01-03 十歳にしてチート能力、さすが魔王(6)


 本なら部屋までお持ちしますよ、というジュリアスの言葉に甘えることにして、ジュリアスと共に部屋に戻った。世界地図を写した紙が一つと、さほど分厚くはない本が三冊。二冊が歴史に関するもので、残りが地理らしい。


「ありがと」


 一番上にあった歴史の本を手に取ると、ソファーに腰かけて早速開く。


 そういえば私、この世界の文字って読めるんだっけ? 本を手に取った瞬間不安になったけれど、問題なかった。ディアドラの記憶のおかげだ。最初のページには歴代魔王の名前や年代が連ねられている。現魔王は二百六十三代目らしい。つまりディアドラは二百六十四代目なのかな。


 こちらを観察するようなジュリアスの視線に気がついて、顔を上げる。見られていると読みづらい。


「何?」


「……いえ、別に。読み終わられましたらお戻ししますので、使用人にでもお申し付けください。私は大抵グリード様の執務室におりますので、私に直接申し付けて頂いても構いません」


「わかった」


 そうすぐに読み終わることはないと思うけど、とは心の中で付け足しておく。あ、でも、途中で投げ出す可能性はあるな。


 ふとさっきの会話が気になって、ジュリアスに質問を向けた。


「ねえ、ちょっと聞きたいんだけど、魔王にはどうやってなるの?」


 素朴な疑問のつもりだったのに、問いを発した瞬間、ジュリアスの視線が一気に鋭くなった。


「――魔王におなりになりたいので?」


 射殺されそうなほど冷たい眼光に、私は身をすくめる。


 ――いや、いやいや、私が知りたいのは〝魔王にならない方法〟なんですけどっ!


 バクバクする心臓を抑えながら、しどろもどろに答える。


「いや、さっき、その――あの人が即位したのが十五の時って聞いたから、どうやって魔王になったのかなと思って……」


「なるほど」


 ジュリアスが眼鏡をクイッとかけ直す。その向こうの表情がうかがいしれなくなり、私はそろりと彼を見上げた。次の瞬間、ジュリアスが食い気味に、勢いよく話し始める。


「そういう事でしたらお話しましょう! グリード様が即位される前のナターシアはあちこちで殺し合いの起こる、それはそれは酷いものでした。それを憂慮ゆうりょされたグリード様が立ち上がり、前魔王を討ち果たして魔王となられたのです!」


「え、はい」


「前魔王もそれは強大な魔王でした。しかしグリード様は恐れることなく立ち向かわれ、――」


「はあ……」


 ジュリアスって、こ、こんなキャラクターだっけ? 前のめりに現魔王の功績を称え始めるジュリアスを見ながら、私はぽかんと口を開けた。


 普段の冷静な雰囲気はどこへやら、ジュリアスは熱すぎるほどに熱く語り続けている。ゲームでのジュリアスは、前魔王の目指した魔族と人間の和平を実現するために聖女の仲間になる。だから現魔王びいきでもおかしくはないんだけれど、これは崇拝しているというか心酔しているというか、熱狂的なファンというか……。ジュリアスの語り口はどう聞いても推しを語るファンのそれだった。この世界にもオタクっているんだなあ。


 もしかしてジュリアスルートではこの熱い魔王語りを聞かされるんだろうか? ヒロインはこれを真面目に聞いてあげたんだろうか……聞いてあげたんだろうなあ……ちょっと変わってるけどいい子だから。


 でもよくこの状態からヒロインとの恋愛が始まるものだ。どう展開したら恋に落ちるんだろう。プレイしておきたかったような、面倒くさいからプレイしなくてよかったような……ちょっと複雑。


「現在ナターシアを覆っている結界もグリード様の発案です。以前は人間の町や村を襲いに行く魔族が後を絶たない状態でしたが、許可なくナターシアを出られない結界を構築することでそれを防いでいます」


 ん? 結界?


 そういえば、ナタ―シアは結界に覆われているんだった。そのせいで魔族は自由にナターシアを出られない。だからディアドラは仕方なく魔獣狩りで我慢をしていた。


 ゲームでも、ヒロイン達が子供の頃は魔族の襲ってこない平和な時代だったと語られていた。そしてある日突然、何年も大人しかった魔族が襲ってくるようになり、ヒロイン達に悲劇が襲い始めていた。もしかしたらそのタイミングがディアドラの魔王即位だったのかもしれない。ディアドラならそんな結界はさっさと取り除くだろう。


 つまりディアドラが魔王にならず、その結界を維持できれば、魔族も人間に平和に暮らせるということでは? それは素晴らしい思い付きのような気がして、腕を組みながらうんうんと頷く。


 それを勘違いしたのか、


「ディアドラ様もグリード様の素晴らしさをわかってくださいましたか!」


 とジュリアスが目を輝かせた。


 いや、違うけど……。


 とは言わずに、にっこり笑うことにした。沈黙は金。沈黙は金。


 それに現魔王は私の好みドンピシャなわけで、推しのエピソードならば全部知りたいと思うのがファン心理だ。語り口調が熱すぎて引いてしまっただけで、私だってジュリアスの語る内容自体には興味津々なのだ。


「もっと聞きたい」


 そう言うと、ジュリアスはとても嬉しそうに頷いた。そしてジュリアスの現魔王語りをひとしきり聞く頃には、私もすっかり彼の大ファンになっていたのだった。


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