03-02 それぞれの思惑(4)
正直言ってグリードは辟易していた。
その理由はただ一つ、ジュリアスが変な提案をしてきて以来、ディアドラが顔を合わせるたびに「人間の本屋に行きたい」と懇願してくるからだ。
一日三回食事で顔を合わせる時はもちろん、それ以外でも、例えば廊下ですれ違おうものなら「本屋……」と言ってくる。これほどまでの熱意を彼女から感じたことは今までにはない。グリードとしては娘の希望はできる限り叶えてやりたいと思ってはいるのだが、こればかりは首を縦に振るわけにはいかなかった。
近場の森で自由に過ごしているならいいと思っていた。彼女が周囲の魔獣程度に負けることはないだろうし、何かあればいつでも飛んで駆け付けられたからだ。けれどナターシアの外とあってはいつでも助けに行くというわけにはいかないし、何より今のグリードは飛ぶこともできない。
先日ディアドラがフィオデルフィアで人間に刃物を突き付けられている姿を目にしてから――怖くなったのだ。彼女が自分の手の届かないところで死んでしまうようなことがあっては、と。過保護と言われるかもしれないが、彼女には手の届くところにいてほしい。
というわけで彼女が人間の町に買い物に出るなど、グリードとしては断固として反対したい。だか毎日毎日『否』と言い続けるのは心が疲弊する。余計なことをとジュリアスに恨み言を言ってみても「勝手に出かけられてしまうよりは、カルラ様と一緒の方が安心でしょう? 一度行かせれば満足されるのでは?」と返されて終わりだった。
はあ、とグリードが今日だけでも何度目になるかわからないため息をつくと、ザークシードが笑った。
「お疲れですな」
「お前よりましだ」
各地の魔獣を討伐して回っていたザークシードだが、ようやく一区切りついたらしく、昨日から久しぶりに城でのんびりしている。せっかくひと段落したのなら家で休めとグリードが言っても、彼は「ここも家みたいなものですよ」と笑うだけだ。実際、執務室や応接室のソファーで気ままにくつろいでいるようではあるのだが、もっと家族と過ごす時間をとってもよいだろうに。
ザムドもザークシードと共に戻ってきたらしく、今朝ディアドラと出かけていく姿を窓から見かけた。遊び友達が帰ってきて嬉しいのか、ディアドラも心なしか楽しそうに見えた。
そうだ彼の家族といえば、と思い出してグリードはザークシードに視線を向ける。
「今回の遠征には子供達も連れて行ったと聞いたが、危なくはなかったか?」
城に顔を出すのは末の息子のザムドくらいだが、ザークシードの子供は三人いる。グリードも後から聞いた話だが、今回の遠征には途中から子供を三人とも連れて行ったらしい。しかも全員戦力として。
魔王城周辺ならまだしも、南の山岳地帯は大人の魔族でも複数で当たらないと太刀打ちできない魔獣が多く出る。彼の長女ですらまだ十代半ばのはずだし、ザムドに至ってはディアドラより一つ年下だ。魔獣と戦わせるために連れて行ったと聞いたとき、グリードは耳を疑った。
グリードの心配をよそに、ザークシードは何でもないことのように笑った。
「なあに、魔族なんて死線を超えて強くなるものでしょう」
「そ、そうか……?」
安全であるに越したことはないと思うのだが、他人の育児方針に口を挟むのは礼儀に反する。全員無事に帰ってきたのだからそれでよい、と言うべきなのかもしれない。
「まだ早いとは私も思いましたがね。ザムドの奴が、ディアドラ様に夜の森で助けていただいてからでしょうか、ディアドラ様に次ぐほど強くなるのだと張り切っているのですよ。それなら連れて行こうかと言ったら、上の娘二人も行くと言って聞きませんで。……まあ、子供が好きなことに熱中しているなら、応援してやるのも親の役目かと思った次第です」
多少大変でしたがね、とザークシードは苦笑した。子供三人の面倒を見つつ部下の統率も執りつつの討伐となると、多少どころか相当大変だったはずだ。子供たちがある程度戦力になるとしても。
「好きなことに熱中しているなら、か……」
娘のことを思い出す。町で行きたいところはあるかと聞いたら本屋と即答したり、人間の町でも本を買って帰ってきたり、本の読める店が欲しいから自分で作ろうとしたりしている彼女のことを。
ディアドラがあれほど本に熱意を燃やすとは思わなかった。これまで城の書庫にもまるで興味を示さなかったというのに。子供の関心はある日突然移り変わるものだと聞いてはいたが、それにしても唐突に感じる。
その日の夕食時も、ディアドラは開口一番に「本屋に行く話、考えてくれた?」とグリードに言ってきた。カルラの言うことはちゃんと聞くだとか、今度は教会には近付かないだとか、迷子にならないようにするだとか――行くにあたっての約束事を自主的に作り続けるディアドラを見ていると、このまま駄目だと言い張り続けても勝手に出ていくだけなのではという気がしてくる。
カルラと一緒に行かせる方がまだマシだというジュリアスの言もわかる。フィオデルフィアをよく知るカルラなら、ディアドラを無事に連れ帰ってくれるだろうとも思う。子供が夢中になっていることを応援するのも親の役目だという、ザークシードの言葉にも一理ある。それに毎日断り続けることにも、そろそろ精神的な限界を感じてもいる。
グリードは眉間を中指で押さえながら、長い長いため息を吐いた。
「わかった……くれぐれも危険には近付かないように……」
「本当っ!? ありがとう、お父様っ!」
グリードが観念すると、ディアドラは見たこともないほど顔を輝かせた。娘のそんな表情を見ること自体に悪い気はしないのだが、早くも己の発言を後悔し始めていた。
大抵月に一度しか城に戻ってこないカルラが再び城にやってきたのは、グリードがディアドラの外出を許可してから数日のうちのこと。
「随分迎えが早いな」
目を丸くしたグリードに対し、カルラはにいと笑みを広げながら答えた。
「そろそろグリードはんが折れた頃かと思うてな」
その発言を受けてザークシードとジュリアスが苦笑気味に顔を見合わせたので、自分が折れると皆に思われていたのだろうか、とグリードはまたため息をつくのだった。
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