01-03 十歳にしてチート能力、さすが魔王(5)
ジュリアスが本を持ってきてくれるまで暇だから散歩でもしよう。どこに行くか迷って、なんとなく中庭に足を向けた。
城の中庭は、辛うじて通路周りの草刈りがされているものの、それ以外は雑草が伸び放題になっていた。もちろん花など植えられているはずもなく、もっと言えば花壇などというものもなく、荒れ果てている。庭としての見ごたえはなかったけれど、ゲームのマップ画面を現実に見るとこんな感じになるのか、という意味では面白い。
「そういえば、この辺に宝箱がなかったっけ……?」
草むらをかき分けて探してみると、小さな布袋が落ちていた。誰かの落とし物かな? 開けてみると五千Gが入っていた。さてどうしよう。
「おーい、ディア!」
「ひゃあっ!」
突然後ろから声をかけられ、ついディアドラらしくない変な声が出てしまった。
手に入れたものを慌てて隠して振り返ると、ザムドが手を振りながら走ってくるところだった。そしてその後ろから大男が歩いてくる。ザムドと同じ漆黒の髪と浅黒い肌、そして紅い眼をしたその男性はザムドの父親だ。そして同時に魔王の配下、五天魔将の一人でもある。
「ザムドにザークシード、私に何か用?」
快活に笑いながら答えてくれたのはザークシードだった。
「
――何それっ!?
驚きに目を見開きながら、ばっとザムドを見ると、さあ褒めろとでも言いたげなドヤ顔だった。
言ってない! そんなこと絶対に言ってない!
ど、どういうこと? 戦おうという誘いに弱いから嫌だと答えたのを、斜め上に解釈されてしまったの? いやそんな、誰も強いならいいとは言っていないし、戦いたいとも言っていない。
あっさり引き下がったと思ったら、ザークシードを呼びに戻っただけだったってこと? 口は災いの元だ。余計なことを言うべきではなかった。
「いや、あの、私は」
「では早速――参る!」
「ひっ!」
私が断り文句を口にする前に、ザークシードが殴りかかってくる。とっさに避けたけれど、その拳は城の壁を打ち砕き、大穴を開けた。こんな攻撃が当たったら痛い。確実に痛い。なにこれ怖い!
「さすがディアドラ様。ではこれはどうでしょうか?」
「ちょっ、ひっ、待っ――」
連続攻撃を必死で避ける。
殴り合いの喧嘩なんてしたこともなかったのに、全て避けられたのはディアドラの体のおかげだろう。さすが未来の魔王だ。めちゃくちゃ速い連撃も、ディアドラの目は全て捉えて最小限の動きで避けられている。それでも怖いものは怖いんだけど。
「お見事! 次は――これで!」
ザークシードが掌を私に向けて突き出してくる。と思った次の瞬間には、そこから真っ赤な炎が飛び出してきた。
ひぃと叫びそうになったのに、心の怯えとは裏腹に、体は反射的に炎に向かって掌を突き出していた。私の手から飛び出した炎は、ザークシードの炎を包み込んで押し返し、そのまま敵の姿を飲み込んでいく。激しい業火は数秒で消え去り、残っていたのは焼け焦げた地面とザークシードだけだった。
ザークシードの体のあちこちから煙が立ち上る。先の炎の強さを表しているようだった。血の気が引く思いをしながら、慌ててザークシードに駆け寄る。
「ちょっ、大丈夫――!?」
「はっはっはっはっは! 私の炎を押し返すとは、さすがディアドラ様ですな!」
ザークシードは全く痛みを感じていないかのような笑顔で、両手を腰に当てながら大声で笑った。ザムドも目をキラキラさせながらこちらを見ている。
いや、待って、今のは全身やけどで救急車ものでは……?
唖然とするしかないけれど、どうやら大したダメージではないらしい。この世界ではこんなものなの? そんなことある?
「そのお年でこの力とは、まったく末恐ろしいというか、将来が楽しみです!」
「は、はあ、どうも……」
まだ煙が上がっているし、肌や服もあちこち焦げているように見えるけれど、何ともないの? 本当に?
