01-06 魔王になんかなりたくない(1)


「なあディア、狩りに行こうぜー」


「あんたね、少しは懲りなさいよ!」


 翌朝も何事もなかったかのように誘いにきたザムドに、思わず大きな声を上げてしまった。しかし当のザムドはきょとんと目を丸くするだけで、まるで響いていない。


 子供って面倒くさい……。でもまた一人で森に行かれても困るし、しばらく迷ってから、一緒に行くことにした。


「言っとくけど、狩るのはあんただけだからね」


「わかった!」


 とても嬉しそうにくるくる飛び回るザムドを見ながら、ため息をつく。本当にわかってるのかなあ。


 森の入口の魔獣の方がまだ弱い。あまり奥に行くのはやめにして、森の端っこに降りることにした。ちょうどそこには、少し大きすぎるけれど黒くて可愛らしい兎が――


「ギギィ!」


 ばくっ、と、鋭い歯が並ぶ大口を開けた。


 ――前言撤回! こ、怖いっ!!!


 兎といえば草食動物じゃないの? 並んでいる歯はどう見ても肉食獣のそれにしか見えない。兎の真っ赤な目がギラりと光り、こちらを捉える。思わずザムドの後ろに下がった。


「よーっし、狩るぞー!」


 ザムドは意気揚々と腕を突き上げると、火球を作り出し、それを兎に向かって放つ。兎は一つ鳴いて跳び、火球を避けた。兎がザムドに飛びかかったけれど、ザムドも飛んでかわす。すかさずザムドが再び火球を放ち、兎の背後に当てた。飛びかかった勢いに火球の力が加わって、兎は木に体を叩きつけられる。でもすぐに体勢を立て直すと、再びザムドに向かっていった。


 私は木の影からザムドの戦いを見守ることにする――怖いので。できれば目も逸らしたいけれど、ザークシードがザムドは一人で狩れないと言っていたし、危なくなったら助けなければ。


 ザムドはずっと火球で戦っているけれど、ゲーム彼の得意技は炎を腕にまとったパンチと、炎の柱を地面から出現させる魔法だった。火球を操るのが得意だったのはディアドラだ。彼女は狩りでもよく使っていた。どうしてザムドも火球を使っているんだろう?


 そんなことを考えていると、ザムドが兎の頭突きを腹にくらって尻もちをついたのが見えた。兎は大きな口を開けてザムドに飛びかかる。私は慌てて兎に向かって火球を放った。火球は兎の頭に横から当たり、そのまま兎を吹っ飛ばす。私が放った火球は大きくなって兎を包み、消えることなく燃え続けた。炎に巻かれた兎が倒れて動かなくなるのを視界の隅のほうで確認し、さっと目をそらす。


「ザムド、大丈夫?」


 尻もちをついたままのザムドに手を差し出す。


「ちぇー、結局ディアに狩られちゃったな」


「嫌ならあんな頭突き、ちゃんとよけなさいよね」


 ザムドの手を引いて立ち上がらせる。


「あんたさあ、あれできないの? こう、炎のパンチみたいなやつ」


「ん? なんだそれ?」


「えーとね、確かこういう――」


 右腕に魔力を込めて、螺旋の炎をまとわせる。そして手近な木に向かってパンチを叩き込んだ。どおん、と鈍い音がして、バキバキバキバキッという音が続く。私が殴りつけた木は燃え上がりながらゆっくりと倒れていく。


(嘘でしょ!? 折れるの!?)


 全力で殴ったわけでもないのに、細くはない木が根元から折れた。未来のラスボス魔王の力、恐るべし……。そもそもイメージしただけで好きな魔法が出せるというのも、やっておいて何だが、我ながら意味がわからない。


「すっげー! かっけー! 俺もやるー!!」


 ザムドは目をキラキラさせながら倒れた木を見つめている。それから自分の左腕を見下ろすと、そこに炎をまとわせ――ようとしたが、ぼふっ、という音と共に炎はすぐに消えてしまった。


「あれ? おっかしいなー」


 ザムドは難しい顔で炎を操り始めている。これはしばらくかかりそうだ。ふと背後に気配を感じて振り向くと、いつの間にかカリュディヒトスが薄い笑みを浮かべながらこちらを見ていた。


