02-03 二つの大陸を繋ぐ商人(1)


 ルシアと別れて大急ぎで城に帰ると、すぐに夕食の時間になった。


 ナターシアから出ていたことに気付かれていないかドキドキしながら席についたけれど、お父様は何も言わなかった。どうやら私がフィオデルフィアに行ってきたことはまだバレていないらしい。


 ステータス半減と聞こえたけれど、お父様は見た目にはいつも通りに見える。昼間聞こえてきた会話は聞き間違いだったのではと思ってしまうくらいに。


 手を合わせ、いただきます、と呟いてからナイフとフォークに手を伸ばす。目の前にあったハンバーグを一口大に切って口に運ぶと、ソースの甘い香りが口の中に広がった。咀嚼しながら次の分を切り分けていたら、廊下からバタバタと足音が聞こえてきた。


 バン、と勢いよく扉が開く。


「よーっすグリードはん! また死にかけたって聞いたけど体の具合はどないやー?」


 騒がしい音を立てながら食堂に入ってきたのは一人の女性だった。女性にしてはかなり背が高く、お父様と同じくらいに見える。顔立ちが整っている上に手足はすらりと細長く、腰は細いのに出るところはしっかり出ている体型が正直言ってうらやましい。


 茶が混じったオレンジ色の短髪。明らかに獣とわかる耳が頭についていて、人なら耳があるはずのところは髪で隠れて何も見えない。黒のタンクトップにスキニーのズボンと軽装だ。両手には指が出るタイプの薄手のグローブをはめている。


 髪色のせいか若干ヤンキーっぽい風貌に引いてしまいそうになったけれど、私はディアドラ。お父様の部下が現れたくらいで驚いてちゃだめだ、と自分に言い聞かせる。


 その女性――五天魔将の一人、カルラは笑顔で奥に座るお父様のところまで歩いていくと、お父様の背をバシバシ叩いた。


「なんやなんや、元気そうやん。ジュリアスの坊んが沈んだ声で連絡してくるから、今度こそ死ぬんかと思うたで」


 お父様は息を一つ吐くと、カルラを見上げて静かに言う。


「食事中だ。応接室で待っていてくれないか」


「えー、そない冷たいこと言わんといてや。これでも大急ぎで商談まとめて走ってきたんやで?」


 お父様はまた小さく息をついたけれど、それ以上何かを言うのは諦めたらしい。無言で食事を再開したお父様に、カルラは肩をすくめてこちらを見た。


「よーお嬢、久しぶりやなあ。ちょっと背ぇ伸びたか?」


「さあ、どうかな」


 カルラが私の傍まで来て、今度は私の肩を叩いてくる。カルラとディアドラの間にさして交流はなかったし滅多に会わなかったのだから、身長の伸びなどちょっとどころではないだろう。適当か。しかしそんなことより、私が気になったのは最初のカルラの発言だった。


「それより、またってどういうこと?」


「へ? だってグリードはん、ちょいちょい――」


「カルラ、応接室で待て」


 お父様の声が少しだけ強くなる。カルラは私とお父様を見比べたあと、「ありゃ?」とバツが悪そうに頭の後ろを掻いた。


「わかったわかった、応接室で待っとるって。じゃあお嬢、またなー」


 手を振りながら出ていくカルラをちらりと見てから、私はお父様に視線を戻す。お父様は何事もなかったように食事を続けているけれど、私はもうそれどころではない。


「お父様、またってどういうこと?」


 お父様は答えない。無言でさっさと食事を終えると、席を立ってしまった。


「来客があったので出る。ディアはゆっくり食べなさい」


「お父様!」


「……、過ぎた話だ。気にする必要はない」


 お父様はそれだけを言うと、食堂を出ていってしまった。後に残された私は口を尖らせながらフォークを握りしめる。


 お父様は否定しなかった。それはつまり、この間のようなことは珍しくないということだ。時々食事に出てこないことがあったのは、全部ではないにせよ、負傷していて出てこられないこともあったのかもしれない。確かにディアドラはお父様が食事に出てこない理由を聞かなかったし、お父様を探すこともしなかった。


 けれど気にしなくていい、なんて。


「……気にするよ」


 ただでさえステータスが半減しているというのに、お父様の命を狙っている奴がカリュディヒトスやリドーだけでないのだとしたら?


 魔導書が見つからないくらいで諦めてちゃだめだ。明日、もう一度人間の町に行ってみよう。


 そんな事を考えながら食事を再開した。



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