02-02 たくましすぎる聖女(1)


 魔法の練習をしたいから、と言って大急ぎで食事を終えて城を出た。自室の窓には「ごめんザムド、また今度!」というメモを貼り付けてある。


 フィオデルフィアへの地下通路はナターシアの東端にある。存在を知らなければ在ることすらわからないように隠されていたし、鍵代わりの仕掛け魔法で施錠されていたけれど、ゲームで何度も開けたそれはすぐに開いた。真っ暗な地下通路を、手の平の上に作った火球の灯りを頼りに進んで、外へ出る。


 まず、真っ青な空が目に入った。


 常に厚い雲に覆われたナターシアでは絶対に見られない、突き抜けるような晴天。森の木々も生き生きとした緑色の葉を広げているし、太陽の光を反射して輝いている。あまりに眩しくて、薄目になりながらそれらを見上げた。


(この間は、それどころじゃなかったけど……)


 久しぶりに生命の息吹を感じる景色を見て、ついそこに立ちすくんでしまった。


 日本で暮らしていた頃は都会に住んでいたけれど、旅行で山に行ったことくらいある。その時はこんな風に景色の美しさに見入ることなどなかった。それがどうだろう。しばらく呆けてしまうくらい、私は目前に広がる青と緑に釘付けになってしまった。


 知らなかった、自然ってこんなに綺麗だったんだ。


(……って、だめだめ、感動している場合じゃない)


 部屋から持ってきた黒いケープのフードを目深に被ると、町を目指して走った。町は石造りの高い外壁に囲まれていて、中はほとんど見えない。建物の屋根がちらっと見えている程度だ。正面の入り口には門番らしき男性が二人立っている。


 さて、どうやって入ろう。呼び止められてフードを取れと言われたら一発で終わりだ。入り口が一つということはないだろうけれど、どこも同じような気がする。


 走って通り抜ける? でも子供の足で走ったところで速度など知れている。姿を消す魔法でもあればいいのに――


「こんにちは! こんなところでどうしたの?」


 急に背後から声をかけられ、慌てて振り返る。私と同い年か一つ上くらいの少女が、ワクワク顔で私を見つめていた。


 桜色の髪に陽が当たって輝いて見える。小さな籠を下げたその少女は、これから聖女となるゲームのヒロインだ。


 ――な、なんで? どうしてよりにもよってルシアに見つかるの!?


 ヒロインなんてラスボスの私にとっては天敵でしかない。しかも彼女は魔族を撃退した私をじっと見つめていたので、顔を覚えられている可能性だってある。


 迷ったけれど、フードがずり落ちないように顔の前に引っ張り、「町に入ろうとしてただけ」と素直に答えることにする。ここで何でもないと答える方が怪しいと思ったから。


「そうなの? じゃあ、一緒に行こうよ!」


 ルシアは断る間もなく私の手首をつかむと、町の入口に向ってずんずん進み始める。私は引きずられるように足を動かすしかなかった。


 ――ち、ちょっと待って!


 私の力ならルシアの手を振りほどくのはたぶん難しくない。けれど力の差がありすぎて、無理に外したら怪我をさせてしまいそうだ。門番の姿が近付いてきたので、慌てて空いた手でフードを押さえた。


「ん? ルシア、その子は……?」


 門番に呼び止められそうになってドキリとしたけれど、ルシアは、


「友達!」


 と即答して止まらずに歩き続ける。


 ――友達って、いやいや私とあなたはラスボスと主人公っていう天敵だよ!?


 と心の中でツッコミを入れたけれど、もちろん口に出せるはずはない。そもそも会ったばかりでまともに言葉も交わしていないのに、何が友達か。


 ちらりと振り返ってみたけれど、門番はもうこちらには目もくれずに外の見張りを続けていた。ほっと息を吐き、私の手を引いて歩き続けるルシアに視線を戻す。


「ねえ、どこまで行くの?」


 そう声をかけると、ルシアはくるりと振り返って笑顔を広げた。


「そういえばそうだね。どこ行こっか?」


 がくっ、と肩を落としそうになった。


 そうだった。このゲームのヒロインは、超マイペースなゴーイングマイウェイ少女なんだった……。


 イケメンたちが彼女に振り回されているのを見るのは楽しかったけれど、このままではこっちが振り回されてしまう。早々に退散しよう。極力そっと手をほどくと、「じゃあ、私はこれで」と踵を返そうとする。


 でも、


「この辺の子じゃないでしょ? 案内してあげるよ!」


 と、再び手をつかまれてしまった。


 頼んでない。頼んでないのにどうしてこの子はこんなにぐいぐいくるんだろう。親切を通り越してお節介な子である、ということはゲームで見てきたからよくわかっている。


 でも、それにしたって初対面の相手に世話を焼きすぎじゃない? しかも自分で言うのも何だけれど、黒いケープにフードを被っている相手なんて、子供とはいえどう考えても怪しくない?


 迷ったものの「……じゃあ、本屋に行きたい」と観念して息を吐いた。あまり彼女に関わりたくないけれど、目的地の場所がわからないのだ。


 ルシアは「任せて!」と胸を張ると、再び私の手を引いた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る