03-04 予定外の同行者(2)
「うちからの質問は大きく二つ。まずは少年が何をどこまで上に報告しとるんか知りたいな」
「アスピーダの町付近の森を調査していた際、たまたま供を連れた魔王に出くわして話す機会を得た、と言っています。ナターシアの結界が解けたのはあくまで魔族内部の争いの結果であり、魔王は再構築を検討している、と。まあ信じてもらえたとは思えませんが」
誠心誠意報告したつもりだが、ニコルの話を信じてくれた者など半数以下だろうとニコルは思っている。なにしろ何度も呼び出され同じ報告をさせられているのだ。ニコルの話の中に矛盾を、嘘を探すように。犯罪者に対する尋問のようだと何度も思った。
「お嬢のことは?」
「大量の魔族が押し寄せた際、赤髪の子供の魔族が町の上空に表れて他の魔族を一蹴した。そう、町の者たちの目撃証言を取りまとめました。人々の証言以外には触れていません」
「お嬢から魔王のステータスの件は聞いとるんやろ? それは?」
「まだ伏せています。今そんなことを報告すれば、早期に魔王を倒すべきという意見が増える可能性があります。……今戦いを挑んでも人は勝てない。魔王の力は強大であり、より軍備を強化すべきとだけ進言しました」
「へえ、それはどうもありがとうなあ」
何を言っているのだこの女は、とニコルは眉をさらに寄せる。
「何か勘違いされているようですが、勝てる見込みが立てば攻めることもあると言っていますよ」
「わかっとるよ。けど、あいつらと人間の両方を別々に相手せなあかんよりずっとええわ。今日うちらを助けてくれたんもそれが理由か?」
「ええ。こんなところで魔王の娘に手を出して、魔王に出てこられでもしたら大惨事になります」
正直言って彼女らには今すぐナターシアに帰ってほしい。どうにか戦力を揃えるだけの時間を稼ぎたいと考えているのに、こんな無防備にうろちょろされたら迷惑だ。
「じゃあ二つ目の質問や。ナターシアを出てった魔族はいっぱいおるみたいやけど、頭はたぶん二人。その目撃情報があれば知りたい」
「特徴は?」
「一人はカリュディヒトス言うて小柄な老人で、トラップ魔法やステータスに干渉する魔法が得意な奴や。髪はほぼ白髪で目は紫。もう一人はリドー、うちくらい背の高い男で、真っ黒な長い双剣を使いよる」
ニコルはこれまでに聞いた魔族の目撃情報を思い出してみる。老人の魔族というのは今のところ聞いたことがない。
けれど、
「漆黒の双剣使い、であれば何度か報告に上がっています」
「――へえ」
カルラの金色の瞳が突然、獲物を目の前にした肉食獣か何かのようにギラリと光って見え、ついニコルは背を扉に押し付けてしまった。
黒い双剣を使う男、それは現状魔族達のリーダー格と目されている男だった。魔族による襲撃と思われる被害の報告は増えているが、それに反して目撃証言は多くない。なぜなら魔族に襲われた集落の生存者がほとんどいないからだ。たまたま村から離れた森の中にいて隠れられた者や、襲撃中に通信で報告してきた者、重症を負いながら辛うじて逃げ出せた者の証言しか得られていない。
老若男女問わず家畜すらも皆殺しにした上、家屋まで全て焼き払うと聞いている。黒い双剣を携えた男は、遊ぶように人を殺して回りながら
その話を聞いたときにも怒りで震えたが、改めて己の口から語ると、ふつふつと沸き上がってくる感情で血が沸騰しそうな気持ちになる。いつの間にか握りしめていた手に爪が食い込んでいることに気が付いて、ニコルは息をゆっくり吐いてからそれを離した。
カルラは話の途中からニコルの方を見てはいなかった。机の上で頬杖をつき、何も置かれていない机に視線を落としている。ゆらゆらと彼女の周りでオレンジと黒の魔力が揺らいでいる。初めて目にしたときよりそれが強くなったような気がした。
「それはまた、他所様の庭で好き勝手やっとんなあ」
低い声には抑えきれていない熱が混じっている。口元を笑みの形に歪めてはいたが、目は全く笑っていなかった。カルラは床下に置かれていた小さな鞄から地図を取り出し、机の上に広げた。
「場所は?」
「魔族の襲撃自体は各地に散っていますが、その双剣の男が目撃された場所は、最初に報告された場所から徐々に南下しているようです。そろそろ南の国境を越えるかもしれません」
ニコルは机に近づいて地図の国境付近を指差す。
「ちょっと遠回りやけど、寄れんことはないな。グリードはんには『悪天候で足止め食らってる』て言うとくか。馬車は置いていきたいけど、お嬢に野宿させんのはかわいそうやなあ……」
ブツブツ独り言を言い始めるカルラをちらりと見てから、ニコルは指を地図から離した。彼女はどうやらその双剣の魔族を追う気であるらしい。魔族同士で潰し合ってくれるならそれに越したことはない。
司教から押し付けられた休暇を利用してニコルも明日にでも王都を発って向かう気でいたが、彼女らが行くと言うなら任せておけばよいのではないだろうか? いや、しかし会話が成立するとはいえ魔族はやはり信用ならないし、どうするか――
「馬車、と言いましたね」
「ん? 言うたけど」
それならば、とニコルは口を開いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます