02-04 再び人間の町へ(2)


 角を隠して尖った耳を丸くする、ほんの少しだけ見た目を変化させる魔法は、カルラが言うようにそれほど魔力を消耗せずに維持できた。


 角があった場所に白いリボンをカチューシャのように巻きつける。魔法が解ければ角が出てきてリボンがきつくなるから気がつくだろう。背中の羽は畳んであるし、ゆったりめの服とケープで隠したから多分大丈夫。


 さらに念を入れて昨日と同じ黒いフード付きケープを被ってから、フィオデルフィアの町に向かった。


(さて、今日はどうやって町に入ろうかな……)


 昨日はルシアが入れてくれたけれど、さてどうしたものか。人間に化けたのだから顔を晒して通り抜ける? でも先日顔を見られている可能性もあるから、あまりやりたくはない。


 私はカルラの昨夜の言葉を反芻した。


 ――ええか、お嬢。ずーっと同じ魔法を使い続けるのも結構大変なんや。他のことに集中したり驚いたりしたら解けることがある。


 私のことを怪しんでいたわりに、カルラはこの魔法ができるようになるまで付き合ってくれたし、しっかり注意点も教えてくれた。その上なぜか白いリボンまでくれた。姉御肌というか、面倒見のいい人なのかもしれない。


 ――それから、まあナターシアにいる限りは大丈夫やけど、人間の教会には近付かんこと。教会の奴らの中には人の魔力が見える奴がおるらしいから、うちやお嬢みたいに魔力が多いと、魔族やって一発でバレるで。特に高位の司教や司祭っちゅー奴らはあかん。


 教会なら確か町の端にあったはずだから、その方向に向かわなければ大丈夫だろう。ただ、教会で毒や麻痺などのステータス異常を治してくれるんだから、こっそり教会の本棚を調べられるといいのかもしれない。どちらにしても、まずは町に入ってからの話になるけれど――


「ねえっ」


「ひゃあっ!」


 後ろから肩をぽんと叩かれ、思わず飛び上がった。途端に頭のリボンがきつくなって、魔法が解けたのを察する。フードがずれ落ちていないことを慌てて確認すると、魔法をかけ直した。


「ごめんね、驚かせちゃった?」


 昨日と同じように小さな籠をさげ、満面の笑みで腰から上を傾ける少女が立っていた。


「ルシア? どうしてここに」


「昨日と同じ場所で待ってたら、ディアにまた会えるかと思って」


 ルシアは嬉しそうに私の手を引くと、門に向かって駆け出した。また昨日と同じパターンかと思ったけれど、渡りに船だ。このまま町に入れてもらおう。


 門番たちとすれ違う。門番達たちはちらりとこちらを見たけれど、それだけだった。子供が手を繋いでいるから油断しているんだろうか? それともルシアだから顔パスなのか?


 ルシアが町に入ってすぐの角を右に曲がる。時折大人の人間とすれ違ったけれど、ルシアは毎回手を振って挨拶していた。私と違って社交的な子だ。


 フードが落ちないよう押さえながら黙って手を引かれていたけれど、青い屋根に十字架のついた建物が視界に入って私は慌てる。


「待ってルシア、どこ行くの?」


「うん、あのね、ステータス異常に詳しそうな人が見つかったよ!」


「えっ、ほんと!?」


 足を速めてルシアの横に並ぶ。ルシアは得意気に頷きを返してきたあと、正面に向き直って大きく手を降った。


「司祭さまー! 連れてきたよー!」


 ――司祭、さま!?


 慌ててルシアの視線を追うと、教会の前にいた小柄な人物がこちらに気付いて振り返った。


 ――人間の教会には近付かんこと。特に高位の司教や司祭っちゅー奴らはあかん。


 カルラの言葉を思い出し、私は青くなった。司祭なら確かに詳しそうだ。詳しそうなんだけれども!


 慌てて立ち止まると、ルシアは不思議そうに足を止めて振り返った。けれど私にはルシアに視線を返す余裕などない。教会の前からこちらに歩いてくる小柄な人物に、目が釘付けになってしまった。


(……やばい、これはすっごくまずい! なんでニコルがこんな町にいるのよ!?)


 蒼と水色の中間のような髪色が、太陽の下では空か海のように見えた。やわらかな黄色の瞳も丸く、まだ十代前半の少年のような風貌をしている。でも彼は超童顔なだけで攻略対象の中では最年長だったから、もう十代後半のはずだ。


 穏やかな笑みを浮かべたその少年――実年齢に合わせて青年と言うべきか――は、錫杖のような長い杖を携えてこちらに歩いてくると、ルシアと私を見比べた。


「こんにちは、ルシアでしたね? そちらの子が昨日話してくれた〝お友達〟ですか?」


「うん、そうだよ。ディアって言うんだ」


 ルシアはそう言ってから私を見てにこりと笑った。


「ディア、こちらは昨日この町に来た司祭さま。こないだ魔族って人達がいっぱい来たでしょう? それで調査に来たんだって。有名な人みたいだよ」


 有名〝みたい〟どころか超有名人だよ! いや、それは数年後のゲームの世界の話かもしれないけれど。


 ニコル・オリビエと言えば、司祭の中でも女神の声を聞くことができるとかいう超高位の司祭だ。ルシアが聖女として覚醒する前から各地で魔族と戦い、人々を救済してきた彼は、いつしか慈愛の聖者と呼ばれるようになっていた、という設定だった。


 そう、老若男女問わず聖人も犯罪者も問わず誰にでも優しく手を差し伸べる、慈愛に溢れた人物だったのだ――ただし、相手が人間である場合に限り。魔族や魔獣が相手なら、誰より冷酷に敵を屠る戦闘人形のようだ――とは、どこかのNPCが語っていた。


(魔族だってバレたら殺されるのでは……!?)


 ニコルを見つめながら固まっている私に、彼はにこやかな笑みを向けてきた。


「はじめまして、ニコルといいます。ディア、と呼んでもよろしいですか?」

 

 ――ん? これは、バレてない……?


 握手を求めるように手を差し出され、私はルシアの手を離してから恐る恐るそっとそれを握る。


「ディア、です。はじめまして……」


 握った手を見下ろしてみる。本当に? 本当にバレてない? それならお父様のステータス異常の解き方を聞いてもいいんだろうか?


 もし私が魔族だと気が付いていないのだとしたら、彼ほど頼りになりそうな人物はいない。現時点ではわからないけれど、ゲームでの彼は味方のステータス異常を治したりステータスを強化したりする魔法に長けていた。彼にわからなければ誰にもわからないかもしれない。


 ニコルが手の力をゆるめたので、私も手を離した。


「ところで、ディア。今日はその黒いフードは暑いのではありませんか?」


 ニコルに言われ、ビクリと肩を跳ね上げる。


 ――や、やっぱり疑われているのでは!?


 もし疑われているのであれば、逆にフードを取って角のない姿を見せた方が良いような気がして、私はフードに手をかけた。


 そっと布の上から頭を触って、角がないことと耳が尖っていないことを確認してからフードを引く。ゆっくり肩に落ちた布がパサリと小さな音を立てた。


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