02-03 二つの大陸を繋ぐ商人(2)


「いやー、ごめんごめん。まさか一緒に住んでるお嬢が何も知らんと思わなんでさあ」


 グリードが応接室に入ってすぐ、ソファーに座っていたカルラが立ち上がり、手を合わせながら頭を下げてきた。過ぎたことを責めても仕方がない。グリードは「もうよい」と短く告げると、カルラの向かいのソファーに腰を下ろした。


 先に応接室に来ていたジュリアスとザークシードがグリードの後ろに控えるように立つ。座ってくれと頼むと、二人はそれぞれグリードから見て左右のソファーに腰を下ろした。


 さて、どこから話を始めたものか、と考えながらグリードはジュリアスに視線を向ける。彼は首を振り、「まだ何も話しておりません」と言った。であれば見せたほうが早いだろう、とグリードはテーブルのあたりを指差す。


「ステータス」


 バチッ、という音を立ててグリードの手首の周りで火花が散ったかと思うと、グリードの中の魔力が手の先から急速に抜けていく。何かに魔力を吸い尽くされるような感覚は何度やっても不快だ。


「これを見て欲しい」


 グリードがそう言うと、カルラとザークシードがステータスウインドウを覗き込む。二人は揃って息を呑んだ。


「こりゃまた、どえらい置き土産をもろてしもたなあ」


 カルラが大きく息を吐きながらソファーに座り直す。ジュリアスが言った。


「カルラ様には、これを治す方法を人間界で探っていただけないかと思っているのですが」


「難しいこと言うてくれるねえ。こういうのは教会の専売特許やで。あいつらには魔力を見る力のある奴も多いし、あんま近づきとうないんよ」


 グリードは「無理はしなくていい」と頷く。フィオデルフィアで人間に扮して行商人をしているカルラが魔族だと知れてしまっては、食料や様々な物資をナターシアに仕入れるのが難しくなるかもしれない。


 自分だけならともかく、ナターシアに住む魔族達に食料を行き渡らせられなくなるリスクは取りたくなかった。現状、カルラに仕入れてもらう以外に入手手段がないのだから。


「カリュディヒトスを探し出してどうにかさせたほうが早いんちゃう?」


「それも一つの手段かとは思いますが……」


 カリュディヒトスを探すのもそれはそれで難しいだろう、とグリードは思っている。あの時一斉にフィオデルフィアに向かった魔族達の中にカリュディヒトスやリドーはいなかった。魔王を倒せず、フィオデルフィアに差し向けた魔族が全て捉えられたとなれば、彼らは一旦身を隠して次の手を考えるはずだ、とグリードは踏んでいる。


 カルラは腕を組んでしばらく唸っていたが、「探してはみるけど、まあ期待はせんといて」と頭をかいた。


「すまない。苦労をかける」


「ほんまやで」


 いったんそこで会話が途切れ、応接室が静かになる。やや間を置いてからジュリアスが言った。


「全員揃っているので、ついでに他の件もよろしいですか? まずはフィオデルフィアに向かった魔族達の処遇について決めたいのですが」


「牢が定員オーバーになっておりましてな。食費もバカにならんので、私もそろそろグリード様にご量刑頂かねばと思っておりました」


 ザークシードが頷いてグリードに視線を送ってくる。カルラが身を乗り出して言った。


「そんなん全員処刑でええ。釈放したってどうせもう一回やらかすだけや。見せしめにサクッと殺ってまえ」


 む……と、グリードは眉を寄せる。カルラは眉を吊り上げてさらに身を乗り出し、グリードを指差した。


「今、全員処刑まではどうか、って思うたな? あかん、あかんで!」


 カルラがドカッとソファーに座り直して腕を組む。


「病み上がりやろし今回はやめとくつもりやったけど、やめや。グリードはん、あんたは甘い。甘すぎんねん!」


 これはいつものアレが始まったようだ、とグリードはこっそり息をついた。


「大体なんで応接室やねん。ここ来る前に謁見の間を覗いたけど、玉座がホコリ被っとったで! 来客対応は謁見の間でせんかい、城の奥まで入れてたら危ないやろ!」


 謁見の間なんて、玉座と客が遠すぎて話しづらい。玉座に誰か座っていなければならないなら、ホコリにでも座らせておけばいい。何より旧知の部下であるカルラを応接室に通して何が問題なのか――と、思いはしたが、説教モードに入った彼女に反論すると三倍以上になって返ってくるので、黙って流す。


