03-05 馬車の旅路(1)


 揺れが強くなった馬車の中では本を読むこともできず、かといって特にやることもなく、完全に暇を持て余した。馬車の端っこに座ったまま動かないニコルに、試しに近付いてみる。


「ねえニコル、何かお喋りしようよ」


「は? 嫌ですよ。そもそもどうしてあなた、僕を名前で呼ぶんですか」


「えー、……あっ、じゃあ聞いて! お父様がいかに素晴らしい魔王かってことを教えてあげるね!」


 よく考えたら、ニコルがお父様を倒そうなんて二度と思わないよう、お父様の良さをアピールするチャンスだ。それに気付いた私はにっこり笑うと、「興味ありません」というニコルの拒否をスルーした。走る馬車の中では逃げ場もないし、完全に耳をふさぐことなどできないと思ったからだ。


「まず、ナターシアを覆っていた結界はお父様の発案なんだって。それでね、人間や弱い魔族をいたずらに襲うべからずっていう規律も決めたらしいのよ」


「人の話聞けよ」


 ニコルに睨まれても、私はやめない。お父様が魔王を続けるのがいかに人間にとっても良いことかをわかってもらうべく、とにかくお父様の決めたルールや方針、業績について、ジュリアスから聞いたことをそのまま喋り倒した。


 ニコルはその間ずっと私から顔を背けていたし、ずっと眉根を引き絞っていた。けれど私が話し終えてから満足を息に乗せて吐き出すと、ニコルは「よくそれで財政が続きますね」と感想を述べてくれた。しかめっ面をしつつも聞いてはくれたらしい。ゲームで受けた印象のとおり、やっぱりいい奴だ。


「いや、お金はないらしいよ」


「……まあ、そうでしょうね」


「続けてお父様のかっこよさについて聞く?」


「聞きません! もう解放してください!!」


 ニコルが顔だけでなく体ごと私に背を向けてしまう。今日はここまでか。私としてはまだまだ話し足りないけれど、さすがに背まで向けられてしまっては話しづらい。続きは今度にしよう。


 相変わらず馬は走り続けているので、次はカルラの方に近付いてみることにする。


 気になっているのだ、ニコルとカルラの間に何があったのか。仲良く会話しているようには見えないけれど、喧嘩ばかりのカップルも存在するし、何より私が萌える。長身女性と背の低い年下男子という組み合わせがいい。すごくいい。


 私はにこにこしながらカルラに聞いた。


「ねえねえカルラ、カルラの好きなタイプはどんな人?」


 ニコルの見た目の趣味だけは聞いたし、次はカルラの好みが知りたい。もしかしたらマッチングが成立するかもしれない。いや成立してほしい。カルラは怪訝な表情で振り返ると、馬の手綱を隣のヤマトにぽいと投げた。ヤマトは手綱をちらりと見るだけで、何も言わずに御者役を代わる。


「なんでその話題?」


「私が気になったから。教えてよ」


「えー」


 困惑気味に頭を掻いたカルラが、せやなあと言い置いてから続けた。


「うちより強いやつかな」


 ちょっと考えた。


「えっ、い、いなくない?」


 ディアドラの記憶の中で、カルラがザークシードとの稽古で彼を叩きのめしているところを見たことがある。それに今はどうか知らないけれど、五天魔将最強はカルラだと聞いたことがある。その上となると、もはやお父様一人しかいない。


 カルラを口説くためにはまずカルラと戦って勝たないといけないんだろうか? いくらなんでもハードルが高い。高すぎる。


「いなくはないで? あと、長生きしそうな奴がええな」


 カルラの言葉を聞いて、私はちらりとニコルを見た。長生きするかは全くわからないのでさておこう。でも、攻撃呪文も使えるとはいえ回復や仲間の強化が得意なサポート型であり、かつ人間であるニコルがカルラに一対一で勝てるとは到底思えない。


 どんまい、ニコル。

 残念だ。すごく残念だ……。


「あの、今、すごく失礼なことを勝手に想像されたような気がするのですが」


 ニコルに何か言われた気がしたけれど、聞かなかったことにした。

 カルラが言う。


「そういうお嬢は?」


「お父様」


 私は真顔で即答した。元々見た目が好みど真ん中だった上、内面もとても優しい素敵な人だ。これ以上の推しなど見つけられるとは思わない。まああくまで〝お父様〟なので恋愛とは違うんだけど、理想という意味では同じだ。お父様が素敵すぎて、はたして私はこの世界で恋なんかできるんだろうか、と思っているくらいだ。


