01-04 最推しは現魔王(2)
大学の友人たちとはいろんなボードゲームで遊んできたはずなのに、何もないところからルールを思い出せたのはオセロくらいだった。オセロの駒なんてもちろんないので、銅貨と銀貨を二つセットで置くことにした。どちらが上にあるかで黒か白かを表すことにする。必要なマスの数もうろ覚えだから、たぶんこれくらいだろう、と適当に紙にマス目を引く。
ルールを説明すると、お父様はふむとあごに指を当てた。理解して貰えたのか不安だけれど、習うより慣れろだ。とりあえず始めよう。
「私が先手、銀貨でいい?」
「ああ」
私は駒を一つ置いて、間に挟まった硬貨を裏返す。少し間があって、お父様も同様に一手進めた。オセロなんて子供の頃に遊んだきりだったから、何が最適手かなんてわからない。覚えているのは四隅を確保するのがいかに重要かということくらいだ。さすがにルールを聞いたばかりのお父様がいきなり気付くことはあるまい、と私は完全に油断していた。
「ま……負けた……」
しかも大差で。
数えるのも馬鹿らしいほど銅貨で埋め尽くされてしまった盤面を見ながら、私は肩を落とした。四隅も三つ取られてしまったし、完敗としか言いようがない。
なんでだろう。私も得意なゲームでないとはいえ、初めて遊んだ人に負けるなんて。イケメンで魔族の王様で頭も良さそうでゲームも強いなんて、天は二物を与えずなんて嘘っぱちだ。一人に何でも与えすぎだ! と思ったけれど、よく考えたらゲームの世界なのだから、重要キャラクターのステータスを盛るのは当然だ――いや待てよ、それならラスボスのディアドラが勝てたっていいのでは?
お父様が無表情のままこちらを見つめてくる。何を考えているのかは全く読み取れない。
「もう一回やるか?」
そう問われ、首を横に振った。初心者相手にボロ負けしたのだ、これ以上続けてもフルボッコにされるだけだろう。実力が拮抗しないゲームなど楽しくはない。特に勝っている方は手応えがなさすぎてつまらないと思う。もちろん負ける方も悔しいけど。
「そうか……では早く寝なさい」
そう言ってお父様は硬貨を片付けてからゆっくり立ち上がると、応接室を出ていった。ドアのところからずっと部屋の中をうかがっていた使用人たちも慌てて散っていく。
ずっと見られてたな……。私は無人になった部屋から扉を見つめる。私とお父様がゲームを始めてからというもの、開けっ放しだった応接室の扉の所から何人もの使用人がチラチラと部屋の中を見ていた。
気持ちは分かる。食事を一緒にとるくらいしか交流のないお父様と私が、突然応接室で何か始めたなんて、私も逆の立場だったら気になって仕方がない。しかも一昨日まで暴君として振舞っていたディアドラが突然大人しくなったことも、彼らには不審に映っているに違いない。
さてどうしよう。これまでのディアドラのように振る舞うなんて無理だ。非のない相手に暴力を振るうなんてやりたくもないし、できる気もしない。じゃあ何か理由をひねり出さなければならないんだろうか、ディアドラが変わる理由を。もし周りに納得してもらえず、偽物だと判断された場合――どうなるんだろう?
……ん? 待って? 最悪、死ぬのでは?
そこまで思い至り、私はさっと青ざめた。魔族の常識は人のそれとはだいぶ違うらしい、ということはディアドラの記憶やこれまでの周りとのやり取りから理解しているつもりだ。裁判なんて制度はない。もちろん弁護士という職もない。魔王が有罪だと判断すれば死あるのみ、だ。
ちょっと待って、私、うかつにもほどがあるのでは……!?
ディアドラの身近な人物といえばお父様にザムド、五天魔将の人たちだ。そのほとんどに接触済だし、実は怪しまれているという可能性もゼロではない。むしろ素で行動してしまっているので、怪しまれている可能性の方が高いかもしれない。
数年後にヒロインや攻略対象達が攻めてきたらどうしよう、なんて先のことを心配している場合ではなかった。むしろ今、お前はディアドラではないと判断されたら未来はない――かも、しれない。
私は勢いよく立ち上がると、早足で部屋に戻った。鏡に目を向けると、焦った表情の少女が立っている。
違う。だめだ。ディアドラはこんな表情はしない。いつだって自信満々で、悠然とした笑みを浮かべているか、つまらなそうな表情をしているか、烈火のごとく怒っているか、だ。
深呼吸してから、できるだけディアドラらしい笑みを作ってみる。それから少しあごを上げてみた。若干それっぽくなってきた事に少しだけ安堵し、ベッドに倒れ込む。
目を閉じ、ディアドラの記憶に意識を向ける。彼女を演じるにはまずディアドラを知ることだ。何が好きで何が嫌いか、どんな時に喜びを感じてどんな時に怒りを感じるか。ナターシアに張られた結界のせいでどこにも逃げられない以上、これまでのディアドラと同じにはできないことは理由をひねり出しつつ、それ以外ではディアドラらしく振る舞うしかない。
――と、考えてみたけれど……できるわけなくない? 無理ゲーじゃない? なんで私、こんなことになっちゃったの?
泣きたい気持ちになりながら、私は両手で顔を覆った。
◇
「今日はいつもより遅かったですね。どうかされまし……ど、どうされました!?」
執務室に戻ってきたグリードの姿を見て、ジュリアスは思わず手に持っていた本を取り落としそうになった。
グリードが食事のために中座するのはいつものことだが、今日はいつもより遅かった上、見るからに暗いオーラをまとっている。椅子に腰を下ろしたグリードがジュリアスに視線を向けてくるが、その目の動きも緩慢だ。
「実は……ディアが〝ぼーどげーむ〟なるものに誘ってくれたのだが」
「はい」
〝ぼーどげーむ〟とは何だろうと疑問に思ったが、質問を挟むのは差し控えて続きを待つ。
「慣れぬゆえ、加減がわからぬまま大差で勝ってしまったのだ。ディアはきっと、私と遊んでもつまらんと思ったに違いない……」
「はあ……」
想定ほど大した問題ではなくて、ジュリアスはほっと息をついた。いや、グリードにとっては重大な事案なのかもしれないが、ジュリアスとしてはどうでもいい。
「初めてディアが誘ってくれたというのに、私は、私は……」
机に突っ伏してしまったグリードをちらりと一瞥してから、ジュリアスは自分の仕事を再開する。この分だと今日はもうグリードは仕事にならないだろうから、自分が多めにこなさなければ。
それはさておき、〝ぼーどげーむ〟とは何だろうと考える。ゲームとつくからには遊戯ではあるのだろうが、聞いた事のない言葉だ――いや、そういえば人間の書物の中で見たことがある。確かテーブル上で行う各種遊戯の総称だ。何の書物で見たのだったかうろ覚えだが、書庫に行けば思い出せるかもしれない。
ジュリアスはまだしょぼくれている主君をちらりと見、これも業務のためと考えることにして、手にしていた書物をそっと置いた。
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