02-01 はじめてのお散歩(3)


 ジュリアスの執務は朝から捗らなかった。


 なかなかグリードが帰ってこないので、やはり自分もついていけばよかっただろうか、いや今からでも――とジュリアスが考え始めたとき、執務室の扉が開いた。出ていった時と変わらぬ姿で戻ってきたグリードを見て、ジュリアスはほっと息を吐く。


「何事もありませんでしたか?」


「ああ」


 グリードは自席に座ると「次のカルラへの発注の件だが、各集落の必要物品の調査は終わったか」と何事もなかったように仕事を始めようとする。あまりの自然さについジュリアスは報告を返しそうになったが、まだ休んでもらいたかった。自室に戻ってほしいとジュリアスが言っても、グリードは問題ないと言い張るばかりだ。


「本当にもう、お体の加減はよろしいので?」


「ああ」


 グリードは淡々とそう言ったが、ジュリアスは納得できずに眉を寄せながらさらに詰め寄る。


「でしたら、ステータスを見せていただけますか?」


「……む」


 グリードがちらと目をそらしたのを見て、ジュリアスは眉間のシワを深くした。


 倒れた彼にジュリアスが回復魔法をかけた時、いつもとは違う感覚があった。力を注いでもその大半が素通りして逃げて行くような手応えのなさ。それは彼が瀕死の重体だったからというだけでは説明がつかない。それにカリュディヒトスの得意な魔法はトラップとステータス異常をもたらす類のものだ。何らかの魔法をかけられている可能性が高いとジュリアスは踏んでいる。


 ジュリアスがじっと睨みつけていると、グリードは両手を万歳の形にして降参の意を示してきた。


「そう睨むな……ステータス」


 グリードが空中を指し示すと、バチッ、と彼の手首から火花が散った。グリードが顔をしかめたので、ジュリアスは思わず彼に駆け寄りそうになる。けれど彼は手の平をジュリアスに向けて静止してきた。


「なっ――全ステータス半減!?」


 ジュリアスがグリードのステータス画面を覗くと、全ての数値に半減の補正がついている。しかも魔力はゼロだった。体力も回復し切っていないのか、それほど残っているわけでもない。


 ジュリアスとしてはステータスの半減も魔力や体力の残量も気になるが、それ以上にこれを表示させたときの反応が気にかかる。


「魔力残量がゼロですか……魔力はまだ回復されていなかったのですか?」


「いや、ある程度戻っていたとは思うが、ステータスを出したときに魔力が全部出ていったような感覚があった」


「ステータスの表示なんて、ほぼ魔力を消費しないはずですが」


「一度だけ別の魔法を使おうとしたが、同じように魔力が抜けた。これでは何もできんな」


 飛ぶこともできんよとグリードが苦笑したので、笑っている場合ですかとジュリアスはため息を吐いた。


「このステータスの半減は画面を表示させる前からですか?」


「だろうな。ずっと体が重くてかなわん。……ディアには言うなよ」


 グリードが体重を椅子の背に預けたまま疲れたように息をつく。ジュリアスは眉を寄せてうなずいた。


「解呪に関する魔法の研究は人間の方が進んでいると聞きます。カルラ様に探って頂きましょう」


「無茶はしなくていいと添えてくれ」


「ですが」


「添えてくれ」


 有無を言わせぬ口調に、ジュリアスは仕方なく、かしこまりましたと返答した。



  ◇



 ――ステータス半減……魔力残量ゼロ……?


 扉の向こうから聞こえてきた声に、私は目を見開いた。買ってもらった空間転移の魔導書があまりに難しくて教えてもらえないかと思ったのだけれど、それどころではなくなってしまった。


 さっきお父様が歩こうと言ったのは散歩がしたかったからではなくて、飛べなくなっていたからなの? 私は何も気付かず、手を繋いでもらったことを喜んだり本をねだったりしていたなんて。


 その場にいられなくなって、逃げるように駆け出した。


 ――どうしよう。


 血まみれでぐったりしていたお父様の姿を思い出す。回復魔法をかけても全然効果がなくて、だんだん力が抜けていって……そのまま死んでしまいそうで、とても怖かった。


 ステータスが半減している上に魔法も使えないなんて、またカリュディヒトスやリドーが襲ってきたら、次はどうなるかわからない。


 過去に読んできた様々な漫画や小説を思い出す。決まった未来を変えようとする物語。望む未来を手にする話もあれば、どんなに繰り返し過去を変えようとしても同じ結果に収束してしまう話もあった。ゲームの正史ではおそらく死んでいたであろうお父様。世界が元の形に戻ろうと、お父様を殺す方向に力が働いたら?


 私には過去へと戻る力なんてない。望む結果が得られないからといって何度も繰り返すことなどできはしない。一度失ったら、それで終わりなのだ。


 ――どうしよう。


 魔法はどうだろう? さっき行った町にはたくさんの魔導書が揃っていたけれど、バッドステータスを解除できそうなタイトルの本は無かった。


 西の塔の書庫へ行ってみることにした。ジュリアスは入って欲しくなさそうなことを言っていたけれど、構ってなんかいられない。


 書庫に入ると、魔導書が並んだ棚はすぐに見つかった。本棚には町の書店以上にたくさんの本が並んでいるし、私がこの間買った土人形の魔導書もある。それでもやっぱり、ステータス異常を解除するための魔法に関する本は見つけられなかった。一応回復魔法の本も目次を眺めてみたけれど、やっぱりない。


 冷静に考え直してみればそれは当たり前のことだった。手近で見つけられるようなものなら、お父様もジュリアスも知っているだろう。


「あとは……」


 解呪に関する魔法の研究は人間の方が進んでいるとジュリアスが言っていた。それなら、人間の書店や書庫になら?


「――よし」


 フィオデルフィアに行こう。


 お父様も人間達も空や海は警戒しているだろうけれど、ゲームをプレイした私は知っている。城の東にはナターシアとフィオデルフィアを繋ぐ地下通路が隠されていることを。


 ラストダンジョンの攻略が厳しくて何度も行き来する羽目になったから、洞窟の位置も内部のマップも、隠し通路の開け方もばっちり頭に入っている。


 時計を見るともうすぐ昼食の時間だった。急いで食べてから出て、夕食までに帰ってくればいい。食事までに角や羽を隠せる何かを探そう。


 そこまで考えて、急いで部屋に戻った。


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