03-01 小説喫茶、始めます(2)


 カルラが城にやってきたのは、娯楽施設を考え始めてから一ヶ月が経とうという頃だった。


「カルラが来たってほんとっ!?」


 知らせを聞いた私は、大急ぎで応接室に飛び込んだ。ちょうどお父様と相対して話をしていたカルラが、意外そうな顔でこちらを見る。


「なんやお嬢、うちに会いたかったんか?」


「すっごくすっごく会いたかった!」


 勢いよくローテーブルに駆け寄ると、カルラは戸惑ったような表情で若干身を引いた。


「ね、熱烈歓迎やな……」


 横をお父様が通り過ぎていく。お父様はこちらをちらりと見てから、「私は執務室に戻る」と言い置いて出ていってしまった。たぶんカルラを譲ってくれたんだろう。


 話の途中だったかなと反省したけれど、とにかくカルラと話したくて仕方がなかった。私はカルラの向かい、さっきまでお父様が座っていた席に腰を下ろした。


「カルラに相談があるの」


 そう言うと、カルラは「ほう」と言いながら足と腕を組んだ。


「ええで、聞いたろ。でも、うちの話が先や」


「カルラの?」


 カルラは頷いてから、表情を消して私を見据えてくる。嫌な予感を覚えた私はびくっと背筋を伸ばした。


「聞いたでお嬢。うちの教えた魔法を使って人間の町に行ったんやって? うちをだまくらかすとは、ええ度胸しとるやないか」


「あっ、いや、その……ごめんなさい」


 小さくなって頭を下げる。カルラは少しだけ頭を横に傾けたが、すぐに元の位置に頭を戻して眉間にしわを作った。


「嘘はあかん、嘘は。確かに正直に言うたらあの魔法は教えんかったけど、じゃあどうしようかって一緒に考えることもできた。それにそもそも、人間の町の本屋くらいお嬢が行かんでも、うちが行く」


「うっ……」


 それはそうだ。カルラは人間に混じって行商人をしているのだから、近場の町よりもっと大きな街の書店にだって行ける。


 カルラは厳しい声で続けた。


「しかもうちは、教会の人間には近付くなって言うたはずや。何を聞いとってん」


「はい……」


「よう知らん奴にホイホイついて行くな。そんなん小さな子供でもわかっとるわ」


 ゲームを遊んだ私にとって、ニコルはむしろよく知った人間だったんだけれど、それを言うわけにもいかない。黙って聞くしかなかった。


「子供やからどうこうなんて言う気はない。けどな、一人はあかん。確かにお嬢は強いのかもしれんけど、一人で行動してたら不測の事態に対応もできん。自分の力を過信すんな。周りの大人のことはちゃんと頼れ」


「……ごめんなさい」


 俯きながら、もう一度謝罪の言葉を口にする。カルラの言葉は正論すぎて反論の余地もない。お父様以上に真っ当なお説教だった。


 カルラは私を見つめてしばらく黙っていたが、突然、パンと大きな音を立てて手を叩いた。


「よっしゃ、うちの話は終わりや! お嬢の話を聞こか」


 そう言って、カルラはいつも通りの笑顔を浮かべる。さっきまでの怒ったような雰囲気は微塵もなく、こっちが唖然としてしまうくらい、見事な切り替えっぷりだった。


 私はそんなに急に切り替えられない。けれどカルラはすぐにフィオデルフィアに帰ってしまうので、このチャンスを逃すわけにもいかない。


「あのね、ナターシアには娯楽施設がなさすぎると思うんだよ」


「……ほう?」


 カルラは目を丸くして少し考えてから、「で?」と首を傾げた。


「それでね、小説喫茶を作ってみるっていうのはどうかな?」


「小説……喫茶? ん? それ何??」


「本棚に小説をいっぱい並べて、お客さんが飲み物を飲みながら自由に小説を読めるお店にするの。お客さんは滞在時間に応じたお金を払う」


「ふうん……」


 娯楽施設は他にもいろいろ考えたけれど、カラオケはそもそも流行りの歌がないと始まらないし、ボーリングもダーツもビリヤードも、寸法がまったくわからない。カジノやボードゲームカフェなら私も楽しめていいのではと思ってはみた。けれど気性の荒い魔族にゲームで勝敗をつけたら、負けた方が怒って暴れかねないことに気がついてやめた。人間同士なら机や椅子を倒す程度で済んでも、魔族同士だと建物が倒壊しかねない。


 話している間にだんだんテンションが上がってきた。でも熱く語る私に対し、ソファーに背を預けて話を聞くカルラはあまり興味がなさそうだった。

 一通り話し終えると、カルラはようやく身を起こして腕を組んだ。


「娯楽施設っていう着眼点はええと思うんやけど……魔族が小説なんか読むかいな?」


「そ、それは……どうかなあ」


 読むと言い切ってしまいたいけれど、ナターシアに娯楽小説と呼べるものは存在しないし、物語なんて小さい子供向けの寝物語が口伝で語られている程度だ。


 周りを考えてみても、お父様やジュリアスが小説を読むかは微妙だし、ザークシードやザムドはまず手に取らないだろう。私しか読まないのではと言われると否定しきれないものがある。でも日本を思い返してみれば、漫画だってライトノベルだって、昔より大人の読者が多くなったという話を聞いたことがある。長い目で見れば可能性はゼロではない……と、思いたい。


「時間に課金して、その間は飲み物を自分で取って好きなだけ飲めるんやな?」


「うん、それでお菓子も販売したい」


「お菓子なあ。うーん、賞味期限を考えると焼き菓子やろけど、輸送にかかる時間も考えると、うちが持ってきてからせいぜい二週間しか販売できへんなあ。常に並べとくのは無理やで。飲み物も水と茶くらいしか無理やな」


 興味なさそうな顔で聞いていた割に、ちゃんと検討はしてくれるらしい。やっぱり面倒見のいい人だ。人選は間違ってなかった。


 焼き菓子が欲しいと私も思ったけれど、賞味期限はせいぜい一ヶ月くらいだろうし、ナターシアでは材料の卵やバターを手に入れるのも大変だ。


 私は一度頷いてから、考えておいた案を口にする。


「飴は? 最悪砂糖と水さえあれば、こっちでも作れるよ」


「そうなん? でも、誰が作るん?」


「私」


「お嬢が!?」


 驚愕の表情を浮かべたカルラの目を見返して頷いた。


 ルシアとクッキーを作った日、どうしても城でもお菓子が食べたいと思った私は、ルシアにお菓子のレシピ本を見せてもらった。書かれていたレシピのほとんどはナターシアで作るのは難しそうだったけれど、一つだけあったのだ。ベッコウ飴、という、砂糖と水だけで作れるお菓子のレシピが。作ったことはないけれど、レシピはメモしてきたから、材料とキッチンがあればできると思う。


「飴か……あんま高くは売れへんけど、日持ちはするやろし、飴ちゃん売ってる店があれば子供は喜びそうやなあ。でもそれなら飴屋の方が良うない? んー……」


 カルラは腕を組んだまま天井を見上げ、しばらくそのまま動かなかった。


 私は待った。現状、スポンサーになり得る人物に彼女しか思い当たらない以上、カルラにノーと言われたら諦めるしかない。しばらく待っていると、カルラは顔を前に戻して立ち上がった。


「よし、ここからはグリードはんとジュリアスの坊んのとこ行って話そか」


「えっ、でも……」


 あの二人は賛同してくれるか怪しい。不安に思いながらカルラを見ると、「ま、えーからえーから」と笑いながら部屋を出ていく。仕方なくその背を追いかけた。


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