01-07 困った弟分(2)


「串焼き五本……って、食後によくそんなに食べられるね」


 ちょっとしたものを買ってくるのかと思いきや、ザムドは大きな串焼きを何本も抱えて帰ってきた。食べたばかりの朝食より多いそれらを見て、視覚だけで胃もたれしそうになった私は、ザムドの手から一本だけを受け取ることにした。


 九歳って、小学三年生くらい? 食べ盛りなんだっけ?


「親父が朝早くから遠征だって出て行っちまってさ、お袋が朝ご飯作る気起きないっつってパンしかくれなかったんだ」


「それで町に来たかったの? でも、それならわざわざ私を呼びに来なくたってよかったじゃない。遠回りなだけでしょ」


 ザムドも町の外れに住んでいる。魔王城に来るには広場を一度通り過ぎなければならない。二度手間だ。ザムドは口いっぱいの串焼きをいったん飲み込むと、笑顔であっけらかんと言った。


「だってディアと来ると、金払わなくていいもんな!」


「お金は払いなさいよ!」


 つい持っていた串を思わず取り落しそうになる。言われてみればディアドラが町でお金を払った記憶はない。ディアドラが怖くて請求できないのか、ディアドラが何か買い求めた分は魔王城に請求がいくのかどっちだろう。後者であってほしい。


 でもお小遣いなんて貰っていないし、手持ちは確かにない――いや、待て。魔王城の庭で拾った布袋があるんだった。五千ゴールドが入っていたから、この串焼きくらいなら買えるはず。


 ゲームではあの場所にあった宝箱――たぶんこの布袋――の中身は疑問も持たずに着服していたけれど、現実に置き換えてみると落とし物を勝手に自分のものにするのはよくない。交番なんてナターシアには存在しないけれど、お父様にくらいは報告した方がいい気がする。でも無銭飲食もよくないし、どうしたものか……。


 ……よし、借りよう。


 布袋のお金をいったん借りてから、後で補填すればいい。問題はどうやって補填するかだけれど、もう十歳なのだからお小遣いが欲しいと言えば通るかな? ゲームみたいに、魔獣を倒せばお金が手に入るとかだったらいいのに。毎日強い魔獣を倒しまくっていたディアドラなら大金持ちになれているはずだ。


「ん? 魔獣を狩れば金は手に入るぞ?」


「えっ!? 私、声に出てた!?」


「うん」


 なんてことだ。これはまずい、すこぶるまずい。

 今の内容くらいならともかく、気をつけていないととんでもない失敗をおかしそうだ。


 でも今はそんなことより。


「魔獣を狩ればお金が手に入るってどういうこと?」


「え? 狩った獲物の毛皮とか肉とか魔石とか、親父の部隊がいつも回収して換金してるだろ? よく城に持ってってるし」


「そうなの!?」


 ディアドラがお金に興味を持たなかったせいで知らなかった。城に納められているということはお父様が受け取っているはずだ。それなら少しくらい分け前を要求してもいいんじゃない?


 ――よし、お金の補填方法は決まった。


 ザムドが食べ終わったので、私は串焼きを買った屋台まで連れて行ってもらう。店主を見上げると、彼は怯えた顔で「……何か?」と聞いてくる。


「ザムドが買った串焼きの代金を払うよ。いくら?」


「えっ、いや、そんな……」


 店主はおろおろとするだけで値段を言ってくれない。仕方がないのでザムドから購入した串の種類を聞いて勝手に計算する。銀貨で支払うと、店主は銅貨のお釣りをおずおずと差し出してきた。本当はザムドの分まで払う義理はないと思うのだけれど、先ほど和ませてくれたお礼ということで出しておこう。


「さてと。買い食いに付き合ったんだから、次は私に付き合ってよね」


「いいけど、どこ行く?」


「本屋に――って、あんた、手も口もベトベトじゃない!」


 ザムドの手や口が串焼きのタレまみれになっていることに気がついて、私は眉根を寄せる。特に手がひどい。こんな手では書店など入れるわけがない。


「とりあえず洗ってからね。ほら、来なさい」


 本っっ当に手のかかる弟分だ、と思いながら、私はザムドの手首をつかんだ。


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