02-04 再び人間の町へ(1)
「ねえお父様。そろそろ私もお小遣いが欲しい」
いつもどおり食卓でお父様と朝食をとり始めてすぐ、そう切り出した。五千ゴールドあったはずの布袋の中身はもう二千ゴールドを切っていて、いい加減収入を得られないと補填どころか買い物すらできなくなりそうだったからだ。
ルシアに勧められた小説なんて買っている場合じゃなかった。滅茶苦茶面白かったけど。続きが気になりすぎて夜中まで読んでしまったけど!
「……お小遣い?」
お父様が不思議そうにこちらを見て首を傾げた。
「お小遣いとは、何だ?」
――〝何だ〟って、何!?
持っていたパンを手から落としそうになる。この世界には、もしくは魔族には、子供に小遣いをあげるという慣習はないのだろうか? 日本では子供の頃、毎月の小遣いなんて私も周りも当たり前のように貰っていたし、お年玉という風習もあった。改めてそれは何かと問われると――何だろう?
「えーと……子供に自由に使わせるお金――かな? 好きなものを買ったり貯めたりしながら、お金の使い方を学ぶ的な……」
「ふむ……」
お父様はしばらく無言で食事を続けていたが、「検討しよう」と頷いてくれた。よし! 机の下でこっそり手をガッツポーズの形に握る。
確約されたわけではないけれど、お父様は魔族の王。きっとお金もたくさん持っているはずだ。借りている布袋のお金くらいすぐ補填して、その上で買い物ができるに違いない。別の小説だって買えてしまうだろう。やったね。
「さて……私は先に出る」
食事を終えたお父様が立ち上がり、机に立て掛けてあった何かをつかんだ。チャリと静かな金属音が聞こえ、私の視線もついそこに向かう。
「それは?」
「ああ、何があるかわからないから剣でも持ち歩けとジュリアスがうるさくてな」
お父様が鞘に納まった剣を腰のベルトにつける。特別な装飾もなくシンプルさを追求したようなその剣は、お父様を守るにはやや心もとなく見えた。言い方は悪いが貧相というか、序盤の町でも売っていそうというか。ディアドラの記憶の中で、魔王城にはもっと立派な剣が保管されているのを見たような気がするのに。
「もっと強そうなの、なかったっけ? よく覚えてないけど、ドクロとか付いてたやつ」
首を傾げてみる。
お父様はああと頷いた。
「先代がいろいろ持っていたが、全部売ったな」
「売ったの!?」
「使わないものをしまっておいても仕方なかろう。町の整備にも何かと金がかかるしな」
全部売り払ってしまうとはお父様らしい気もするけれど、町の整備に使ってしまったということは、そのお金はもう残っていないということでは? 不安になってきた。
「うちの収入って……税金なのかな?」
「いや……税などはとっていないが」
「とってないの!?」
私としては驚愕の事実だったけれど、お父様はそれがどうしたと言わんばかりの表情で頷いた。
聞けば、私とザムドが狩った魔獣の素材を換金したり、各地で増えすぎた魔獣をザークシード達に討伐させて換金したりする程度しか収入はないらしい。カルラから仕入れた物資もそのままの価格でナターシア各地に分配しているので収益はなし。あとは城にあったものを適当に売り払うくらいだとか。最近私とザムドはあまり狩りをしていないから、収入が大きく下がっている可能性が高い。
――こ、これはもしかして、お小遣いの額に全く期待が持てないのでは?
狩りが怖いなんて言っている場合ではなく、生活のためにも狩らなきゃいけないんじゃないだろうか。城には使用人も数名いるのに、よく給料を払えているものだという気がしてきた。
もう一つの不安についても聞いてみる。
「ちなみに……お父様? 剣の腕前の方は……」
剣はかなり攻撃力の低いものに見えるけれど、弘法筆を選ばずと言うし、剣術に長けていれば何とかなるだろう。魔王なのだしきっと大丈夫、と期待を胸に聞いてみると、お父様は首を傾げた。
「腕前? 剣はよくわからんが、振って斬ればよいのだろう?」
だめそうだ! 不安しかない!!
一級品とは言わずとも、少しはマシな装備を整えないといけない気がしてきた。それには先立つものが必要なわけで、やっぱり狩りしかないのかな? 何か商売を考えた方が良い気もしたけれど、そんなものが簡単に始められたら苦労はない。
――と、いうわけで。
「ザムド、今日はお昼までたくさん狩ろう……」
「ほんとかっ!」
私は覚悟を決めてザムドと森に出ることにした。やっぱり怖いけれどほんの少し、ほんのちょびっっっとだけ慣れてきたと自分に言い聞かせる。
お父様の装備のため、そして私のお小遣いのため、ひいてはお小遣いで買う本のためだ。が、頑張ろう……。私はオタク、推しと本のためなら何でもできる――はず!
午後はまたフィオデルフィアに行くつもりなので、午前中にできるだけたくさん狩りたい。ああ、こんなことになるなら、ゲームをしている時に効率的なお金稼ぎ方法を調べておくんだった。そんなことを考えながらザムドを連れて森へ出る。
唯一の良い誤算は、ザムドが先日教えた技を使えるようになっていたことだった。炎を腕に纏わせて敵を殴りつける技は、ザムドが小さな火球を飛ばしていた時より相手にダメージを与えているように見える。
(しっかし、よくできるな、あんな技……)
黒兎を蹴り飛ばした時の感触を思い出してしまい、必死で忘れようと首を振る。私は魔法で戦う方がまだマシだ。
可能な限り心を無にして、見かけた魔獣を手当り次第に倒していった。これはゲームこれはゲームこれはゲーム、そうだアレだVRゲームだと心の中で何度も呟く。
ここ最近の収入減を補うつもりで狩りまくったおかげで、ザムドはレベルが上がったと喜んでいた。けれど私は一週間分の気力を使い果たした気分だった。
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