「これはディアドラ様、今日はこんな入口で狩りですかな?」


「う、うん」


 どうしてカリュディヒトスがこんなところにいるんだろう? 薄気味悪さを感じて後ずさりそうになるけれど、ディアドラなら後ずさるようなことはあるまいと思い直して耐えた。カリュディヒトスがディアドラに話しかけてくるのは別に珍しいことでもない。


 自身のあごをさすりながらカリュディヒトスが言った。


「先程の、炎のパンチ――ですか? なかなか斬新な技ですな」


「はあ……」


 別に私が考えたわけではない。開発したのは名前も知らない制作スタッフだ。いろいろな漫画で同じような技を見たような気もするし、別に斬新でもないだろう。


 ザムドが手を止めてこちらに駆け寄ってきた。


「あれ? カリュディヒトスのおっちゃん、こんなところでどうしたんだ?」


 お、おっちゃん……。父親がカリュディヒトスと同じ五天魔将だから、彼にしてみれば親戚のおじさんくらいの感覚なのかもしれない。おじさんというよりおじいさんだと思うけど。まあザムドの場合、自分より強い相手なら誰でも慕ってそうだから、関係ないかもだけど。


「ほっほっ、儂は散歩じゃよ」


「ふーん?」


 こんな真っ昼間に散歩なんて、五天魔将は暇なのかなあ。そういえば今は人間相手に争っているわけでもないし、五天魔将やお父様達は普段何をしているんだろう。


「時にディアドラ様、一つ伺ってもよろしいでしょうか?」


「何?」


 カリュディヒトスは私を見据える。その瞳の中に底知れない闇が見えるような気がして、ごくりと唾を飲み込んだ。


「魔王になられる気は、おありでしょうか?」


 ――あるわけないでしょ!


 と、心の中では即答したけれど、どう答えたらいいんだろう。ディアドラならあると言いそうだけれど、ディアドラらしさを失わずにないと言うにはどうすれば――


「ん? ディアは魔王になるんだろ? な!」


「えっ」


 私が口を開く前に、ザムドがさも当然のように言った。


「だって、魔族で一番強くなるって言ってたろ? 魔族の中で一番強い奴が魔王だもんな!」


「えっ!?」


 ――いや、一番強くなるのは私だって、確かにうっかり言ったけどっ!


 慌てて弁解しようとするが、カリュディヒトスが「ほっほっほっ」と笑って言う。


「それはそれは。既に五天魔将を超えていらっしゃるディアドラ様なら、一番になられる日も近いでしょうな」


「いや、待って、私は」


「それでは儂はこれにて。ディアドラ様が魔王になられる日を楽しみにしておりますぞ」


 待って、ほんと、魔王になんてならないから! そう主張したかったのに、カリュディヒトスは楽しげに笑いながら去っていってしまい、私は弁解するチャンスを失った。


「なんで余計なこと言うのよ!」


「へ?」


 ザムドに怒鳴っても、何が悪かったのかまるで分かっていなさそうだ。元はと言えば私の昨日の失言が原因だし、ザムドに当たるのはやめよう。そもそも今はお父様がいるのだから、魔王の座は空いていない。お父様がどれだけ強いのかは知らないけれど、きっとディアドラより強いはず――


 ……ん?


 そういえば、私がプレイした限り、ゲームにお父様は登場しなかった。ディアドラが魔王になった時、現魔王であるお父様はどうなるんだろう? それにお父様の前の魔王はどうなったんだろう?


 前の魔王について尋ねたとき、ジュリアスは言っていた。グリード様が立ち上がり、前魔王を討ち果たして魔王となられたのです、と。


 〝討ち果たした〟とは。

 〝殺した〟と同義語ではないんだろうか?


 それに気がついた瞬間、身体中の血液の温度がすっと冷えた気がした。


「ディア? どうかしたか?」


「帰る」


「えっ!? まだ一匹しか狩ってないのに!」


「さっきの技ができるようになったら、また付き合ってあげる」


 えーと不満げな声をあげるザムドの腕を引っつかみ、羽を広げて飛び上がる。ザムドはしばらく文句を言っていたけれど、私が黙って飛んでいたらそのうち諦めたようだった。


 ザムドと別れてすぐ、急いで自室に戻った。ジュリアスに持ってきてもらった本の中にあった、過去の魔王の一覧を探す。歴代魔王の名前と即位していた年号が記載されていることを確認すると、それを持って再び飛んだ。


 魔王城より北、少し離れた場所。

 私の目的地は歴代魔王の墓所だ。



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