3章 アルカディア王国へ

03-01 小説喫茶、始めます(1)

 困った。

 大変困った。


「うーん……」


 自室のソファーに寝転がりながら、今日何度目になるかわからない唸り声を上げる。


 悩み事はお小遣いについて。幸い毎月定額の支給が約束された。それはいい。ただし月額五百ゴールドぽっちしかない。


 これでは使い込んでしまった布袋の中身の補填どころか、小説が月に一冊買えるかどうかだ。足りない。全然足りない。増額を打診したいところだけれど、ジュリアスの説明を受けて知ってしまったのだ――うちが極貧だということを。


 ジュリアス曰く、そもそもナターシアには古来から税という制度はなかった。なぜなら〝欲しいものは殺して奪え〟が常だったからだ。滅茶苦茶な理屈だけれど、事実としてそうだったのだ。異議を唱えても仕方がない。


 とはいえ作物が育たず資源もないナターシアでの略奪は実入りが少ないので、多くを得ようとするなら必然的にフィオデルフィアで略奪を行うことになる。でもフィオデルフィアであまりやりすぎると聖女や勇者と呼ばれる人間達が乗り込んできて魔王を含む多くの魔族がたれ、ナターシアでは次の魔王の座を争う殺し合いが始まる――ということが繰り返されてきたらしい。


 お父様が魔王になったとき、弱い者からの略奪行為を禁止した。それだけでは食料などが足りなくなるので、代わりにフィオデルフィアから購入したものを安値で各集落に卸すようにしたらしい。平和的だ。さすがお父様。


 ただ、その時に別の収入源は確保できなかった。にもかかわらず荒れ果てた町々の家屋の修繕やら、ナターシアを覆うための結界に使う塔の建設やら、出費だけは嵩み続けた。


 魔獣を倒して得られる魔石や素材を売るだけでは赤字なので、歴代魔王が貯め込んでいた武器や防具、宝石など、倉庫にある物を片っ端から売り払ってきた。それでももう高く売れそうなものは残っていないらしい。


 お小遣いが少なくてすまないとお父様が申し訳なさそうに言っていたけれど、話を聞いているとよくお小遣いを出してくれたものだと思った。城の調度品には高そうなものもあると思っていたのに、私の目が節穴なだけでただの売れ残りだったようだ。


 小さい頃から森の魔獣を狩りまくって遊んでいたディアドラは、倒した魔獣をいつもその場に放置していた。魔獣から取れる魔石や素材をザークシードの部隊が回収して城に運んでいることはザムドから聞いたけれど、そりゃそうだ。まさかディアドラが家計の一端を支えていたとは夢にも思わなかった。


 唯一ラッキーだったのは、前に城の中庭で拾った布袋はお父様のものだとわかったこと。


 これは補填できそうにないと観念し、半分以上使ってしまったことも含めて正直に話すと、お父様は残りも全て私にくれた。でも財布を落とした時点の魔王の所持金が五千ゴールドとは、城の財政の厳しさを表しているようで、なかなかしょっぱい。


「ううーん……」


 再び唸り声を上げる。


 人間の町には娯楽小説がたくさん売っていることを知ってしまった今、もっと本を読みたいという欲求がふくらんでいる。ナターシアにはこれといった娯楽もなく、森で魔獣を狩るくらいしかすることもない。家計のためにも狩りは必要なんだろうけれど、狩りを楽しめない私にはもっと別の娯楽が欲しい。


 ああ、日本はカラオケやらボーリングやら漫画喫茶やらゲームやらテレビやら、娯楽が豊富でよかったなあ――


「……ん?」


 ナターシアに娯楽がない?

 じゃあ、作ればお金になるのでは!?


 ガバッと起き上がると、その思いつきを検討した。できれば私も本が読めるやつがいい。


 ブックカフェのように、カフェで本を読むスタイルはどう? でもあれは客の滞在時間が長くなるので客単価も回転も悪そう。漫画喫茶みたいに滞在時間に課金されるシステムなら?


 人間の町にも漫画はなさそうだったから、代わりに小説で本棚を埋めるのはどうかな。そうだそれこそ、私が日本にいた時にもあればいいのにと思っていた店じゃない? アリなんじゃない!?


 やってみたいけれど、お父様やジュリアスに相談しても、難色を示されて終わりな気がした。仕事が恋人のような二人は娯楽の必要性をさほど理解してくれなさそうだし、そもそも店を作るような初期費用に当てがなさそうだ。


 となれば、最初に相談すべき相手はきっとカルラだ。


 人間の町ならナターシアよりは娯楽施設もあるだろうから、そういう施設を見知っているだろうし、何より彼女は商売人。お金はあるに違いない――少なくともうちよりは。


 最近カルラはカリュディヒトスとリドーの一件で頻繁に城に顔を出していたけれど、普段は月一で物資を届けるだけらしい。次にカルラが来る日を心待ちにしながら、料金プランや他の娯楽施設について案を練ることにした。



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