01-03 十歳にしてチート能力、さすが魔王(7)
ジュリアスにしては長く席を外すなと考えながらグリードが執務をしていると、彼はなぜかとても満足気な顔で戻ってきた。常に冷静な彼にしては珍しく鼻歌交じりで仕事を再開するので、グリードは手を止めて聞いてしまった。
「何かあったのか」
するとジュリアスがグリードに笑顔を向ける。
「ええ。ディアドラ様とグリード様のお話をしてまいりました」
「!?」
何も飲んでいないのにむせそうになった。
どうしたらそんな流れになるのか理解できない。ジュリアスとディアドラは仲がいいわけではなかったはずだし、二人が仲良く話をしているところなどグリードは見た事がない。しかもジュリアスがグリードの話をする時、不思議なくらい熱が入りがちであることも知っている。あの調子でディアドラに自分の話をされたのだろうかと考えたら頭痛がした。嘘だと言ってほしい。
若い頃の話を娘に知られるなどそれだけでも恥ずかしいというのに、ジュリアスの語り口調で聞いたとなれば、恥ずかしさは十倍以上だ。次にディアドラに会う時にどんな顔をしていいのかわからない。
少しでも心を落ち着けるため、グリードは紅茶に手を伸ばす。ジュリアスが上機嫌のまま続けた。
「魔王に即位された時のことをお話したら、もっと聞きたいと仰せられましたので、幼少期から最近の話まで一通りのハイライトをお話させて頂きました」
「ぶっ――ゴホッゴホッゴホッ!」
今度は完全にむせた。
先程まで読んでいた紙が真っ茶色に染まってしまい、グリードは眉間を押さえた。目を強く閉じながら、混乱する頭をどうにか落ち着かせようと試みる。
――いや、いやいやいや、幼少期とか……やめてくれ……。
穴があったら入りたい。父親としての威厳が心配だ――そんなものがあるのかはともかく。
「大体、どうしてお前が私の幼少期を知っているのだ」
グリードの幼少期と言えば、ジュリアスはまだ生まれていない。彼はまだ十六歳だったはずだ。ジュリアスは当然のように答えた。
「父から聞きました」
「……そうか……」
ジュリアスの父とグリードは幼少期からの付き合いだ。確かに彼の父ならグリードの小さい頃の話はよく知っているだろう。恥ずかしい失敗も含めて。
ジュリアスがこうなったのも、彼の父が子供への寝物語に、脚色した英雄譚としていろいろな話をしたからだ。英雄に憧れる少年の夢のようなものを壊すのもどうかと思うし、現実を知ればそのうち薄れるだろうと何も言わないようにしていたが、娘に話すのは勘弁してほしかった。
頭を抱えたい心境ではあるものの、一方で〝もっと聞きたいと仰せられましたので〟という言葉を反芻する。ディアドラとは親子としての良好な関係がうまく築けていないと感じている。それでも自分のことを知りたいと思ってくれているのかと考えると、心があたたかくなるようだ。その内容と、よりにもよってジュリアスから聞いたことは、勘弁してほしいところではあるのだが。
「ディアドラ様は救いようのない暗君にしかなられないと思っていましたが、あれほど素晴らしい方だとは思いませんでした」
「一体何があった?」
ジュリアスのディアドラに対する評価が、短い間に百八十度ひっくり返っている。ジュリアスは眼鏡を押し上げると真顔で言った。
「グリード様の良さがわかる者に悪い者はいません」
「その判断基準はどうかと思う」
だが愛娘の印象が好転したのなら、それは喜ばしいような、男親としては複雑なような、微妙な気持ちになった。嫁にはやらんぞと言いかけて、そもそもディアドラはまだ十歳だったと気がついてやめる。
「ディアドラ様は雰囲気が変わられましたね。反抗期を終えられたのでしょうか?」
「反抗期……?」
ディアドラのこれまでの暴君っぷりはそんなレベルの話ではないような気がしたし、彼女は生まれた時から気難しい子供だった。だが娘の気持ちなど、男親には難しすぎてわからない。あれが本当に反抗期で、それが終わったのならいいと思ってしまう程度には、娘への期待を捨てられないのだった。
「そういえば、大きな音がしていたが、あれは何だったのか」
「ザークシード様が城にまた穴を空けました。ディアドラ様と手合わせをしていたようです」
「そうか」
またザークシードあたりだろうとは思っていたが、ディアドラが相手だというのは意外だった。いつもディアドラは森に出かけているというのに珍しい。
「そういえば、ザークシード様がザムドに稽古をつけてやるという話をしているのを、ディアドラ様は羨ましそうに見ておられましたよ」
「ふむ……」
魔族は力が全てというところがあり、強いに越したことはない。体が出来上がらないうちから鍛えるのは成長に悪影響があるのではと思っていたし、ましてディアドラは女の子だからと武の師はつけずにいたが、鍛えて欲しかったのだろうかと首を傾げる。
とはいえディアドラには既に魔獣を軽く狩れる力がある。ザークシードをも
(……稽古か)
これは娘とコミュニケーションを取るチャンスなのでは? と考え始め、仕事をしていたグリードの手は完全に止まってしまった。
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