03-03 いざ、アルカディア王国へ(1)
夜のうちにフィオデルフィアに移動するとカルラが言うので、私とカルラはもうすぐ夜中だという時刻に城を出た。
「お嬢、フィオデルフィアにいる間はずっとこれ着けとき」
城を出てすぐ、耳を塞ぐように左右が垂れ下がった形のニット帽を渡された。スキーの時に着けるようなドーム状の帽子ではなく、円柱に耳あてがついたような形の帽子だ。カルラの耳や私の角が目立たないようにこの形を選んでいるのかな?
ニット帽と言っても薄手で、暑くはなさそうに見える。カルラも同じ帽子を被っているからお揃いだ。姿を変える魔法をかけてはいるけれど、ふとした拍子に解けることもあるし、保険は必要なんだろう。
カルラの両腕に銀色の手甲が装着されていることに気がついた。こんなの、前から着けてたっけ? 私の視線に気がついたのか、カルラが「かっこええやろ?」と笑って言った。
カルラの馬車は、ナターシアとフィオデルフィアを繋ぐ地下通路の、フィオデルフィア側の出口から少し離れた湖のほとりに停められていた。白い屋根が付いた四輪馬車で、二頭の馬が近くの木に繋がれている。それなりに大きい馬車だけれど、御者の座る椅子以外はほとんど木箱で埋まっていた。
「狭くて悪いなあ。お嬢は後ろに乗ってんか」
「後ろ……」
馬車の後ろには昇降用の階段らしきものが折りたたまれている。けれど木箱で埋まっていて乗り込めそうになかった。御者席は馬に合わせてかなり高く作られているし、手は届くとはいえ、ジャンプで乗り上がるには高すぎる。
背中の羽は服で隠してしまったしどうしようかと思っていたら、カルラが私の両脇に手を入れて持ち上げてくれた。御者席によじ登って、そこから馬車の後ろに乗り込む。
馬車の中は空間の三分の一ほどしか空いておらず、かなり狭い。まさか道中はずっとここで寝るの? 他に寝床があるわけもないからそうなんだろう。持ってきた数日分の着替えを空いているところに放り込むと、自分も馬車の端に座る。夜の空気が少し寒いなと思っていたら、誰かが毛布を差し出してくれた。
「はじめまして。
私のあとから御者席に乗ったのは、剣を腰に携えた男性だった。敬語だけれどイントネーションはカルラと同じ関西弁だ。私たちと同じような帽子を身に着けていて、耳を隠す程度に伸びた茶髪と吊り目気味の顔立ちは少しだけ怖い。年齢はカルラと同じか少し年下くらいに見えた。
「ええと、お世話になります。ディアドラです」
私はぺこりと頭を下げたあと、「長ってカルラのこと?」とカルラに視線を向ける。
「せやで。城よりずっと南の方に山岳地帯があるやん? あの辺に集落があってな、うち、グリードはんに会うまではそこで里長やっとってん」
なるほど面倒見のいい人だとは思っていたけれど、里長とやらをやっていたからなのか。いや、逆か? 面倒見がいいから里長だったのか?
カルラは御者台に座ると大きく伸びをして、馬車の幌に寄りかかってから自分に毛布をかけた。
「カルラ、そこで寝るつもり?」
「うん。うちら、いつもここで寝てるし気にせんでええよ」
うち〝ら〟という言葉の通り、ヤマトもカルラとは逆側の幌に寄りかかって腕を組んでいる。二人とも座って寝るつもりであるらしい。
そんな中で一人だけ馬車の中で横になるのは気が引けたけれど、座った体勢でゆっくり眠れるとも思えなかったので、ありがたく床に転がらせてもらう。固い木の床が少し冷たくて、城のベッドが早速恋しい。でも全ては本を買うためだ。我慢しよう。
城を出る前にはお父様から決してカルラから離れないようにだとか、危険には近づかないようにだとか、口酸っぱく言われている。ジュリアスやザークシードまで単独行動は慎むようにと念押ししてくるものだから、私はそんなに信用がないのかと言いたくなった。
今回の買い出しでは心配いらないのだと証明する必要がある。そうすれば今後もたまにくらいは買い物に連れて行ってもらえるかもしれない。いや、ぜひそうなるように今回は特別いい子でいよう。
いつもならとっくに眠っている時間だったけれど、気持ちが高ぶってしまって眠気がやってこない。少しだけ体の位置を移動して、カルラとヤマトの間から外を眺めることにした。
森の木々の隙間から満天の星が覗いている。日本では都会に住んでいた上に近眼だったから、プラネタリウム以外でこんなにたくさんの星を見ることなんてなかった。
「綺麗やろ? 開けた道からならもっとよく見えるし、楽しみにしとき」
声のした方を見ると、カルラが同じように空に目を向けていた。
「寝ないの?」
「朝方まではうちが見張りや」
ふうん。ヤマトと交代で眠るのかな。
「そうだカルラ、こないだ、転移魔法を使えた人を一人しか知らないって言ってたよね。でも、カリュディヒトスも使えたよ」
私がカリュディヒトスの牢に入れられた時、食堂の前から牢の中に一瞬で飛ばされた。あれはたぶん彼の魔法だったのだろう。
カルラは心底嫌そうに顔をしかめた。
「えー、そないな奴の相手をせなあかんとか、面倒くさ……」
それから気だるげにため息をつくと、「あんなややこしい魔法、よーやるわ。年の功かなあ。うちの方が年上やけど」とぼやくように呟く。
誰が誰より年上だって?
理解が追いつかなくて質問しそこなった。カリュディヒトスは見た感じもうおじいちゃんだったのに、え? それより年上??
カルラをあらためてじっと見たけれど、お父様よりも若く見える。二十代半ばくらいだろうと勝手に思っていたけれど、違うの?
私の視線の意図に気付いたのか、カルラは「女性の年齢を探んのは野暮やで」と、にいと口元を広げた。よし、帰ったらお父様に聞いてみよう。
ごろごろと寝返りを打ってみたけれど、やっぱり眠れそうになくて、カルラに何か話してよと言ってみた。面倒くさそうに「えー」と答えたカルラが、しばらくしてから私に視線を向けてきた。
「お嬢、グリードはんの夢って知ってるか?」
「ううん、知らない」
「グリードはんはな、人と魔族が共に生きられる世界を作りたいんやって。そのために魔王になったんやって」
月が陰ったせいか、カルラの表情はよく見えなくなってしまった。
「お嬢はどう思う?」
「どう……と聞かれても……」
ゲームでジュリアスが聖女の仲間になったときのことを思い出す。彼は先代魔王が目指していた、人と魔族の和平を実現させたいのだと語っていた。ゲームのエンディングでは、ナターシアが再び結界で覆われてフィオデルフィアに平和が訪れた、としか語られていない。その後ナターシアや二つの大陸の関係がどうなったのか、ジュリアスルートでなら見られたのかもしれないけれど、私はクリアしていないから知らない。
「そもそも争う理由がよくわからない」
私がもともと人間だったからなのかもしれないけれど、魔王や魔族が人間の国を滅ぼす理由がよくわからないと思ったから、そのまま答えた。
これまでプレイしてきたRPGゲームを思い出してみると、モンスターとしての魔王は人間を支配しようとしていることが多かった。でも人を支配してどうするんだろう。ラスボスが魔王ではない場合は、護りたいものが違っただけだというストーリーがほとんどような気がする。参考にならない。
そういえば、聖女伝説に出てきた魔王は、ディアドラは、何がしたかったんだろう。国を一つ滅ぼして国民を皆殺しにしたかと思えば、気まぐれに人間が逃げるのを見逃すこともあったし、行動に一貫性がない。ジュリアスが五天魔将を抜けた時もなぜか楽しそうだった。もしかしたら自分の未来だったのかもしれないけれど、彼女の目的はよくわからない。ただ遊んでいたようにも見えた。
ふはっとカルラの笑い声が聞こえてきて、思考を中断する。どうしてだかカルラはしばらく笑ってから、馬車の外に視線を向けた。
「争う理由がわからん、か。お嬢はグリードはんのナターシアしか知らんもんな。新しい世代がそう思ってくれるなら、うちらのやってきたことは無駄ではなかったんやろか……」
「?」
どういう意味だろうと視線を向けてみたけれど、カルラは「そろそろ寝えや」と言うだけで、何か考え込むように黙ってしまった。
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