《番外》それは、あり得たかもしれない物語

※番外編です

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「……ディア……」


 赤黒い血の塊を吐き出しながら、グリードが声を絞り出す。それを見下ろすディアドラは表情もなく、ただ冷たく言い放った。


「平和なんて退屈だ」


 答えはそれで全てだった。

 それだけだった。


 倒れ込んだグリードの瞳から徐々に光が失われていく。ディアドラはそれをちらりと見てから踵を返すと、その場を後にした。


 外はいつも通りの曇り空だった。ナターシアを覆う厚い雲はいつもどおりに空を覆っていて、何も変わらない。


「……?」


 けれどどうしてだか、随分空が重く感じて、ディアドラは首を傾げる。胸の奥がざわざわするような、締め付けられるような、不思議な感覚。


 何だろう。

 わからない。


 わからないから――もう考えるのをやめにした。


 ナターシアを覆っていた結界の術式は、あと数刻もすればその効果を失うだろう。人間の住まう大陸を、その上に広がる空を、この目で見るのが楽しみだ。


 ディアドラは羽を広げると、結界の端へと進路を向けた。



   ◇



 ――何か夢を見ていた気がする。


 どんな内容だったかは思い出せないけれど、とても悲しい夢だった。体を起こした私は、自分が泣いていることに気がついた。


「あれ――?」


 何も覚えていないはずなのに、引き裂かれるような悲しさだけが胸に残っている。何だったっけ。何かとても大切なものを、自分で壊してしまったような気がしたのだけれど。


 腕で涙を拭うと、着替えてから足早に食堂に向かった。何かに突き動かされるように、急いで扉を開ける。


「おはよう、ディア」


 いつも通り席についているお父様の姿を見て、その穏やかな声を聞いて、なぜかまた泣きたくなるくらい――ほっとしたのだった。




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