 カルラはぶはっと吹き出したあと、天井を見上げながらおかしそうに笑った。


「笑わなくたっていいじゃない!」


「いやあ、グリードはんがそれ聞いたらどんな反応するかなって思うたらついな。それ本人に言うたりや」


 さすがにこんな恥ずかしいことを本人に言えるわけがない。何度も首を横に振ると、カルラはまた可笑しそうに口元を釣り上げた。


「ところでお嬢、ザムドの坊主はあかんの?」


 なんでザムド? 目をしばたいたら、カルラは若干口ごもったあと、「お嬢が一番仲ええの、あの坊主やろ?」と首を傾げる。


 ジュリアスは『坊ん』で、ザムドは『坊主』なのか。カルラの呼び方には何かルールがあるのかもしれないけれど、私にはよくわからない。年齢かなあ?


「うーん……ザムドは可愛い弟分っていうか、もはや忠犬っていうか……」


「ぶはははは!」


 カルラは笑いながら膝を叩く。一体何が面白かったんだろう。実際にそう見えるのだから仕方がないじゃないか。


 っていうか、カルラはスタイルもいいし黙っていれば美人なのに、笑い方に品がない。せっかくの美人が台なしだ。なかなか笑いの波が引かないカルラに、私は口を尖らせた。


「カルラこそ、強い人がいいならお父様って素敵でしょ?」


 あげないけどね!


 と、心の中で足しておく。ようやく笑うのをやめたカルラが、困ったような顔で私を見た。


「あんな、お嬢。うちは強けりゃええとは言うてへんのやで。第一あいつは長生きしなさそうやから嫌や」


 ひどい!

 私のお父様をフるなんて!


 片手を握りしめながら私は頬を膨らませた。いや、どう反応してほしかったのかは自分でもわからないんだけど……。それに長生きしなさそうだ、という点については残念ながら反論の余地がない。


「まあグリードはんがええ奴やってことは認めるけど、最初に会うた時点でサフィリアとラブラブやったしなー。男として見たことないわ」


 お父様とラブラブだなんて誰だその女は。真顔で黙った私に対し、カルラは心底困ったように言った。


「ん? お嬢? サフィリアが誰かわかっとる?」


「わかってない。誰?」


「……嘘やろ」


 カルラは一瞬唖然とした後、大きなため息を吐きながら己の両目を押さえた。


「あいつはお嬢に、まだ母親の話もしとらんのかい……!」


「あっ! あっ、いや、その、私も聞かなかったから……!」


 そう言われてみれば、ディアドラの母親の名前はサフィリアだったような気がする。城には肖像画などの類はないし、これといって話に上がることもなかったから、すっかり忘れていた。ディアドラから母親について誰かに尋ねることはなかったし、周りも気を使ってか何か言ってくることもなかった。


「ほ、ほら、何か話せない事情があったかもしれないし? ね?」


 どうにかフォローを試みたけれど、「事情なあ……」と呟くカルラを見る限り、全くフォローになっていなさそうだ。お父様のことだから、聞かれなかったから忙しくてうっかり話しそびれていた、くらいはありそうだ。


 母親というと、どうしても日本での母を思い出してしまうけれど、こちらの世界にも当然母親はいるんだ。お父様をお父様と呼んでいるのだから、サフィリアという女性のことはお母様と呼ぶべきかな?

 ディアドラを産んですぐに亡くなっているというお母様のことは何一つ知らない。


「ね、お母様ってどんな方だった?」


 カルラを見上げてみたけれど、「えー、グリードはんに聞きやー」と言うだけで馬車の進行方向に向き直ろうとする。何度かカルラの腕を引きながら頼み込むと、ようやく私の方に視線を戻してくれた。


「せやなー、穏やかな割に強い子やったかな。お嬢のその赤いくせっ毛と目の色は母親ゆずりや」


「そうなんだ」


 なんとなく自分の髪に指を絡ませてみる。天然パーマとも言える若干ウエーブがかった髪は、確かにお父様のストレートヘアーとは大きく違う。なるほどお母様の血だったんだ。


 どんな人だったんだろう? さっきより興味がわいて、カルラに続きをせがんでみたけれど、「うちから最初に話すんは違うやろ」と言うだけで教えてもらえなかった。


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