03-05 馬車の旅路(2)



 着替えは数日分しか持ってきていないので、洗濯しながらの旅になる。綺麗で水の豊富な川や湖を見つけたら、一日一回は洗濯のための休憩をとっていた。


 自分の分は自分で洗濯すべしとカルラに言われているので、私もこの世界における洗濯方法を覚えさせられた。その方法とはもちろん魔法だ。生活魔法に分類されるらしいけれど、言ってしまえば弱い水魔法だった。深めのタライに水を張り、汚れた服と洗剤を入れたら魔法でぐるぐるとかき混ぜる。要するに手動洗濯機だ。


 タライの準備を終え、気合を入れてから手をかざす。水を動かすときは強すぎず弱すぎず、絶妙な速度で回すのが綺麗に汚れを落とすコツであるらしい。時々回転の向きを逆にすることも忘れずに。


 強すぎず、弱すぎず、そう強すぎず……。


 眉根を寄せながらタライを睨み、そっと魔力を流した。つもりだった。でもまた強すぎたらしく、水は竜巻のような形で巻き上がったかと思うと、周囲に水と泡を振りまいた。すぐ傍にしゃがんでいた私は当然それをまともに浴びる羽目になり、顔も体も腕も泡まみれになってしまう。魔力を止めると、巻き上げられた服は地面に落ち、洗う前よりドロドロになった。


「うう……」


 またやってしまった。


 大きなため息を吐いてから、散らばった服を拾い集め、タライに戻していく。


 カルラからこの魔法を教わった時、初回は水流を強くしすぎて服を破いてしまい、王都で買い足す羽目になった。その時に比べれば服が少し伸びただけに見える今回はまだマシだ、と自分を慰めることにする。最初に土人形を作ったときにも思ったことだけれど、ディアドラの身体は魔力が高すぎて出力の調整が難しい。とにかく全力でぶっ放せ、と言われた方が簡単だ。


 視線を感じて振り向くと、タライの順番待ちをしていたニコルと目が合った。私が先なのは、もちろん洗濯済の服を台無しにするような惨事を防ぐためだ。


「……あの、できれば早く出発したいのですが」


「わ、わかってるよ!」


 私だって洗濯なんてさっさと終わらせてしまいたい。現代の全自動洗濯機、特にドラム式洗濯乾燥機が恋しい。もちろん乾燥機にかけられない洋服もたくさんあったけれど、タオルやシーツを洗うのには重宝していた。


 ため息をつきながらタライをセットし直すと、後ろからニコルが覗き込んできた。


「強すぎてしまうなら、タライ全体を混ぜると思わない方がいいですよ」


「ちょっ! みっ、見ないで!」


 洗濯物の中にはもちろん下着もある。真っ赤になった私に対し、ニコルはため息を一つついてから言った。


「心配しなくても、あなたみたいな子供の下着などただの布にしか見えませんよ。そもそも僕が見ているのはタライであって中身に興味はありません」


「なっ、なっ、何よー!」


 確かにディアドラの体はまだ十一歳の子供だけれど、内面は二十歳のつもりなのだ。ニコルが気にしなくても私が気にする!


「ほーん。じゃあ少年、うちの下着見るか?」


 謎の乗っかり方をしてきたのはいつの間にか近くに寄ってきていたカルラで、ニヤニヤしながらニコルを見ていた。ニコルは「見ませんよ!」と怒ったように答えているが、その頬は若干赤い。


 やっぱりこの二人はお似合いでは? と思ったけれど、カルラの好みを聞いてしまった今となっては推すに推せない。まあそもそも、ニコルにはヒロインであるルシアがいる。


「そんなことより、早く洗濯してください」


 ニコルは咳払いを一つしてから、タライを指差した。


「次は、水の中央から半分くらいのところまでをかき混ぜるつもりでやってみてください」


「う、うん」


 言われたとおり、タライ全体ではなく真ん中の一部だけを回すつもりで魔力を流した。すると今度は竜巻にはならず、どうにかタライの中で洗濯物が回り始めた。何度か逆回転をやってみて、まともに動いたことを確認すると、魔力をそっと止めて振り返った。


「できたよ! ありがとうニコル!!」


 ニコルはなぜか難しい顔で私を見てから、「では早めにお願いします」と言って距離をとった。照れたのかな?


 もう何日も一緒に馬車に揺られているのに、ニコルの態度はなかなか軟化してくれない。話しかけても必要最低限しか返してくれないし、少し会話できたかと思えばこんな風に離れていってしまう。私としてはもっとニコルと仲良くなりたいけれど、どうすればいいんだろう。


 ゲームでも確か、ジュリアスがパーティに加入したときに最も反発したのはニコルだった。


 ――ルシア、本気ですか? 魔族を仲間にするなどと。


 ――もちろん本気だよ。皆、よろしくね。


 ――僕は魔族なんて信用できません。


 ――別に、信用頂く必要はありませんよ。


 ――でも、ジュリアス……。


 ――私は実父と、もう一人の父のようであった方の二人が目指した、人間と魔族の和平を実現したい。そのためにあなた方を利用しているとも言えるでしょう。しかし私はナターシアに渡る術も魔王城の構造も知っています。あなた方も、私を利用すればよろしい。


 ――……いいでしょう、せいぜい利用させてもらいます。


 細かい言い回しは違うかもしれないけれど、確かこんな会話をしていた。でも共に戦ったりルシアを通じて会話イベントをこなしたりしているうち、ラスボス戦を迎える頃には、ジュリアスとニコルは後衛同士なんだかんだでいいコンビになっていた。


 つまり、だ。


 ニコルと仲良くなるためには、ともに戦う――のは怖いので、会話をしよう。きっと諦めずにコミュニケーションを取り続けることが大事なはずだ。


「ねえニコル、ついでに早く乾かすための風魔法も教えてよ」


 すすぎ終えてからもう一度ニコルに話しかけてみたけれど、乾くまで馬車に吊っておけばいいでしょうとにべもなく断られてしまった。むうと口を尖らせる。


「まあそう言わずに、仲良くしようよ」


「嫌ですよ」


 取り付く島もない。


 困ってカルラを見ても、カルラは肩をすくめるだけで馬車に戻ってしまった。諦めずに会話をしようと思ったばかりだけれど、ニコルの態度が頑なすぎて早々に心が折れそうだ。


 彼はどうして魔族を嫌っているんだろう? 魔族にだって、お父様のような良識ある人はたくさんいるのに。


「ニコルはさ、なんで魔族が嫌いなの?」


「理解できないようでしたら、歴史を学ばれては?」


「でもさ、それは私やカルラじゃないよ。人間にだっていい人も悪い人もいるでしょ? 魔族もそう。悪い魔族だけ見て、魔族は全部敵って言うのは違うんじゃないかなー……とか……」


 あっ、私、割といいこと言ったのでは?


 思いつくまま口を動かした割にはまともな言葉が出てきたぞと自画自賛してみたものの、ニコルにはため息をつかれただけだった。


「あの、洗濯が終わったなら代わっていただけますか? その濡れた服も着替えた方がいいですよ」 


「わ、わかったよ」


 まるで響いていなさそうだ。それ以上の話題も思いつかず、濡れた服のままでは確かに寒いので、諦めて洗濯物を抱えて馬車に戻った。


 ああ、着替えたらもう一度、この濡れた服を洗濯しなければ。



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