02-03 二つの大陸を繋ぐ商人(3)


 私は自室のソファーに寝転びながらうんうんうなっていた。ステータスの半減と、魔法を使おうとすると魔力が抜ける問題を治す方法――魔導書がないのなら、アイテムはどうかな?


 ゲームでは、毒を治すなら毒消し草、眠りを治すなら気付け草、など、各バッドステータスに対応するアイテムがあった。でもステータスの数値となると、装備品で多少のプラス補正ができた程度だ。


 聖職者であるニコルが一時的にステータスを上げる魔法を使えたけれど、効果は五ターンと限られていた。それに、それを言うならステータスダウンの魔法だって効果は一時的なものだったし、一部のステータスしか減らせなかった。


 全てがゲームと同じというわけではないんだろうけれど、カリュディヒトスはどうやってこんなに長時間のステータスダウンを持続させているんだろう? クッションをつつきながらため息をつく。ゲームのアイテムをコンプリートしていれば、もう少しいい案が浮かんだのかな?


 ふと控えめなノックの音がして、私は扉に視線を向ける。こんな時間に誰だろうと思って扉を開けたら、廊下にお父様が立っていた。


「お父様? 急にどうしたの?」


 首を傾げてみても、お父様は無表情で見下ろしてくるだけで何も言わない――と思いきや、


「ぶはっ!」


 お父様の顔が、笑みの形に崩れた。


「!?」


 驚きに目を見開く。瞬きするたびにそこに立っていたはずのお父様の姿がブレて見え、いつの間にかそれはカルラの姿に変わっていた。カルラは腰を折ってしばらくケラケラと笑っていたが、ひとしきり笑って波が収まったところでようやく私に視線を向ける。


「何やのあいつ、お嬢に〝お父様〟なんて呼ばせとんの?」


「わ、私が勝手に呼んでるだけだよ」


 確かにちょっと変かもしれないけど、そんなに笑わなくたっていいじゃない、とふてくされながらカルラに視線を返す。カルラはふっと真顔になったかと思うと、私の顔の前に自分のそれを寄せてきた。


「――何を企んどる?」


 黄金色の双眸がじっと私を覗き込んでくる。心の内を探ってくるような視線に、私は何も返せなかった。


「どういう風の吹き回しや? 〝お父様〟なんて言うキャラと違うやろ」


 油断していたのかもしれない。お父様もジュリアスも、ザークシードもザムドも、誰も私がディアドラではないなんて疑ってこなかったから。


 カルラの目が獲物をじっと睨む肉食獣のそれに見えて、私は動けなくなってしまった。私よりずっと大きな獣に一飲みにされてしまいそうだ。


「どうせあのボケボケグリードはんのことやから、可愛いとこもあるんやなーくらいにしか考えてへんのやろうけど、うちはそうはいかへんで」


 ううううう、どうしよう。まさか滅多に会わないカルラが一番の難敵だったなんて。そう、滅多に――滅多に?


「何も知らないくせに、勝手なこと言わないで。ほとんど城にいないあなたは知らないだろうけど、いろいろあったの」


 と、思いつきで言ってみる。


 そう、いろいろあった。

 ……。

 …………たぶん!


 言ってみてから、これは細かく突っ込まれるとボロが出るやつだと後悔したけれど、カルラは「ふうん?」と言いながら身を引いた。


「例えば?」


 突っ込まないで! お願いだから!


 私はふいっと横に顔をそらすと、「秘密」と力技で誤魔化すことにした。


「ちょっと、その、構ってもらえなくて拗ねてたのを改めただけ。私は大して変わってない」


 沈黙に耐えきれず言い訳のように付け加えてから、掘らなくていい墓穴をわざわざ掘ったのではと血の気が引いた。けれどなぜかそれ以上の追求はされなかった。


 ちら、と恐る恐るカルラを見ると、彼女はなぜか眉を寄せながら頭をガリガリとかいている。


「ジュリアスの坊んが、ちゃんと仕事しとるってことか……? グリードはんも少しは余裕できたん?」


 カルラが何を言っているのかよくわからなかったけれど、流すことにした。深呼吸だ。落ち着いて大切な言葉を思い出そう。


 そう、沈黙は金なり、だ。


 風向きがいい方向に変わったなら、これ以上この話題を続けられる前に他の話題で押し流すべきだ。


「ところでカルラ、人間に混じって商人をしているらしいけど、どうやってその頭の耳を隠してるの? さっきみたいに違う人間に化けてるの?」


「ん? ちゃうちゃう。別人になるのは魔力消費が大きくて維持できへんから、普段はこうやな。あと帽子着けとるわ」


 こう、と言われてもわからなくて、首を傾げる。けれどカルラの姿に何か違和感を感じて目をこすってみると、彼女の頭にあったはずの大きな獣耳が消え失せている事に気がついた。人の耳がある場所には人と同じ形のそれが髪の隙間から覗いている。さっきまでとの違いは耳だけなのに、もう人間にしか見えない。


「――すごい」


 これならフードなんてなくたって、人間に紛れられる。


「教えてカルラ! それどうやるの!?」


「なんやお嬢、こんな魔法覚えてどうする気や?」


 フィオデルフィアの町に行く、とはさすがに言えなくて私はぐっと言葉に詰まった。何かディアドラっぽい理由、ディアドラっぽい理由――なんて、考えてみても全く思いつかない。私なりの答えにしよう。


「……誰にも言わない?」


「そりゃ内容によるな」


「着けたい帽子があるんだけど、角が邪魔なの」


「じゃあその角、折ればええんちゃう?」


 角って折れるの!? 痛くない!? 顔を強張らせて角を押さえる。それを見て、カルラがふっと吹き出した。


「冗談や冗談! まあええわ、そういうことなら教えたろ」


「ほんと!?」


 やった、これでフィオデルフィアでの調査がやりやすくなる。絶対に一発で覚えなければ、と私は気合を入れた。


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