 それに実際ディアドラの話を聞いてみると、食堂の扉の前に何らかのトラップ魔法が設置されてしまっていた可能性が高いようだった。カリュディヒトスに城内を自由に歩かせていた自分の甘さのせいだと責められれば、グリードに反論はできない。


「人を信用しすぎんのも大概にせえ。人にも甘けりゃ自分の脇も甘いから毎回毎回酷い目にあうんや。ちったあ懲り! 大怪我すんの何回目や!?」


 懲りていないわけではないし、そんなに頻繁に怪我をしているわけでもない――とまた思ったが、やはり沈黙を貫くことにする。


 グリードが視線をさまよわせると、ジュリアスとザークシードが苦笑しているのが目に入った。二人とも口を挟まないのは、うっかり発言したら最後、自分にも飛び火してさらに炎上するだけであるとよく知っているからだろう。


「あんたみたいな甘ちゃん魔王がこれまで続けてこられたんは、そのバカ高いステータスのおかげや。それを失くして生き残れると思うな! だいたい、ステータスなんて人に見せるもんと違うやろ!」


 カルラの説教はいつも長い。過去の話まで持ち出すので話があちこちに飛ぶのだが、彼女がスッキリするまで聞き続けるしかない。反論したり中断させようとしたりしようものなら余計に長くなるからだ。


 思いの丈をぶつけてくるのは、それだけ心配してくれているがゆえであるのだろう。他人への興味が薄い魔族が多い中、叱ってくれる者がいるというのはありがたいことだ。


 勢いよく喋り続けていたカルラだが、一旦言葉を切ってじっとグリードを見つめてきた。


「死んだら許さんで、グリードはん。うちに命令することを許すんは、後にも先にもあんただけや。うちはあんた以外に仕える気はあらへん」


 彼女の真剣な瞳にグリードが頷きを返すと、カルラはソファーの背に体重を預けて天を仰いだ。


「――と、いうわけで、処刑や処刑」


 ようやく元の話題に戻す気になったらしい。グリードはジュリアスやザークシードを順に見てみたが、二人とも概ね同意であるのか反論はないようだ。グリードはため息を一つついてから、カルラに視線を戻した。


「可能であれば命までは奪いたくない。魔力を抑えたり飛ぶ力を失くしたりする道具などはないだろうか」


 これまでは罪人の処罰はカリュディヒトスに頼んでいたが、彼がいなくなった以上、別の手立てが必要だった。


 やや間があって、カルラが低い声で言う。


「あんた、うちの話聞いとった? ええ加減にせんと、次こそほんまに死ぬで?」


 睨まれたが、グリードは頷きを返した。カルラは顔を押さえて長いため息をつく。


「……心当たりが無いでもない。できるだけ早う手に入れたるわ。ただし高いで」


「恩に着る」


 カルラはまだ何か言いたげだったが、しばらく考えてからジュリアスに視線を向けた。


「で、次は何や?」


「カリュディヒトスとリドーが抜けて、五天魔将が三人となったわけですが、欠員の補充はしばらく無しでよろしいですね?」


 急な要員の補充は難しい。グリードのステータスの件もあり、口が固く信用できてかつ強い者を選ぶとなるとそうは見つからない。


 グリードとカルラは頷いたが、ザークシードは「ディアドラ様はどうですかな?」と言って身を乗り出してきた。


「ディアはまだ十歳だ。将に据える気はない。ジュリアスにも十五までは待たせた」


 グリードがそう答えると、ザークシードはやや残念そうに眉尻を下げた。


「お嬢なあ……うちもどうかと思うけど……」


 カルラが何か考えるように視線をそらしたが、「ま、グリードはんがないって言うならないな。次!」と軽く切り替えた。

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