03-02 それぞれの思惑(1)



「うーん」


 カルラに貰った出版済書籍の目録を眺めながら、何度目になるかわからないうなり声を上げた。


 それを眺めているのはもちろん本を注文するためだ。でもタイトルと作者名とページ数しか情報のない目録を見ても、どの本が面白いのかさっぱり見当がつかない。せめてあらすじくらい書いてほしい。


 そういえば日本で本を買っていたときは、表紙買いをしたり、ネットのレビューを読んで決めたり、冒頭を読んでみたり、私の好みを知っている友人の勧める本を買ったり、ということが多かった。中身が想像できないタイトルばかりだし、これまで参考にしてきた情報が目録には一つもない。これは困る。


 カルラが試しにと言ってアルカディア王国で流行っているという本を二冊買ってきてくれたけれど、好みとは若干合わなかった。面白かったことは面白かったんだけど、まあ一言で言えば推しを見つけられなかったのだ。


 ルシアが本屋で勧めてくれた本はとても好みだったし、もしかしたらルシアとは本の趣味が合うのかもしれない。こんなことならもっとルシアと本の話をしておくんだった。


 しかも目録から本を選んだとして、届くのは一ヶ月後。長い。長すぎる。日本の通販サイトなら翌日か翌々日には配送してくれたのに。カルラから本の目録をもらうだけでも一ヶ月かかったのに、実際に本を受け取るまでまた一ヶ月待たなきゃいけないなんて不便すぎる。


 もうカルラの家は片付け終わったし、飴も安定して作れるようになったし、並べる本以外は準備万端だ。なのに肝心の本の準備が終わらないまま、ディアドラの体は十一歳になっていた。私の心も二十一歳に――は、なっていないことにした。心は二十歳で止めておきたい。


 それはさておき。目についた本を片っ端から買ってやろうかとも思ったけれど、大量購入は勘弁してほしいとお父様に止められてしまったので諦めた。カルラが「本代は最悪グリードはんから取り立てる」と言っていた以上、お父様の懇願を無視もできない。本棚が埋まりきらなければ城の書庫から本を貸してくれるらしいけれど、それじゃあ小説喫茶ではなくカフェ併設の図書館じゃないの?


 やっぱり本は実物を見て選ぶに限る。もう人間の町には行かないと約束したけれど、やっぱりこっそりもう一度行こうかな? 同じ町にもう一度行くわけにはいかないだろうけれど、別の町なら大丈夫なんじゃない?


 でもお父様との約束を破るのもなあ……うーん。


「あの、ディアドラ様。ソファーの掃除をさせていただいてもよろしいでしょうか?」


「あ、ごめん」


 サーシャに言われ、ソファーから降りてベッドに移動する。


 ずっとディアドラの前に姿を見せないようにしていた彼女が、少し前から部屋に入ってくるようになった。最初この部屋に入るときは「は、入らせて頂いてもよろひいでしょうかっ」と緊張のあまり噛んでいたけれど、最近では普通に話しかけてくる。気弱そうに見えたのに案外図太い。


 彼女から聞いた話によると、私とお父様が手を繋いで歩いていたことが噂として町中に広まったらしい。噂には尾ひれがつくのがつきもので、なんでもお父様が大怪我をしたことで私がお父様の大切さに気付き、改心したのだ――とかいう話になっているらしい。


 いや、その前から町の露天でお金を払ったり本を買ったりしてたじゃない? 町の人も見てたじゃない? 城でも大人しかったじゃない?? と不思議に思ったけれど、数日の誤差はなかったことになっているようだ。


 まあ、都合のいい勘違いには乗るに限る。その話をサーシャから聞かされた時、私はもちろん否定せず「まあそんなとこ」と言っておいた。


 私の言葉を聞いたサーシャは「ですよね! グリード様は素晴らしい方ですからね!!」と力強い笑顔で握りこぶしを作っていた。お父様の熱烈なファンはジュリアスだけではなかったらしい。もちろん私もそのファンの一人なので、「わかる!」と手を握っておいた。同じ推しをもつ同志という友情が芽生えた瞬間だった。


