03-02 それぞれの思惑(3)


「理由はあと一つです。グリード様の夢である、人と魔族の共存社会の実現――それは、グリード様一代で成し得るのは難しいと考えています」


 思いも寄らない方向の話が始まって、カルラは目を丸くする。一拍置いてからカルラは口を開いた。


「お嬢にあと継がせる気か?」


 ジュリアスは頷くことも首を横に振ることもしない。


「魔王など人から請われてなるものではありません。ですが……僅かな時間で人の子と友人になったというディアドラ様ならあるいは、と。まあ魔王にならずとも、人間の世界をもっと見ておくのも良いかと思いまして」


 カルラは腕を組んでジュリアスから視線をそらした。人と魔族が共存できる世界を作りたい、とグリードが願っていることは知っている。その夢を面白いと思ったからこそ、カルラは五天魔将になってやると言ったのだから。


 途方もない、現実になるとも思えない夢物語だ。有史よりずっと前から人と魔族は殺し合いを続けてきたし、今更手を取り合えるなんて、そんなことを考えているのはあの夢想家くらいだろう。


 ナターシアを結界で覆ったのも、魔族達にこれ以上フィオデルフィアでの略奪を行わせないためだった。人間から奪わなくても生きていけるのだとまず魔族たちに証明できなければ、グリードがどれだけ望んだところで略奪行為は続く。奪わなくても生きられるのだと他の魔族達に実感させられたところで、いつかは結界を解こうとグリードは言っていた。けれどまだ早すぎたのだ。


 豊かとは言えないまでも安定して食料を供給できるようになったから、そろそろ嗜好品も扱えればと思っていたのに。


 奪わなくても生きていける、それだけでは駄目なのだろうか? 皆でここまでやってきたことに、どれほどの意味があったのだろう――そんなことを、カルラはつい考えてしまった。


 ディアドラがグリードの夢をどう思うかはわからないし、魔王を継ぎたいと考えるかどうかも定かではない。


 けれど、それでも。


 彼の夢が繋がる可能性がそこにあるのなら――彼が長年その夢のためだけに、彼の持ち得る全てを懸けてきたことを、大切な人をも失ってきたことを知っているからこそ――カルラは手を伸ばしてみたくなってしまう。


「今の話、グリードはんにはしてへんな?」


 カルラが視線を戻すと、ジュリアスは頷きを返してきた。


 それはそうだ、ディアドラを囮に使うような行為をグリードがよしとするはずはないし、ディアドラに魔王を継いで欲しいとも思っていないだろう。魔王とは人間からも、魔王に成り代わりたい他の魔族からも命を狙われる危うい立場だ。娘にそんなものになって欲しいとは、グリードなら考えてはいまい。


 グリードが魔王になってからもう十四年になるが、魔王の座を狙う挑戦者に大怪我を負わされたこともあれば、大量の毒を盛られて死にかけたこともある。あんな脇の甘い男がまだ魔王を続けられているなんて奇跡に近い。


「……わかった。グリードはんがええって言うたら、お嬢は連れてったるわ。うちにも準備がいるから一週間後に迎えに来る。それまでにグリードはんを説得しといてや」


「はい。ザークシード様にもご助力をお願いしておきます」


「適任やな。任すわ」


 話は終わりとばかりに立ち去ろうとしたが、すぐに足を止めて振り返り、カルラはもう一度問いをジュリアスに向けた。


「もう一個聞いてええか? 最近のお嬢の変化、坊んはどう考えとるん?」


 これだけ考えを巡らせている彼なら、ディアドラのことをどう考えているのだろうと聞いてみたくなったのだ。ジュリアスはそうですねと眼鏡をかけ直してから真顔で言った。


「ディアドラ様も、ついにグリード様の良さを理解されたものかと」


「……は?」


 目を点にしたカルラに対し、ジュリアスは淡々と答えた。


「グリード様の良さがわかる者に悪い者はおりません」


「…………、うん、わかった。聞いたうちがアホやった」


 カルラは思う。


 なんでこの子、グリードはんのことになると急に残念になるんやろ、と。


 さっきまでは「グリードはんとシリクスの後ろをついて歩いてた子が、よーデキる子に育ったなあ」と心から感心していたというのに。


 突然ディアドラの雰囲気が変わったとき、最初は全くの別人のなりすましかと考えた。けれどディアドラほどの強さを持つ少女などそうはいない。見た目だけ変えたところで、五天魔将に匹敵するほどの強さだけは真似できないからだ。真似できるような者がいるのなら、既に名が知られていてもおかしくない。


 以前のディアドラは、カルラが話しかけても無視して去るか、うるさいと一言返してくるだけかのどちらかだった。好かれていないのだろうと思っていたから、偶然会えば声をかけたが、わざわざ話しかけに行くことはあまりしなかった。


 だから驚いたのだ。『すっごくすっごく会いたかった!』と目をキラキラさせて駆け寄ってきた彼女に。


 しかも彼女はカルラの説教を大人しく最後まで聞き、謝罪の言葉まで口にした。今まではカルラが話している途中でもさっさと立ち去っていたのに、だ。ディアドラに言ってやりたいことはたくさんあったはずなのに、意外なしおらしさに驚いて、カルラにしては説教が短く終わってしまった。


 まるで中身だけが別の人間に入れ替わったように感じる。けれどそんな真似、神でもなければできはしない。女神の加護が届かぬナターシアで、そんなことが起き得るとも思えなかった。


 ただ、少なくとも彼女にグリードへの敵意は感じない。むしろジュリアスと同等かそれ以上にグリードを慕っているように見える。もし彼女がグリードに害をなすつもりなら、カリュディヒトスたちが事を起こしたときにどうとでもできただろう。そうでなくとも、彼女に攻撃されてグリードが反撃できるとは思えない。


 カルラはガリガリと頭の後ろを掻く。考えることが多くて面倒くさいなあと、またため息をつくのだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る