03-05 馬車の旅路(4)



 カルラとニコルはどこに行こうとしているのかな? 馬車から少し離れた所で地図を広げている二人を眺めながら首をひねった。


 どこかの町に行こうとしているのかと思いきや、時折集落が見えても遠目に見るだけで近付こうとはしない。たまにカルラの部下の女性が馬車の近くに現れては、カルラと少し話してからいなくなる。カルラとおそろいの帽子を身に着けたその女性は、ユラというのだとヤマトが教えてくれた。由良、大和。二人とも漢字にできそうな名前だ。


 ひらひらと虹色の蝶が馬車の前を通り過ぎ、ニコルの肩に止まる。あれは彼の作った人形のようなものであるらしい。原理は私の土人形と同じらしいけれど、土魔法ではなく風魔法だとニコルが言っていた。綺麗で羨ましい。私もあっちがよかった。


 ニコルに頼んでみても作り方を教えてもらえなかったので、魔導書を探してみるしかない。あんな繊細そうなものが私に作れるかどうかはともかく、ダメもとで試してはみたかった。


「ねえ、野暮用って何か聞いてる?」


 御者台に座るヤマトに声をかけてみたけれど、ヤマトはさあと短く答えるだけで何も教えてくれない。カルラと交代で馬を操っている彼が何も知らないわけはないのに。


 本を読んでいてもいいのだけれど、今のペースで読み続けると帰宅前に読破してしまいそうだ。仕方ないから馬車を降り、魔法の練習でもすることにした。


 カルラとヤマトがちらりと私を見たけれど、気にせずしゃがんで地面に手を触れる。フィオデルフィアで巨大な土人形をつくると大騒ぎになるだろうし、小ぶりの人形にしよう。どうせなら今後役に立つかもしれないものを作ってみたい。作りたい形を脳裏に描きながら少しの魔力を流すと、土がゆっくりと持ち上がり、一つの人形が出来上がった。


 立ち上がってみて、土人形の身長が私とほぼ同じであることに満足する。色こそ茶色一色だけれど、見た目だけなら私と同じになったはずだ。人形の周りをぐるりと回ってみて三百六十度確認する。まあ良さそうだ。


 試しに踊らせてみる。私のイメージ力が足りないのか、動きがカクカクとして不格好だ。


「ぶっ!」


 吹き出すような声が聞こえて、人形の動きを止める。一応真面目に練習しているのに笑うとはひどいじゃないか、と思いながら見回してみたけれど、カルラとニコルは地図を持って話を続けているし、ヤマトは涼しい顔で座っている。


 あれ? 私は今、誰に笑われたんだろう?


 とにかく、私が作りたいのは身代わりになってくれそうな人形だった。忍法、変わり身の術! みたいな感じの。できたらちょっと格好いい。


 そのためには色も変更する必要がある。髪は赤、赤……と念じながら土人形に触れると、髪だけでなく全身が真っ赤に染まってしまった。全身赤くなった人形は、まるで赤いスーツでも着ているようだ。何というか、戦隊モノのヒーロースーツというか。


 ふと思いついて、同じ形で色違いの人形を四つ追加で作ることにした。色はもちろん青、緑、黄色、ピンクだ。


 同時に五体は動かせないから、一つづつ動かそう。


「ディアドラ、レッド!」


 シャキーン、という効果音を脳内で勝手に付け足しつつ、赤い人形にそれっぽいポーズをさせる。


「ディアドラ、ブルー!」


 次は青。残りもやろう。


「ディアドラ、グリーン!」


「ディアドラ、イエロー!」


「ディアドラ、ピンク!」


 最後はやっぱり一緒に動かしたい。


「五人合わせて、ディアドラー、ファイブ!」


 どーん! とまた脳内で効果音を付け足して、人形のポーズを一気に変えた。五体とも同じポーズにしかできなかったけれど、それは仕方ない。私の今の実力ではこれが限界だ。


「ぶふっ!」


 また笑われた!


 見回してみると、カルラとニコルは苦笑に近い微妙な笑みを浮かべて私を見ている。となると――


 馬車を見ると、ヤマトが顔を右手で押さえながら腰を折って震えていた。一番意外な人物に笑われてしまった。ヤマトが左手で膝を何度も叩いているあたり、結構ツボにハマったらしい。


 五体の人形から魔力を抜くと、それらは色を元のそれに戻しながらざぁっと崩れて、それぞれ小さな砂の山になった。


「何やっとんの、お嬢」


 カルラが呆れたような視線をこちらに向ける。だって退屈なんだ。ニコルもこちらを見て言った。


「あなたの名前は――本当はディアドラというのですか?」


「あ、うん。でもディアでいいよ」


 そういえばルシアとニコル、そしてトゥーリにはディアと名乗ったままにしてしまっている。まあディアでもいいんだけど、もしまたルシアとトゥーリに会う機会があれば訂正しよう。


 ニコルは「なんで僕が愛称で呼ばねばならないのですか」とか何とかぶつぶつ言い始めたけれど、もう何日も一緒に馬車に揺られているんだからいいじゃないか。一緒に食事も洗濯もした仲だ。まあ、ニコルは私たちの用意した食事には一切手を付けず、自分で持ってきた保存食だけを食べていたけれど。


「ヤマトもいつまで笑とんねん」


 カルラの視線を追って馬車を見ると、ヤマトがまだ腹を抱えて震えていた。ヤマトに持っていたクールなイメージが完全に崩れ去った。でもこの様子なら今度は会話してくれないかな? 私は馬車に戻ろうと歩き始めた。


 ――どん、と。


 遠くで何かが爆発するような音がしたのはその時だ。


 カルラとニコルが弾かれたようにそちらを見る。私もその視線を追いかけてみると、白い煙が数本見えた。


「ヤマト、馬車置いといてええからユラ呼んで後からい!」


「え? カルラ、何――」


 問いを言い終わる前に、カルラは荷物でも持つように私をひょいと肩に抱えた。カルラが信じられない速度で走り出したので、ニコルやヤマトの姿が急速に小さくなっていく。


 カルラは足で走っているはずなのに、ひどく揺れる自動車か電車にでも乗せられている気分だ。馬車より遥かに速い。


 ――えっ、えっ、何!?


 状況を聞きたいやに全身ガタガタと大きく揺らされて、口を開こうものなら舌を噛みそうだ。しかも後ろ向きに抱えられてしまったので、カルラが向かう方角に何があるのか全く見えない。確かこの前近くを通ったときに小さな集落が遠くに見えたような? でもその方向から爆発音と煙? ん? どういうことだ?


 身をよじって進行方向を見ようとしたけれど、揺れが大きすぎてやっぱりうまくいかないのだった。



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