01-07 困った弟分(4)


 今日はお父様もいないのだし、本を読みながら食事をしたって咎められることはない。買ったばかりの魔導書を手に持ち、さっき作ったミニゴーレムを肩に乗せて食堂に向かった。


 作ったゴーレムを思い通りに動かすところまではできたけれど、本にはまだ続きがある。全部読んだらどんなことができるようになるんだろう。考えるだけでワクワクしてくる。


「ディアドラ様」


 食堂の扉を開けようと扉に手をかけたら、カリュディヒトスに声をかけられた。


「……何?」


 警戒しつつ、顔だけを彼に向ける。カリュディヒトスは気味の悪い笑みを顔に貼り付けたまま頭を下げた。


「お迎えにあがりました」


「迎えを頼んだ覚えはないけど」


 お父様がいないときに限って――いや、いないからこそ、なのかもしれない。カリュディヒトスは楽しげに肩を震わせる。


「ふ、ふふ――今日こそが好機なのですよ、ディアドラ様。年に一度、五天魔将が全員出払い、ナターシアを覆う結界に魔王が魔力の大半を捧げるこの日こそ、奴を倒す最大の好機なのです」


「――!」


 目を見開いてカリュディヒトスを見た。昨日、私に〝魔王になる気はあるか〟と聞いたのは、今日を狙うつもりだからだったんだろうか。もしかしたら私は、昨日はカリュディヒトスを追いかけてでも否定すべきだったんだろうか? 魔王になる気はないとはっきり言わなければいけなかったんだろうか?


 カリュディヒトスがあごの髭をさすりながら言う。


「ナターシアを覆う結界も、人間や弱い魔族をいたずらに襲うべからずという規律も、現魔王であるグリード様の作られたもの。ディアドラ様が魔王になられれば、全て取り払えましょう」


 お父様が作ったというそれらは、私にはとても真っ当なものに聞こえた。逆に言えばお父様の前の魔王の時には、弱ければ襲われ略奪されるひどい大陸だったということだ。町の様子を見ても今はとても平和に見えるのに、カリュディヒトスは混沌とした時代に戻したいんだろうか。


「ようやく全ての準備が整いました。さあ、参りましょう、ディアドラ様。共に魔王を倒しましょう」


 カリュディヒトスがこちらに手を差し出してくる。


「自分が何を言っているのか分かってるの? カリュディヒトス」


 己の手を握りしめる。ディアドラはまだ十歳だっていうのに。私の感覚ではまだ小学生の小さな子供だっていうのに。


「たった十の子供に、父親を殺せと言っているのよ?」


 あんなにも子供を想ってくれる父親を。

 ナターシアに秩序をもたらそうとした王を。


「それが何か?」


 カリュディヒトスが不可解そうに眉根を寄せる。まるで理解していない様子の彼を見て、私は唇を噛んだ。


「恥を知りなさい」


 カリュディヒトスを睨みつける。身体中が熱くて、理性が飛んでしまいそうだ。こんな男がお父様の部下だなんて許せない。どうしてこんな奴が、お父様の五天魔将の一人なのだろう。


「ザムドが勘違いして話したようだけど、私は魔王になる気なんてない。お父様が魔王を続けるべきよ」


 カリュディヒトスが目を見開き、差し出した手をゆっくり下ろした。


「それは本気で仰っているのですか?」


「当然よ。あなたも馬鹿な真似はやめなさい」


「そうですか――それは残念です」


 カリュディヒトスが笑顔を消して、息をつく。とっさに身構えたけれど、私が何か行動する前に立っていた地面が黄色く光った。かと思うと、足元の床が瞬きする間もなく消えた――ように、感じた。


「えっ」


 瞬きの間に周りの景色は一変していた。石造りの壁と床、そして扉のついた鉄格子。それはゲームでよく見る牢獄だった。


「その牢には強力な結界がかかっております。たとえディアドラ様とて出られますまい。魔王と共に消えていただきましょう」


 どこからともなくカリュディヒトスの声が響く。その冷たい声音に、さっと頭の冷えた私は、


(だっ、だよねー! ばっさり断ったらこうなるよねー!)


 と頭をかかえるしかないのだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る