02-04 再び人間の町へ(3)



「……」


 じっとこちらを見つめてくるニコルに、内心冷や汗をかく。何? 何なの!? しばらく黙っていると、ニコルが柔らかな笑みを浮かべて言った。


「失礼。とても綺麗な赤髪だったのでつい見とれてしまいました」


 これはセーフってこと? 小さく息を吐き、気がゆるんだところで、横からじっと私の顔を見ているルシアに気がついた。


(し、しまった! ルシアとはあの時目が合ってるんだった!)


 また内心で焦ったけれど、ルシアは笑顔で「そのリボン、可愛いね」と言うだけだった。


 あの時、町の上を飛んでいた魔族が私だと、本当に気がついていないんだろうか? このヒロイン、そこまで天然だったっけ?


 疑問に思ったけれど、追求されないに越したことはない。余計なことを言って墓穴を掘るのはやめよう。


「昨日は見かけませんでしたが、ディアもこの町に住んでいるのですか?」


 ニコルに話しかけられ、ドキリとしながら視線を正面に戻した。いや住んでいない。でも半端に答えて細かい問いを重ねられたら誤魔化しきれない。よしここは力技だ。話題を変えよう。


「そ、そんなことより、ステータス異常に詳しいって聞いたんだけど」


「ええ、それなりに。どんなことをお知りになりたいのです?」

 

 どうしよう。ふわっと誤魔化す? でも、それで全然違う回答を貰ってしまったら意味がない。


「全てのステータスを半減させる魔法を、解く方法を探してるの」


 意を決してそのまま聞いてみる。ニコルは首を傾げてから、「ステータスを見せていただいても?」と聞いてきた。


 こんな高レベルのステータス、見せられるか!


 と思いながら、「私じゃなくて、父の……」としどろもどろに答える。


「全てとは珍しいですね。それに、ステータス減少の魔法は、通常は十分から十五分が限界のはずですが、それはいつからですか?」


「五日前」


「随分長いですね……」


 ニコルが青年にしては細い指先を己の口元に当て、考えるように眉間を寄せる。少し身を乗り出しながら続けた。


「あの、それから、魔法を使おうとすると、魔力が逃げて行くって言ってたよ」


「魔法が発動しないのとは違うのですか?」


「たぶん。ステータスを表示させるだけで、魔力残量がゼロになるって……」


「なるほど……」


 ニコルがううんと唸ってから手を下ろす。


「申し訳ありませんが、即答できかねる内容のようです。僕も少し調べてみますので、そうですね……三日後くらいにまた来ていただけますか?」


「えっ、調べてくれるの? ほんとにっ?」


 ニコルを見上げながら、一歩前に進み出た。ニコルは困ったように「必ず答えを見つけて差し上げるとはお約束できませんよ」と苦笑する。


 それでも十分だった。希望が持てただけでも嬉しい。教会の司祭が調べて見つからないものなら、私一人で見つけられるわけがない。今思いつく限り一番可能性が高そうだ。


「それでもいいの。ありがとう、司祭さま!」


 笑ってそう言うと、ニコルは少し驚いたように目を丸くした。


「よかったね、ディア」


「うん、ルシアもありがとう!」


 ルシアに向き直ってお礼を言うと、彼女も嬉しそうに笑ってくれた。じゃあと私が何かを続けるより早く、ルシアは私の手を取る。


「このあと時間ある? ね、今日はわたしの家においでよ」


「え、いや、帰……」


「一緒にクッキーを作るのはどうかな?」


「クッキー!?」


 ナターシアではお菓子どころかフルーツすら食べられていないというのに、クッキーだなんて。甘いものはものすごく食べたいけれど、あのルシアと料理か……と思わないでもない。でもしばらく迷ってから、結局私は誘惑に屈した。


「じゃあ、ちょっとだけ」


「やったあ! 早速行こう!」


 ルシアが私の手を強く引くので、慌ててニコルを振り返って頭を下げる。ルシアも「司祭さま、またねー!」と手を振った。ニコルが笑顔で手を振り返してくれたのを見てから、私はルシアの背中を追いかける。


 視界の端に虹色の蝶を見た気がしてそちらに目を向けてみたけれど、そこにはもう何もいなかった。


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