01-03 十歳にしてチート能力、さすが魔王(4)


 振り返ると、長身の少年が立っていた。春の若葉を思わせるやわらかい黄緑色の髪が、眼鏡の縁にかかっている。眼鏡の奥の目はややくすんだ赤茶色だ。


 彼は攻略対象のうち、唯一の魔族キャラ。ゲーム画面で見た姿より若いけれど、声変わりは終わっているらしい。ディアドラの記憶によると今の彼は十代半ば。美形に育つだけあってずいぶん可愛らしい顔立ちをしている。


「あなたこそ、どうしたの?」


 あまり挙動不審になっても怪しまれるかなあと、できるだけ冷静に聞き返す。とはいえジュリアスは魔族一の切れ者らしいので、私が動揺していることなどバレバレかもしれない。


 ジュリアスはゆっくり書庫に入ってきて私の隣に並ぶと、カチャリと眼鏡を押し上げる。


「ディアドラ様が書庫に向かわれたと聞きまして。何かお探しでしたら、お手伝いしようかと」


「……そう?」


 あれ、そんな親切なキャラクターだったっけ?


 ジュリアスはディアドラを好いてはいなかったはずだし、彼は親切というよりむしろ打算で動く腹黒キャラだった。彼のルートはクリアしていないから、実は違うのかもしれないけれど、〝大事な本に何かあったら困るから見張りに来た〟が正解な気がする。うん、たぶんあってる。


 信用がないのは残念だけど、来てくれてラッキーなのかも? この広い書庫から私でも理解できるような本を探すなんて大変だし、ジュリアスならこの書庫の本を全て読破していても不思議ではない。本心はどうあれせっかく手伝いを申し出てくれているのだから、頼らない手はない。


「じゃあ、子供でも読めるような歴史や地理の本でもない? あと何かお話が書かれた本とか……」


「歴史や地理に物語……ですか?」


 ジュリアスが訝しげに目を細めて私を見る。


 まあ、そりゃ怪しいよね。わがまま放題で本に全く興味を示さなかった暴君が、突然歴史なんて言い出したら、誰だって不審に思う。でも本は欲しいんだ。


 やや間があって、ジュリアスは明らかな作り笑いを広げた。


「物語を描いた本はございませんが、歴史や地理でしたら、いくつか見繕って部屋までお持ちしましょう。今後も私に言っていただければお届けしますので、わざわざ書庫までご足労頂かなくて結構ですよ」


「棚の場所を教えてもらえれば勝手に持っていくけど」


「いいえ、私がお持ちします。どうぞお引き取りください」


 ――ん? これは、暗に書庫に来るなと言われているような……?


 ジュリアスの笑顔の向こうに心なしか圧を感じ、私は冷や汗をかいた。でも、読んで理解できそうかは開いてみないと分からないし、背表紙を眺めて回るだけでも楽しい。それに世界地図も写したい。……とは思ったものの、ジュリアスを説得できる気もしなかったので、ひとまず諦めよう。


「じゃあ、世界地図の写しも一枚欲しいかな」


「かしこまりました」


 ちらりと世界地図を見てから書庫を出る。名残惜しかったけれど、早々に扉を閉められてしまい、その場を後にするしかなくなった。


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