03-01 小説喫茶、始めます(3)


「邪魔するでー」


 ノックもせずにカルラは執務室の戸を開ける。お父様とジュリアスがこちらを見たけれど、まるで驚きもしないあたり、いつものことなんだろう。


 お父様のデスクの前に置かれたローテーブルと一対のソファー。ソファーの片側にカルラは腰を下ろし、廊下から部屋の中を伺っていた私に手招きをした。


「お邪魔します……」


 私が執務室に入ると、お父様とジュリアスは顔を見合わせてから、それぞれ持っていた本や書類をデスクに置いた。カルラが片手の手の平を前に出して言う。


「ほれお嬢、さっきの話、もっかいしたって」


「う、うん」


 この二人に話したところで、オッケーは出ないんじゃ? と思いつつ、促されるがままカルラに話したことをもう一度喋った。娯楽施設があればいいのにということ、小説喫茶が特に欲しいということ、料金システム、お菓子として飴を作ってみようかということ。


 一通り話し切ると、それをカルラが引き継いだ。


「小説がウケるかどうかはわからんけど、まあ面白そうやし、期限付きでやらしてみよっかなって思うんよ」


 ジュリアスが戸惑うような顔をした。


「待ってください。町も落ち着きましたし、娯楽施設を作るのはありだと思いますが……建物は? 従業員も必要ですよね?」


 ジュリアスの問いはもっともで、私も一番困っているところだった。空き家を買うにしてもまず先立つ物がない。店員も、私が店頭に立つと怖がって誰も入ってこないだろうから、他の誰かに頼むしかない。


「建物なら簡単や。うちの家を貸したるわ」


「いいの!?」


「ええよ。どーせほとんど帰ってへんし、処分しよかなーと思っててん」


 確かにカルラは月に一回くらい帰ってくるだけだし、城に寄ってすぐフィオデルフィアに戻ってしまうことも多いらしい。こっちに家はいらないと言われればそうなのだろう。カルラの家が町にあったなんて知らなかった。


「うち、フィオデルフィアでの行商人生活が気に入ってしもてん。乗りかかった船やし、グリードはんには最後まで付き合うけど、グリードはんが魔王をやめたらもうナターシアには戻らんつもりや」


 魔族がフィオデルフィアで生きていきたいなんて意外だと思うと同時に、納得もした。


 ゲームに出てきた五天魔将は、ザムド、リドー、ザークシード、ジュリアス、カリュディヒトスの五人。カルラは全く関わってこなかった。魔王がディアドラに変わった時点で、カルラは今の言葉の通りナターシアを去ったんだろう。ゲームの前に死んだとかじゃなさそうでよかった。ちょっと気になってはいたのだ。


「せやからお嬢が後継ぎたいって言うても、うちは五天魔将はやらんから、他を当たってや。……と、いうわけで話を戻すけど、うちの家を使ってええで」


 勝手に跡継ぎにするのはやめてほしいけれど、家を使ってもいいというのはありがたい。


「家の荷物で使えそうな物は使こてくれたらええし、使えんもんは……せやな、城の倉庫はガラガラやろ? とりあえずそこに運んどいてくれたら後で処分するわ」


「いいの?」


「荷物を運ぶのはお嬢やで? あと従業員は、うちの子……あ、いや、部下を一人貸したる。それなら売上管理もできるし、お嬢を任せてもええやろ?」


 カルラがお父様に視線を向ける。お父様は少し困ったような顔をするだけだった。それをどう受け取ったのか分からなかったけれど、カルラは私の方に視線を戻した。


「うちからの条件は三つ。一つ、グリードはんの名前で店を始めること」


 頷いておく。お父様の名前の方が集客力が高そうだし、魔王の店で悪さをするものはそうそういないはずだ。


「二つ、飴の店頭販売もすること。小説喫茶やっけ? それの宣伝にもなるしな。飴はうちも仕入れたるわ」


 飴だけ売るの? 不思議に思ったけれど、とりあえず頷いておく。ナターシアにはお菓子を売るような店もないし、それだけでもやってみる価値はあるのかもしれない。


「三つ。店を開けてからの期間は三ヶ月や。それで鳴かず飛ばずやったら終わりにする」


 うっ短い。でも反論できるわけもないのでやはり頷く。


「あとは何がいる? 本と飴の初期購入費用は貸したるわ。最悪グリードはんから取り立てれば回収できそうやし」


「ほんと!? じゃあ、出版されてる本の目録とか手に入るかな!?」


「ええよ、もらってくる」


「やったー!」


 カルラが本代を貸してくれるなら、それだけでも大成果だ。少なくともたくさん本が手に入る。しばらく黙って聞いていたジュリアスが、不思議そうにカルラを見る。


「カルラ様はどうしてそんなに乗り気なのですか?」


 それを受けたカルラは、にぃと口元に笑みを広げた。


「うまく行けば、お嬢の成否によらず飴と本がナターシアに卸せるようになって、うちの儲けが増えるやん? 駄目でもうちの損失はうちの子一人の働きだけや。家を片付けてもらえるのも助かるし」


 三ヶ月で店を畳んだとしても、飴や本が少しでもウケれば他の店に卸すつもりであるらしい。さすが商売人、ちゃんと自分の事業の損得も計算に入れている。


 ここまで一言も発していないお父様のデスクの前に進み出ると、机に手をついて言った。


「ねえお父様、やってもいいでしょ?」


 お父様は若干たじろいでから、困ったように答える。


「その……確かに財政が厳しいという話はしたが、お前まで働かなくてもいいんだぞ?」


「それを言うならあんたが稼げや、この甲斐性なし。お嬢の狩った魔獣の素材や魔石を財政の足しにしといて、何を今更」


 すかさずカルラの辛辣なツッコミが飛んできて、お父様が渋い顔をした。お父様は反論しなかったけれど、今のはなかなか心を抉られているように見える。私は慌てて言った。


「いやっ、違うの。働きたいっていうより趣味に実益を兼ねられないかなっていうだけだから!」


「そうか……まあ、好きにしなさい」


「やったあ! ありがとう、お父様っ」


 よし、これでたくさん本が読める! 

 私は両手を高々と上げた。


「せやお嬢、飴の試作品を作ったら、ザムドの坊主にも食わしたりや」


 後ろからカルラに声をかけられて振り返る。カルラがザムドを気にするとは少し意外だ。


「ザムド、甘いの好きそうだもんね」


「いや、そういう意味と違うんやけど」


「あ、ザムドにまず食べさせて口コミを広げようってことね?」


「そうでもなくて……」


 じゃあ何だろう、と首を傾げる。何でもズバズバ言うカルラが珍しく言いにくそうにしているけれど、これは――ピンときた。


「飴を餌に手伝わせろってことね!」


 ほぼタダ働きの労働力を確保せよとはなかなか鬼だ。さすがのカルラも口にするのをためらったのだろう。しかしそれはいい考えだ。ザムドの手が空いていたら聞いてみよう。


 カルラは微妙な表情で私を見つめたあと、「そういうことでええわ……」と苦笑を広げた。不思議に思ってお父様に視線を移すと、お父様も何とも言えない表情をしている。何か言いたいことはあるけれど、それを言うのははばかられるというような――再びピンときた。


「あっ、お父様にも持ってくるね!」


 笑顔でそう言うと、お父様も「楽しみにしていよう」と同じく苦笑を返してきた。



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