03-01 小説喫茶、始めます(4)


 カルラから家の鍵をもらった私は、早速家の片付けと飴の試作をすることにした。


 カルラの家は二階建てで、一階はキッチンとトイレとお風呂、それからリビング。二階は寝室と小部屋の二部屋という小さめの家だった。日本の家とは違って玄関の段差も廊下もなく、家の入り口を開ければすぐリビングだ。店にするには丁度いい。


 意外と言っては失礼かもしれないけれど、カルラの家は物が少なく片付いていた。家具も木の風合いを生かしたナチュラルテイストで統一されていて、そのまま使える家具が多そう。大雑把に見える彼女のことだから、もっと雑然としていると思っていた。


 でも考えてみれば旅暮らしが性に合うくらいなのだから、カルラにはミニマリストの素養があるのかもしれない。本当に必要な物は持ち歩いているだろうし。


 飴は冷やすのに時間がかかる。片付けを始める前に飴を作ってしまうことにした。


 ベッコウ飴は、鍋に砂糖と水を入れ、煮詰めてからスプーンでバットの上に落として冷やすだけのお菓子だ。レシピを見たときは簡単だと思ったのに、意外と難しい。火から下ろすタイミングがいまいちつかめなかったり、火を止めてからスプーンで小分けにしているうちに鍋に残った飴が結晶化して濁ってしまったり、失敗が続く。なけなしのお小遣いで購入した砂糖一キロがなくなるまでには、安定して作れるようにならなくちゃ。


 ひととおり飴を冷却する段階に入ってから、部屋の片付けをすることにした。


 本棚に使えそうな棚は二つ。まずは棚を空けよう城の倉庫から持ってきた木箱にぽいぽいと物を詰めていく。物が少ないとはいえ、さすがに家一軒分ともなると時間がかかりそうだ――ということを考えていたら、窓からザムドが顔を覗かせた。


「ディア、遊ぼうぜ!」


「ザムド、なんでここが?」


「城に行ったら、ディアはカルラおばさんの家にいるって聞いたからさ」


 カルラおばさんなんて、本人が聞いたら怒るぞ。そんなことを考え思い、ザムドを家の中に招き入れる。飴はまだ固まっていないから後であげるとして、暇なら手伝ってもらおう。


「私、この家の片付けで手が離せないの。後でいいものあげるから、手伝ってくれない?」


「んー……わかった。何すればいい?」


「じゃあ、この棚の中身を箱に全部詰めてくれる?」


 何か壊したらカルラに怒られるかもしれないよと添えると、ザムドは少し肩をビクつかせたあと、ザムドにしては丁寧な手付きで棚を片付け始めた。


 ザムドもカルラに怒られたことがあるんだろうな。容易に想像できて、つい苦笑を浮かべてしまった。ザムドとカルラが話しているところは見たことがないけれど、カルラとザークシードは仲が良さそうだったし、家族ぐるみの付き合いもあるのかもしれない。


 棚はザムドに任せ、私は部屋のレイアウトを考える。いきなり二階を使うほどには本が揃わないだろうから、一階だけで考えよう。飴だけ買って帰ることもできるようにしろとカルラが言っていたから、カフェ併設のケーキ屋さんやベーカリーみたいなレイアウトにすればいいんだろう。


 入り口にレジ用の机。飴なら小さい子も買いに来るだろうから、机の下に低い棚を置いて、駄菓子屋さんみたいに小分け販売もできるといい。カフェ部分との仕切りには城にあった衝立を持ってこよう。それから、それから――


 あれこれ妄想をしていたら、ザムドがじっとこちらを見つめていることに気がついた。


「……何?」


「ディア、楽しい?」


「そりゃあね」


 自分の店を持つなんて夢みたいなこと、日本にいた頃はちょっとした妄想かおままごとでしかなかった。それが三ヶ月限定とはいえ家賃ゼロ税金ゼロ人件費までゼロでやらせてもらえるなんて、こんなラッキーなことはない。しかも仕入れの費用まで貸してもらえる。


 ザムドはふうんと言っていたが、片付けているだけの彼も心なしか少し楽しそうだった。


「なんであんたが楽しそうなの?」


「ん? 俺、ディアとなら何やっても楽しいけど?」


 恋人に吐く台詞みたいなことを言うやつだなと思ったけれど、気にしないことにした。心は二十歳のお姉さん、小さな子供の発言に動揺などしないのだ。


 飴の固まり具合が気になったので、いったん妄想を止めてキッチンに見に行くことにした。


 飴を入れたバットを氷魔法で作った大きな氷の上に乗せておいたのに、飴になるはずだったベトベトの液体は水飴程度の硬さになっているだけで、想定した塊にはならなかった。


 火を消すのが早かったのかな? 水飴は水飴で美味しいし割り箸で練るのが面白いけれど、周りにつける粉みたいなものがないと売りづらい。最後のほうに鍋から出した、結晶化して濁った部分は手で持てる程度には固まった。でも柔らかすぎて少し力を込めるとボロボロに崩れてしまう。


「ディア、どした?」


 リビングの方からザムドが顔を出す。


「うーん、飴を作ってみたんだけど、失敗したみたい」


 飴を一口スプーンですくって食べてみる。うん、味は悪くない。固まっていないだけで。


 ザムドは私の横に並ぶと、飴を見下ろしながら首を傾げた。


「飴って何だ?」


「失敗作だけど、これ。食べてみれば?」


 私はスプーンを渡すつもりでザムドに見せる。でもザムドは当然のように口を開けた。


 ん? 食べさせろと言っている??


 仕方なくスプーンで飴をすくってやりながら、私は考えていた――先の発言といい、当然のようにあーんをねだってくる態度といい、こいつ意外とやるな、と。


 ヒロインと敵同士でなければ攻略対象になりえたかもしれない素養を感じる。魔族の攻略対象にはジュリアスがいるから設定被りをするけれど、年下の攻略対象なんていなかったし、ルシアとザムドは気が合いそうだし、私的にはアリだ。


 でもザムドは最後までディアドラの忠犬ポチ――もとい、忠実な部下だったのでそんな機会はなかった。うん、実に惜しい。


 ザムドの口に飴を入れてやる。すると彼は口を閉じてから、もともとくりくりと丸い目をさらに丸くしてたっぷり一秒ほど固まり、それから満面の笑顔になった。


「甘い! なんだこれ!?」


「それが飴だよ。うまく作れるようになったらここで売るつもり。宣伝してくれたら、また食べさせてあげる」


「する! 宣伝する! これ、ディアが作ったのか?」


「そう」


「すっげー!!」


 大はしゃぎするザムドを見ているだけで気分がよくなる私はきっと単純なのだろう。もっと食べたいと言われたので、もう一口飴をすくってやった。



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