01-09 後悔はいつしたって遅いのだけれど(2)


 どすどすとやかましい足音が近付いてくることに気がついて、ジュリアスは顔を上げた。ジュリアスが扉を開けてやるより早く、執務室の扉が大きな音を立てて開かれる。血相を変えて入ってきたザークシードは、開口一番「グリード様は!」と詰め寄ってきた。


「今は部屋でお休みです。容態がかんばしいとは言えませんが……」


「そうか……お主の回復魔法でもか……」


 ザークシードが執務室のソファーに腰を下ろす。普段なら汚れた格好のまま座らないでくれと咎めるところだが、今はそんな気にはならなかった。


「それが、妙なのです」


「妙、とは?」


「グリード様に送った力がそのまま抜けていくような……穴の空いたコップに水を注いでいるような感覚、と言えば伝わるでしょうか」


「むう……ステータスに干渉する魔法はカリュディヒトスの十八番であったな」


「ええ、何かかけられているのかもしれません」


 ジュリアスは息をつく。何かかけられているのだとしても、彼が生死の境をさまよっている今は下手に手が出しにくい。カリュディヒトスの十八番にはトラップ魔法もある。無策で手を出して暴走させようものなら、グリードの命に関わる可能性があるからだ。


「それで、フィオデルフィアに向かった魔族達はどうなりました?」


「ディアドラ様が一人残らず黒焦げにしてくれたのでな。最低限の手当だけして牢にぶちこんである。カリュディヒトスとリドーの姿はなかったが」


 牢屋は満員御礼どころか定員オーバーよ、とザークシードは笑うが、いつもほどの覇気が含まれてはいなかった。


 さすがはディアドラ、一人で多数の魔族を短時間に戦闘不能にするとは。ジュリアスにもザークシードにも、そんな芸当はできなかったに違いない。特にあの時は自分もザークシードも魔力のほとんどを魔石に注いだ後だったのだ。


 あの時、かなりの数の魔族が一斉に同じ方角に向かっていた。魔族達が偶然同じ動きをするとは思えない。カリュディヒトスやリドーが事前に手を回していたと考えるのが妥当だろう。


 こんなことなら、もっと早くにカリュディヒトスやリドーは五天魔将から外すべきだった。実際そんな案が上がったことはあると聞いているが、彼ら以上に強い魔族はいなかったし、彼らを排除していればとっくに別の衝突が起こっていた可能性もある。


「……それはそうと、グリード様の意識が戻るまで、ザークシード様の部隊には城の警護をお願いしたいのですが」


 ジュリアスはザークシードに向かって言う。これを機に魔王の座を狙う者が出ないとも限らない。それにカリュディヒトスやリドーが何か仕掛けてくる可能性もある。


うけたまわった。して、カリュディヒトス達はどうする」


「カルラ様に連絡しました。こちらに仕掛けてこなければフィオデルフィアで動きがあるでしょうから」


「そうだな……」


 もしかしたらカルラには、それとは別にグリードにかけられた何かの解呪方法を探してもらわねばならないかもしれない。解毒や解呪に関する魔法は、魔族より人間の方が得意であると聞く。それに壊されてしまったナターシアの結界の修復についても考えなければならない。まあそれも、まずはグリードの意識が戻ってからになるのだろうが――


 グリードの部屋がある方角に視線を向け、ジュリアスは彼の無事を祈った。



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