 サーシャと打ち解けたせいか、他の使用人たちもあからさまに私に怯えてくることはなくなった。城の中が快適になって言うことなしだ。カルラが来たら教えてほしい、というお願いも聞いてもらえて助かっている。


 一方、ザムドはザークシードが遠征に連れて行ってくれるんだと嬉しそうに報告に来てから、城に遊びに来なくなった。毎日毎日うんざりするほど頻繁に会いに来ていた友達が来ないというのも、それはそれで寂しいと思わないでもないこともない。いや、ない。うん、寂しくなんてない。いやでも、やっぱりちょっと寂しいかもしれないけど。ちょっとだけ、うん、ちょっとだけだ。


 さて、今日はカルラが来る予定の日だ。私は欲しい本リストを握りしめ、食堂に移動することにした。


 前はカルラとディアドラが顔を合わせることはほとんどなかったけれど、小説喫茶の話もあって、カルラが来る日は一緒に夕食を食べようと約束している。


 食堂に行くと、先に来ていたお父様とカルラがこちらを見た。カルラが頬杖を付きながら私に向かって片手を上げる。


「邪魔してんで、お嬢。欲しい本のリストはできたか?」


「うん、これお願い」


 持ってきた紙をカルラに渡す。タイトルから内容を妄想するしかなかったけれど、厳選に厳選を重ねたつもりだ。私にとっての大ヒットが混じっていることを祈ろう。皆が揃ったところで食事を始め、私が半分くらい食べ終えたところで、扉をノックする音がした。


「お食事中に申し訳ありません、少しよろしいでしょうか」


 入ってきたのはジュリアスで、お父様が「どうした、急ぎの件か」とフォークとナイフをテーブルに戻す。ジュリアスは首を横に振りながらテーブルの近くまで歩いてくると、眼鏡を押し上げた。


「いえ、皆さんお揃いなので今がよろしいかと思いまして」


「?」


 ジュリアスがちらりと私に視線を向けてからお父様に向き直った。


「実は、ディアドラ様が〝本は実物を見て買いたいから、どうにかまた人間の町に行けないだろうか〟というようなことを言っているのを聞いた者がおりまして」


「!」


 考えていた覚えはあるが、まさかまた口から出ていたとは!


 お父様は半ば呆れたような目をこちらに向けてくる。そんな目をしないでほしい、未遂だ。行きたいなー、こっそり行っちゃおっかなー、と妄想していただけだ。まだ。


 ジュリアスがため息混じりに続ける。


「また無断で勝手な行動をされるよりは、保護者同伴で買いに出て頂いた方がマシなのでは、とご提案に伺いました」


 お父様は顔を曇らせる。一方、まさかジュリアスからそんな妙案をもらえると思っていなかった私は、いいぞいいぞもっと言って! と心の中で歓声を上げながら様子を見守ることにした。


「もちろん、カリュディヒトスやリドーがディアドラ様を狙う可能性も否定できませんので、彼らに対応しうる者をつける必要があるでしょうね」


 ジュリアスはそう言うけれど、カリュディヒトスとリドーに対応できる人物、なんてそうはいない。同じ五天魔将かお父様しかいないだろうけれど、お父様が行けるはずない。ジュリアスはいつも忙しそうだし、ザークシードは最近ナターシア中を飛び回っているらしい。


 となると――あと一人しかいない。


 ジュリアスが入ってきてからずっと他人事のような顔とだらけた姿勢で聞いていたカルラに私とジュリアスの視線が集まり、


「……ん? えっ、うち!?」


 彼女は弾かれたように身を起こした。ジュリアスは一つ頷き、私も両手を握りしめて何度も首を縦に振る。


 行きたい! すごく行きたい! できれば大型の店舗がいい。国中の本が揃っているような、大きな大きな本屋に行きたい。


 でも、


「駄目だ。許可できない」


 とお父様はピシャリと言った。そこを何とかと食い下がってみたけれど、お父様は首を横に振るだけだ。無言で食事を続けるお父様に何度も懇願してみても、


「……話は終わりだ。ジュリアス、仕事に戻るぞ」


 と言って席を立ってしまう。助けを求めてカルラを見たけれど、彼女は苦笑気味に肩をすくめるだけだった。



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