03-02 それぞれの思惑(2)


 普段カルラは、魔王城に長居はしないことにしている。何か用件でもない限りは、荷を届けたら即フィオデルフィアに戻り、元の旅路を続けている。どの商業ギルドにも属していないカルラの行程を気にする人間などいないだろうが、空白の時間を長く作って怪しまれるようなリスクを減らしておきたいからだ。


 本当は今日も夕食を終えたらナターシアを出る気でいたが、カルラは冷える西の塔の書庫でジュリアスが訪れるのを待った。ジュリアスはたいてい仕事の後に書庫で遅くまで本を読んでいることを知っているからだ。書庫の隣の小部屋で寝泊まりしていることも。


 キィ、と静かに戸を開く音が聞こえて、カルラは手にしていた本を棚に戻した。棚から扉の方に顔を覗かせると、ジュリアスがカルラに気付いて歩み寄ってくる。念のため外の気配を探って誰もいないことを確認してから、カルラはジュリアスを見下ろした。


「坊ん、どういうつもりなん」


 ジュリアスはカルラの目をじっと見返してから、「嘘は言っていません」と答えを返してくる。


「ディアドラ様に勝手にナターシアの外を出歩かれる方がやっかいです」


 ディアドラに勝手な行動をされたくないのはわかる。それはいい。カルラは一つ頷いて続きを待った。


「もう一つの理由ですが……カリュディヒトスとリドーが事を起こしてからもう三ヶ月が経とうとしています。しかしここまで目立った動きは見られません。もし彼らの目的がグリード様を魔王の座から引きずり下ろすことなら、ディアドラ様とカルラ様が城を留守にするタイミングは絶好の機会に映るのでは、と」


 ふうん、とカルラは短く返した。あの二人がどこに潜伏しているのかはわからないが、魔王城を監視する目は何かしら持っているだろう、とはカルラも思っている。


「誘い出そうってことか?」


「乗ってくるかはわかりませんが、このまま相手の次の一手を待つだけよりはよいかと思いまして」


 向こうの出方を待って後手に回り続けるよりは一手打ってみる、という考え方はカルラも嫌いではない。しばらく見ないうちにディアドラがどれほど強くなったかは知らないが、素手で戦ったザークシードから軽く一本取ったという話は聞いている。


 ただ守られるだけの子供ならまだしも、それだけの実力があるならば、カルラと二人でカリュディヒトスらに対応できるという可能性はある。ディアドラは飛べるのだし、最悪、彼女だけでも逃がしてやれば自力で帰ってくることもできるだろう。グリードは子供を戦わせるのはどうかと言うかもしれないが、彼が魔族としては変わっているだけで、魔族は強さが全てだ。強ければ性別も年齢も関係はない。


 ただ、ともカルラは思う。


「……それ、こっちは坊んとグリードはんの二人で大丈夫なん?」


 ザークシードはナターシア内で増えすぎた魔獣を討伐するためにあちこち遠征に出続けている。グリードはステータスが半減している上に魔法が使えないとあっては、戦力としてかなり見劣りする。


 ジュリアスも弱くはないのだが、彼が五天魔将に就いたのは戦闘能力より執務能力の高さを買われたことと、父の後を継ぎたいという彼の強い希望があったからだ。彼には単独でリドーに勝てるだけの力はない。


 ジュリアスは一つ頷いて答えた。


「ザークシード様には、一、二ヶ月城にいて頂いても問題ないよう、前倒しの討伐スケジュールをこなしていただきました。明日にでも一段落しますよ」


 ただでさえ五天魔将の手が減っている中、前倒しのスケジュールをこなさせるとはジュリアスも鬼だ。しかし一段落するところだということは、かなり前から準備をしていたということになる。


 ジュリアスはカルラを見上げながら続ける。


「そもそも二手に分かれたとして、彼らが最初に狙うとしたら、グリード様ではなくディアドラ様の方ではないかと考えています」


「なんで?」


「カリュディヒトスの十八番はトラップ魔法でしょう。事前準備ができない城の方に来るとは思えません。ディアドラ様を人質に、グリード様をどこかにおびき出すという手で来る可能性の方が高いかと」


「まあ、せやな」


 ジュリアスの言葉は一理ある。もともと魔王の座を狙う挑戦者の一人だったリドーはそれだけの実力者ではあるが、カリュディヒトスは正面切って戦うタイプではない。向こうが乗ってくるかはわからないが、ディアドラを外に連れていき、カリュディヒトスを誘い出すのも一案だ。


 そこまで考えてからカルラが頷くと、ジュリアスは「ただし」と続けた。


「敵はカリュディヒトスとリドーの二人だけとは思わない方が良いでしょう」


「どういうことや?」


「グリード様が、罪人への処罰をカリュディヒトスに任せていたことはご存知ですね?」


 カルラは頷く。先代の時代から五天魔将をやっていたような胡散臭い奴に任せるのも、甘い処罰で済ませるのもどうかと思う、とグリードに進言したこともあるくらいだ。


 ナターシアにおいて、魔王に逆らったものは原則処刑が慣例だった。けれどグリードはそれを好まず、悪質な再犯を重ねた者でない限りは、カリュディヒトスにステータスダウンの処置を施させるだけで解放していた。


「過去の罪人の所在を調べたところ、少なくはない者が姿を消しています」


 グリードに逆らうような者は皆、フィオデルフィアやナターシア内での略奪行為を好む者たちばかりだ。姿を消したのならば十中八九カリュディヒトスとリドーについたと考えられた。カリュディヒトスとリドーだけなら、カルラとディアドラ二人でも何とかなりそうだと思っていたのだが、他の魔族の相手も同時にするとなれば話は別だ。


 カルラはため息を吐きながら顔を押さえると、恨みがましい目でジュリアスを見た。


「ここまでの話を総合すると、うちとお嬢で出かけるの、めっちゃ大変かもしれんって言うてる?」


「言っています」


 しれっと返され、カルラは再びため息をついた。

 少し間を置いてからジュリアスが言う。


「が、そもそも彼らの目的が他にあるという可能性もありますし、何も起きないかもしれません」


「あくまで魔王交代は目的やのうて手段やと?」


「全て可能性の話にすぎませんよ。現時点では情報が少なすぎて絞れません」


 天を仰いでうーんと唸ってみるが、カリュディヒトスとリドーの目的などカルラにはまるで見当がつかない。五天魔将に就いてすぐの頃からフィオデルフィアに出ていたカルラは、カリュディヒトスともリドーともそれほど関わりはなかった。彼らの人となりもなんとなく知っている程度で、本意などわかるはずもない。


 わからないことは棚上げすることにして、カルラは再びジュリアスに視線を落とした。


「……他の理由は何や?」

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