03-04 予定外の同行者(3)
本を大量に買い込んだ翌日、大きなあくびをしながら起きてきたカルラが「ちょっと寄り道して帰るで」と言った。
もう数日滞在すると思っていた私は不満の声を上げる。宿にチェックインした時だって、三泊と言っていたじゃないか。昨日買ってもらった洋菓子はとても美味しかったし、人間の街にいるうちにナターシアでは食べられない菓子類を気が済むまで食べようと思っていたのに。
「せめてもう一日いようよ」
「堪忍な、ちょっと野暮用ができてしもてん」
食い下がろうとしたけれど、今度また連れてきてくれるとカルラが言ったので、大人しく引き下がることにした。今回の旅行ではとびきりいい子でいると誓ったのだ。次に繋がるというならそちらの方が重要だ。
「野暮用って何?」
「行ったらわかる。その前に近場の森で荷物拾うで」
「ふーん……?」
仕方なく荷物をまとめて馬車に乗り込む。洗濯して乾かしている途中だった服は、馬車の屋根にぶら下がったロープに吊っておくことにした。
少しだけ木箱が減っていることに気がついて、はてと首を傾げる。私の買った本という荷物が増えたはずだから、帰りはほんの少し狭くなることを覚悟していたのに。まあカルラは商人だし、持ってきた何かを売ったのだろう、と勝手に納得しておく。魔石や素材を売り払ったんだろうか? もしくは積み込む荷物のために場所を空けたんだろうか?
森に着き、積み込む荷物って何だろうなあと思いながら馬車で待っていたら、意外な人物が乗り込んできた。
「えっ、あれ? ニコル?」
「どうも」
驚いてカルラを見ると、カルラは「相席頼むで」と言って笑う。
ニコルは司祭の服も着ていないし、この間持っていた錫杖みたいな杖も持っていない。小ぶりの杖と鞄一つを馬車の隅に置き、私たちから極力離れるように奥に座った。
森で拾う荷物ってニコルのことだったの? そもそもどうしてカルラとニコルが待ち合わせなどしているんだろう? 私には教会の人間には近付くなと散々言っておいて?? そういえばニコルの好みはボンキュッボンのお姉さんで、カルラみたいな人かと聞いたら頷きかけていたし、え? ……えっ? そういうこと? 何か始まっちゃった!?
やだ楽しい! と思いながらカルラとニコルを見比べていたら、ニコルに白い目で見られてしまった。
「ねえカルラ、どこ行くの?」
「着いてからのお楽しみや。本屋ではないから期待せんとってな」
「えー」
まあ、いいか。本は買えるだけ買ったのだ。
木箱の一つを開けて一番上にあった本を手に取ると、それを読むことにした。酔うでとカルラに言われたけれど、馬車の中ではやることもないし何より楽しみすぎて待てない。昨夜も遅くまで本を読んでしまった。
ちらりとニコルに視線を向けてみると、彼は若干睨むような目をこちらに向けていた。やっぱり態度が刺々しい。まあ、彼が優しいのは相手が人間である場合のみという設定だったので、仕方がないのかもしれない。
「ところで、馬には何か強化をかけていますか?」
ニコルがカルラに声をかける。カルラが首を振ると、ニコルは御者台に近づいてカルラとヤマトの間から杖を前に出した。ニコルが何かを小声で呟くのが聞こえた途端、馬車の速度が上がる。
「おっ、これはええなあ。やるやん、少年」
カルラは上機嫌になったけれど、馬車の揺れがひどくなって本の文字がぶれて見え、私は口を尖らせた。でも私の様子なんか、前の二人は見ていない。
「訂正するのも今更ですし童顔は自覚していますが、こう見えて僕は十八なので、少年はやめて頂けますか?」
「十八!? お嬢と同じくらいとちゃうの!?」
カルラが目を見開いて振り返る。まあニコルは見た目だけはショタイケメン枠だからな。それでも私と同じ十一歳は若く見すぎな気はするけど……。
ニコルの表情は私からは見えないけれど、カルラが引きつった笑みを浮かべて身を引いたので、たぶんすごい形相をしているのだろう。
「そ、そうか? 少年じゃないとすると、うーん……せやかてあんた、うちらに名前で呼ばれたいか? 青年言うんも、あんたの年を知ってることになるやん? ええの?」
「……、少年で結構です」
ニコルは諦めたようなため息をつくと、馬車の奥に戻って杖を抱えたまま座り込んだ。
「馬車に乗ってくるなんてどうしたの?」
読書を諦めてニコルに話を振ってみたけれど、黙殺されてしまった。カルラが進行方向に視線を向けたまま言う。
「目的地が同じやから一緒に行くことにしてん」
「なら町の中で待ち合わせでいいじゃない」
「うちらと一緒にいるとこ見られとうないんやって」
「ふーん」
まあ首都にならニコル以外の聖職者もいるだろうし、魔族と人を見分けられる者に目撃されたくないというのはわからなくもない。わからなくはないけれど、そもそもカルラとニコルはいつ待ち合わせの約束なんかしたんだろう?
「ねえ、いつの間に待ち合わせの約束なんか取り付けたの? 二人で会ってたの??」
「せやで。ちょっと情報交換しとったんや」
「情報交換? どんな?」
「内緒や」
「えー!」
食い下がっても教えてもらえない。なんだか仲間外れにされている気がして、ぶうと頬を膨らませながら外を眺めるしかないのだった。
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