01-04 最推しは現魔王(4)
応接室に入ると、なぜかソファーの後ろにジュリアスが立っていた。眼鏡がキラリと光って見え、思わず立ち止まる。
や、やっぱり尋問!? 尋問なのでは!?
悲鳴をあげかけたのを辛うじて耐えきり、お父様に促されるままソファーに座る。ローテーブルには見覚えのあるシートと木製のサイコロ、二つの小さな人形が置かれていて、私は首を傾げた。
なんだこれ。見たことあるぞ。
「では、ルール説明は私からさせていただきます」
ジュリアスがこほんと一つ咳払いをしてから話し始めたルールは、サイコロを振って駒を進め、止まったマスに書かれた内容に従うという、よく知ったものだった。ローテーブルに置かれた紙に目を落とすと、「一回休み」「三マス進む」などの指示が書かれている。どこからどう見ても小さい子供向けのすごろくだ。
「ルールはお分かりいただけましたでしょうか?」
「う、うん」
え? え? なに?? 本当にただすごろくで遊ぶために呼ばれたの? それともすごろくで油断させつつ何か聞き出すつもり?
お父様は相変わらず表情が読めないし、ジュリアスも無表情ですごろくのシートを見下ろしているだけだ。そっとサイコロを振ってみる。それは突然爆発した――ということもなく、コロンと五を指し示した。
私が駒を五つ進めると、止まったマスには「一マス戻る」と書かれていたので一つ戻す。次にお父様がサイコロを振ると、六だった。六マス目は「二マス進む」と書かれてあって、合計八マス進んだ。
私がサイコロを振り、駒を進める。お父様がサイコロを振り、駒を進める。何度か繰り返したけれど、お父様やジュリアスが話しかけてくる様子もなく、ただただ静かに駒が進んでいく。
「――あ」
お父様の駒が、ちょうどゴールに止まった。さすが魔王、運のパラメーターもきっと高いに違いない。
ここまで何かを聞かれることもなく、ただゲームで遊んだだけだった。何だったんだろうと考えながらすごろくのシートを見つめていると、小声の会話が耳に入ってきた。
「……勝ってしまったぞ」
「勝ってどうするんですか。今度は勝たせたいと仰るから、本の中からこのゲームを探して徹夜で作ったんでしょう」
――徹夜で? これを?
言われてみれば、木製の駒やサイコロに手作り感が――いや、既製品並の美しさなので手作り感はないな。けれど顔を上げてよく見てみれば、お父様もジュリアスも目元にうっすらとクマが出来ている。
昨夜オセロで圧勝したことを気にしていたの? 魔王とその側近が? そんなことで徹夜を??
「――ふふ、はははっ」
込み上げてくる笑いを抑えきれなくなって、私はつい声をあげてしまった。疑われたのではなんて怯えていたのがバカみたいだ。ディアドラの記憶を見ていても気が付かなかった。表情に出ないだけで、お父様はこんなにも温かい感情を向けてくれていたのだと。
お父様はぽかんとした表情をこちらに向けたあと、
「――ディアが笑ったところを見るのは久しぶりだな」
と言って少しだけ――ほんの少しだけ、口元をゆるめた。
よく見ていなければ気付かなかったかもしれない程度の小さな変化でも、嬉しいようなくすぐったいような、不思議な気持ちになるには十分なのだった。
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