サーシャはローテーブルを拭いていた手を止めて振り返る。そしてソファーの背に片手をかけて、もう片方の手に持っていた布巾を力強く握った。
「そりゃあもう、グリード様が素晴らしい方だからに決まってるじゃないですか!」
目を輝かせながら力強く言い切るサーシャは、どこからどう見ても熱心なお父様ファンだ。彼女がお父様のファンクラブに入っていても驚かない。ファンクラブの会長がジュリアスでも驚かない。いやそもそもファンクラブがあるかは知らないけど――あるなら私も入りたい。
「いや、そうじゃなくて、ファンになったきっかけはあるの?」
私はお父様をひと目見たときから好みドンピシャだと思ったけれど、それ以上にジュリアスから話を聞いたのが大きかった。しかもお父様は優しいし笑顔も素敵だし、お父様を知れば知るほど沼に沈んでいく感覚がある。お父様沼。頭まで沈みきっても悔いはない。
「きっかけですか?」
サーシャは少しだけ首を横に傾けて、それから天井に視線をやった。
「ここの面接の時なんですけど」
もしかして、私の知らないお父様の素敵エピソードが聞けるのでは!? 思わずがばっと上体を起こす。
「面接官がジュリアス様だったんです」
……ん?
早速オチが見えた気がして、つい真顔に戻ってしまった。
「それで、面接の時の唯一の質問が〝グリード様の功績を三つ述べてください〟だったんですよ」
なんでだよ!
使用人の面接なら、職歴とか得意な仕事とか聞けよ!
目を瞬いてサーシャを見つめたけれど、サーシャは気にする様子もなく続けた。
「私は町の水路の整備としか答えられなかったんですけどね、ジュリアス様が〝その程度しか答えられないとは情けない〟と言われまして、色々教えて下さいました!」
サーシャはいい笑顔で小首を傾げたけれど、私はがくっとベッドに突っ伏してしまった。やっぱりお前か、ジュリアス……。私だけでなくサーシャもお父様沼に引きずり込むとは、なかなかの布教力だ。
「あ、私だけではないですよ。ここ一、二年で雇われた使用人は全員そうです」
「そう……っていうのは、ジュリアスの話を聞いてお父様ファンになった、って意味?」
「はい。しかもですね、皆ジュリアス様から聞かされたエピソードが違うんですよ」
さすがジュリアス。相手に応じて、一番刺さりそうなエピソードを選び取ったに違いない。魔族一の切れ者という設定は伊達ではないようだ。能力の活かしどころがおかしくないか? とは思うけれど、まあ、お父様に何かあっては困るので、使用人をお父様ファンで揃えようとしているところは評価したい。
「でもそれ、お父様を讃えられれば誰でも雇われそうだね……」
魔王城の雇用条件、ゆるいなー。
そんなことを考えていたら、サーシャは「いやいや」と首を横に振った。
「ジュリアス様は、本当にグリード様のファンなのか口先だけなのか判断できるそうなので、誰でもってわけではないですよ」
「……」
さすがジュリアス。さっきはお父様のファンクラブの会長がジュリアスでも驚かない、と思ったけれど訂正したい。ジュリアスはファンクラブの会長くらいやっていないとおかしい。何ならお父様を崇める教団を作り始めても驚かない。
っていうかそんなスキルがあるなら、リドーとカリュディヒトスが何かやらかす前にどうにかしておいてほしかった。
「ジュリアス様が五天魔将になる前からいる人も、グリード様に恩義のある方ばかりだそうですよ。厨房のダンさんは無口なので聞いたことないですけど」
「ダンさん……って、ダルシオン?」
「はい」
ダルシオンには怖い人という印象しかなかったけれど、サーシャがあだ名で呼ぶ程度には使用人内では慕われているのだろうか。ダルシオンは、ディアドラが小さい頃から厨房を任されている料理人だ。彼が作ってくれる料理はいつも美味しい。ただ、ムキムキマッチョの強面で、声も低ければ愛想もない。正直怖い。
「じゃあジュリアスが来る前も、誰かがお父様ファンを選別していたのかな?」
「うーん……。というか、そうでもないと続かなかったんですよ」
「どういうこと?」
私が首を傾げると、サーシャがちょっと困ったように表情を曇らせた。
「正直薄給ですし」
「うぐっ」
「何か粗相をすると、いや何もしなくてもディアドラ様に攻撃されますし」
「ううっ」
「ちなみに結構痛かったです」
「ごめんなさい……」
サーシャの言葉がグサグサ刺さった。つい土下座してしまったけれど、果たして土下座の意味が魔族に伝わるのかはわからない。
でもお父様ファン以外を全員城から追い出した、という点だけはディアドラにグッジョブと言いたい。お父様を暗殺しようという誘いに耳を貸す不届き者はもう残っていまい。いや、ディアドラが暴れていたおかげで、私はしばらく使用人全員から怯えられて居心地が悪かったんだけど。差し引きゼロどころかマイナスだな。
ふふっという笑い声が聞こえて顔を上げると、サーシャは可笑しそうに口に手を当てていた。
「ディアドラ様は不思議ですね。心を入れ替えるってこういうことを言うんでしょうね」
「う、うん」
いや本当に入れ替わったっていうか目覚めたっていうか何て言うか……何なんだろう? いまだに私がどうしてディアドラになっているのかはわからないままだ。ニコルの設定に〝女神の声を聞くことができる〟というのがあったはずだから、信じられないけれどこの世界には神様がいるらしい。それなら最初に説明かチュートリアルがほしかった。
「雇用条件の一つにレベル三十以上っていうのがあったんですが、これからは緩和されそうですね」
「ん? それはどういう……」
「ディアドラ様の攻撃で即死しないようにです」
「はいごめんなさい」
再び土下座の体勢で額をベッドに押し付けた私を見て、サーシャが笑った。
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