そういえばディアドラは回復魔法も少しは使えるんだった。ザークシードに手を当てながら魔力を流すと、ゆっくりとだが確実に彼の体から火傷が消えていく。
「おお、これはかたじけない。しかし私では相手にならないようですな。これは失敬」
いや、充分強かったし、これ以上ないほど怖かった。
と思ったけれど、もう一度戦いを挑まれても困るので、何も言わないことにした。沈黙は金なり、という格言が身に染みる。これからは困ったら黙ろう。
「なあなあディア! やっぱり俺とも
ザムドが顔を輝かせながら寄ってきたので、私は一歩身を引いた。冗談じゃない。ザークシードがザムドの頭に拳を落とし、「お前はまだまだ相手にならん!」と叱ってくれる。
城の壁に大穴を空けた音と衝撃に驚いたのか、城の人たちが集まってきた。使用人たちが遠巻きに見ている中、近づいてきたのは一人の小柄な老人と長身の青年だった。
不健康そうな顔色をした老人は、五天魔将の一人、カリュディヒトスだ。彼はゲームでも前半に出てきたボスだった。そんなに強くなかったけど。
もう一人、長身の男性も五天魔将の一人で、リドー。黒い短髪はカラスを連想させる色合いをしている。略奪や破壊が好きなタイプだから、できる限りお近付きになりたくない。彼はザムドの次に強かった。
「これはこれは、さすがディアドラ様。そのお年でザークシードを凌ぐ力をお持ちとは」
カリュディヒトスがにこやかな――若干薄気味が悪い気もする――笑みを浮かべて小さく拍手をする。
「おお、カリュディヒトス。お主もディアドラ様に挑みに来たのか?」
「まさか。通りかかっただけよ」
何なんだろう、この、突然戦いを始めたことや、壁を壊したことに対する総スルーの空気は。魔族はこれが日常なの? 疑問に思ってディアドラの記憶を思い返してみると、日常だった。そ、そうか。魔族怖いな……。
「魔王様が即位されたのは確か十五の時でしたが、ディアドラ様なら今からでも魔王になれそうでございますな」
あごひげをさすりながらカリュディヒトスが言う。反応に困った私は、曖昧に笑うしかなかった。もう余計なことは言うまい。沈黙は金だ。
「カリュディヒトス、滅多なことを言うものではない」
「おっと、失言でございました。お忘れください」
ザークシードがカリュディヒトスをじろりと睨んだけれど、なぜだろう? ディアドラがいつ魔王になるのかは知らないけれど、間違ってはいない。
「いやあ強くなったなァ、お嬢。これは俺様も危なそうだわ」
リドーが私の頭に大きな手を乗せて、髪をわしゃわしゃとなでてくる。くせっ毛が絡まりそうなのでやめてほしい。
「……またですか、ザークシード様」
城の方から静かな、けれど苛立ちの混じった声が聞こえて振り向くと、そこに立っていたのはジュリアスだった。数冊の本と巻かれた紙を持っているところを見ると、私が頼んだものを持ってきてくれたのかもしれない。明らかに怒っているジュリアスに対し、ザークシードは全く気にしていない様子で明るく笑った。
「なあにこれくらい、お主の復元魔法なら一発だろうよ!」
「否定しませんが、私は無駄な労力を使うのは嫌いなんです。一体何回目だと思っているのですか」
ジュリアスはひとつため息をつくと、壊れた壁に手をかざす。すると、みるみるうちに壁は元の姿に戻っていった。穴なんて最初から無かったみたいだ。
「相変わらず見事じゃな。儂にはできん」
「回復魔法の応用ですので、カリュディヒトス様にも可能だと思いますが」
「いやいや、儂は回復魔法は苦手でな」
その魔法は私にも使えるのかな? 得意じゃないとはいえ回復魔法は使えるのだし、魔力がこれだけ高いのだから、復元魔法だって使えても不思議じゃない。城の調度品には高そうなものもあったから、使えるようになっておけばうっかり壊しても安心なのでは?
「なあ親父、俺もディアみたいに強くなりたい!」
ザムドがザークシードの腕にまとわりつきながら言う。ザークシードがおうと笑顔で請け負った。
「もちろんディアドラ様に負けないくらい鍛えてやるとも。厳しい修行で死んでも文句を言うなよ」
どんな苛烈な修行をする気だよ!
不安になりながら親子に視線を向けてみたけれど、ザムドもザークシードも楽しげだった。この戦闘狂父子め。
(……でも、ちょっといいなあ)
父と子が楽しそうにじゃれ合っているのを見ると、羨ましい気分になる。私には父親がいなかったけれど、現魔王とならあるいは……? と考えかけて、現魔王とディアドラが和気あいあいとしている姿が全く想像できないことに絶望した。変な期待をするのはやめよう。
「ジュリアス、それちょうだい」
持ってきてもらった本でも読むかと、私はジュリアスに声をかける。
歩き始めてから視線を感じて振り返ると、私を見ていたカリュディヒトスが薄く笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます