白と黒の魔王













サァー……




ここは色んな草が自己主張する

名もない広き草原地帯



太陽が紅く溶け始める

皐月の白が揺蕩い踊る

春山の緑が遠く見える

そんな日常的な黄昏時


 

そこにぽつんと黒い影

その影は

カモミールの青年を肩に乗せて走っていた






開けた場所に来たな

最短ルートだからここを通るが

見られてしまってはまずい


「カラス」


スゥ


「ふわーあ…

んーだよ、夕方ぐらいが1番眠いってのに…」


目を擦りながら言う

眠気がこっちまで伝わってきそうな勢いだ


「飛んでくれ、30m上が理想的だ。」


「おーけー、はぁ、ねむねむ」


試合の時同様に

影を操り高速移動させるのは

カラス本人に負担がかかる


今は戦闘中ではない

体力を温存させておこう



バサッバサッ


ササ


そろそろか


地面に伏せ、外部との接触を断った


そして、約30m上空へ飛んだカラスを見て

黒の色操を発動させた



黒の感覚共有センスダンス



自分の意識をカラスの影を伝い、脳へアクセスし

感覚を共有するというものだ

かなり便利で、索敵の時重宝する




「…なぁなぁ」


数秒した後にカラスが話しかけてきた


「…?」


「さっきよ、あの弱っちいやつの考えを読んだろ?

あれ、お前の黒の能力じゃねぇよな。

なんで読めた?」


「…いつかわかる」



「…ま〜たアンタは「いつかわかる」って…

いいか?俺はお前の"剣"だ。だけどな……」


カラスは悲しそうな口調で続けた


「そんな俺でも感情は持ってんだ。

いつも一人で何でも背負い込んでる

アンタを見るなんて寝覚が悪ぃんだよ。」


「…」



カラスは数年間黒魔術師の相棒をやってきた

しかし

カラスはまだまだその相棒のことをわからずにいた


どこで生まれたのか

どこから来たのか

年齢や趣味、能力、好きな食べ物、悩み、素顔


全て謎だ。でも何も言わなかった。

どんなに問い詰めても「いつか分かる」

それしか言わなかった


それでも不思議な魅力のある人だった

だからここまで着いてきたんだ


それを思い出して冷静になった


「…すまん、取り乱した。」


「いや、構わない」


黒魔術師の黒いフードが

夕日に照らされた時

不思議と笑っているように見えた……




「…これは」


南西に一つ、人影が見えた

どうやら僕と同じく警戒しているようだ


カラスも見つけたのだろうか

目のピントがその人影に合った


「南西70m先に何者かいるぜ。

でも、なんか様子がおかしいような…」



南西と言えば、統率者の拠点もその方向にある

つまり…戦闘になる確率が高い


「……」




状況を整理しよう

今この時、カモミールの少年を担いで

統率者に報告しようとした所

その方向に待ち伏せしている者がいる


その者は恐らく一人、伏兵はいないだろう

強大な力を持っていて、その力に自信もありそうだ




「どうすんだ。戦うのか?」


「…お出迎えとあらばな。

カラスは最弱代表と共に影の中に入れ。」


カラスはこの時考えた


(最弱代表のやつ、いきなり代表になるとか

可哀想なやつだな。死ぬ可能性もあるし。

寝る前にこれからのことを話しておくかぁ

黒魔術師が負ける訳ないし、良いよな)


そんな強者の余裕、或いは油断

それは罪の一つと言えよう


カラスは今、それを犯した



「じゃあな」


ウゥン……


カガミとカラスは

黒魔術師の影の中へ埋まっていった

黒の世界へ

影の世界へ

至っていくのだった…








「行ったか。

……カラス、お前は生きろ」


"危険"

これは自分ではない

世界が告げた真実だ


ここから先に、今まで感じたことのない

強大な、何かがいる

そう、予感した



「…!!」


"強敵"

その言葉が浮かんだ

その言葉は、予期したもの


僕は右を向いた

その気配は濃くなっていく

まだ姿も見えないのに

圧倒的存在感に気付けば汗が出ている



(近づいて来ている

来るにつれ"漣"が伝わってくる

……これは、"白"の漣だ

懐かしいな、昔感じたことのあるものだ)


巌流島の佐々木小次郎のように

靜に待つ

この宮本武蔵は、どのような者だろうか


会っていなくても分かった

次に現れるのは、生涯現れることのなかった

"幻の好敵手"だと…


その時が、来た






「…」


「…ほう、あなたが…?」


いつでも無言だったからか

どうやら…俺のことがわかったみたいだ


「私から挨拶しよう」


彼は身長は同じぐらいで痩せ型

服装は白と金が混じっていて

赤のマントを靡かせている

魔人は本当に人間に似ているんだな


彼の周りに、スポットライトが当てられているのか

少しだけ輝いて見える

そんな彼は、妙な静けさをかき消すように



嵐を呼んだ――








ドヒュゥゥゥゥン


風が吹いた

その風は、雑草がお辞儀するぐらい強かった



(これ程の風圧を気合いだけで…!?)


相手が大きく口を開く




「"魔人の王"をやっている

名は"オリジン・ラグナロック"、その人だ

今、お前が目の前にしているのは

原始の魔人と知れ!!」




"原始の魔人"…!?


聞いたことがある

人類が文明を築く前に

東の地にて、魔人の王が建国したのだ


その建国の物語は、"白魔王伝説"として

人類の耳にも届いてきている


その王は、不老の力を持ち

今に渡り伝説を作り続けている


その魔人が今、ここにいる


(人類の住む場所から見て東の大陸から来たのか

ということは、海を一人で渡ってきたのか…!)


気持ちの昂揚が抑えきれない

伝説の中の伝説と今、対峙している






白魔王は考える


(この相手、不吉なオーラだ)


伝説と謳われる者でも

若干の不安を感じることがある


相手は今まで何百、何千年の歴史の中で

一位二位を争うほどオーラを感じ"ない"のだ


相手が話しかけてきた


「…今度は俺の番だな」


スゥゥゥゥ…


「…!!」


彼はフードをそっと下ろし

素顔を晒した



口は閉じていた

鼻筋は整っていて

目は灰に濁っていた


声は渋かったが思いの外童顔で

痩せこけてはいたが

内側には、炎が灯っていると感じた


それを見て、白の魔王は思った


(この者のオーラ…何なんだ…?

向かい合う敵がどんな色撃を使うのか

見れば分かるのに、この者には一切それを感じない

そして、あの目は異常だ……!!)


人間の雰囲気ではなかった

かと言って、その雰囲気はどのようなものなのか

今の世界では言い表せないものだった


一つだけ確かなのは

相手は"死"…そのものだと




一瞬の間

だがその一瞬は幾万の年月が過ぎたように

世界が変わった






「"暗き漆黒の死害地"《ブラックシャイン》」


急に周囲が暗くなった


相手を知るのに、それは

十分すぎるほどの情報量だった


「その色操、その黒い姿…その沈黙…!!」


「……当たりだ。

人類陣営、魔術師代表オルタナティブシャイン

そう…呼ばれている」






両者考えに耽る


(白魔王のあの反応…

待ち伏せていたのなら

当然俺の情報を得ていたはず

ここに来るのが誰かわからなかったのか

……いや、余計なことは考えるな…)


黒魔術師は暗殺者として考える所があったのか

余計な思考をしていた







(私の色撃が周りが暗くなったことによって

使いにくくなっている。不利な状況だ

間合いは20m…一歩で行ける距離だ

ここは仕掛けてみるか)


白魔王は攻めの一手を考える









「…」



「…黙っていても何も始まらない

さっさと始めてしまおう、黒魔術師!!」


ス…


「…?」


白魔王が右足を前にした時


ダーーン!!


「!!」


それは、地面が抉れるほどの力で

第一歩を踏みしめた


巨人の一歩だった

恐らく能力無しの素の運動能力でこれなのだろう


(速い!)



黒塗りの暗黒閃ソニックダーク



俺は自分の影を操り

体の動きを加速させた




「崩れろ!!」


ヒュヒュヒュヒュヒューーーン!!!


白魔王は接触する前に

複数回、空に打撃をした


そしてその空気の塊が

頭、腕、胴体、両足に向かい襲ってくる


(体勢を崩そうとしてるのか

だが…!)


ガッ!


黒魔術師は右手を草の影に当てた



「軌道をずらせ!!

――黒く輝く全吸のブラックホール!



草を操って

向かってくる空気の塊の軌道をずらす…!


シュシュシュー……ドゴゴゴーーン!!


(ただの素振りであの威力…!)


爆裂音が聞こえる

空気の塊が触れた場所にクレーターが出来た

冷や汗が少し出た


しかし、白魔王は容赦なく近づいてくる


(あの魔人は、まだ色撃を何も使ってきていない…

俺のことを品定めしているのか…?)


それに怒りは感じなかった

むしろ喜ばしいことなのだから


…と、少しすれ違いが起きた


しかし、黒魔術師は悩んでいた


(俺の黒の色撃は決まれば強いが

それはいつも格下の相手だったからだ

しかし、今回は"何段階も上の格上"

こいつの影を踏むには

ただの攻撃では隙すら与えないだろうな……)


黒魔術師単体で格上と戦うのは"愚策中の愚策"


彼の色撃は

物体の影に触れて初めて真価を発揮するもの

格下にならそれが通じるかもしれないが

今回は確実に格上…背後を取るのは至難の業だ


そこで冷静に周りを見渡した


(ここは広い草原地帯…遮蔽物はない

どこかに巨大で

伝説の人物にも隙が生まれそうな物

…あれは!!)


…スタタッ!


俺は高速で春山の影がある場所へ移動する


「そうはさせん!」


白魔王が行手を阻もうとする


「……邪魔をするな!」


シュピィィン…ドドドドドッッッ!


草を刃物の形にし、白魔王に向けて発射した


「くッ!」


白魔王は襲いかかる草に歩を阻まれる




サッサササッ


白魔王は避け続ける

草が一斉に刺しに来る時を待っていた


(右、左、前、後ろ、上……

今!!)


「ハァァ!」


白魔王は右腕で周囲の草を全て薙ぎ払った


ブゥゥゥゥン!!


シュゥゥッ……


薙ぎ払われた草はあまりの腕力により

細胞レベルまでに粉々になった





(今のでだいぶ山に近づかせてしまった

そのかわり

彼の周りにあった暗闇が遠ざかっていく…

使うなら、今)


白魔王は、赤いマントを脱ぎ捨て

天に祈りを捧げる



「神々から賜りもうた、数多の光よ…

どうか私に、身心の許す限りの祝福を!」



熾天使の白翼セラフィックウィング











(…あの山の影まであと10m

何も問題が無ければ……?)


ピカン…


光った

それは宝石が輝いたように、美しい光だった


その場所には

白い翼を持つ魔人が立っていた

天使の翼のように、その輪郭は美しかった


魔人は、微かに白いオーラを放って

こちらを向いている


(なんだ…!?あれは?)


その姿を見てたじろぎそうになった







それは一瞬の猶予


幾度となく勝利を齎した男の

暗殺者の勘が言っている


「――死ぬ…!」


イィィィン!!


白魔王が白い光を纏わせ

通った場所の草が焦げる程の恐ろしい速度で

右手を前に出しながら飛んでくる


それを見て俺は素早く体を左に捻った


グチャッ……






「ぐ、あぁ、ぅ……!!!!」


左腕の感覚が無く、そっちを向くと同時に

信じられない程の激痛に襲われた

左腕がちぎれていた。


血管が飛び出し、血が滝のように出ている

骨が折れ曲がっていて、常人なら発狂してるだろう

油断すると気を失いそうだ


だが…


左腕を犠牲にしたおかげで勢いを止められた…!


ガシッ


「捕まえたぞ…」


黒魔術師は右手で胸ぐらを掴んだ



「何!?」


白魔王は驚く


(なん…なんだ、この「勝利の執念」は!?

これは戦い慣れているだけじゃない…

何が彼をここまで突き動かす…!?)


白翼の魔人は黒尽くめの男の気迫に圧され

魔人は蜘蛛の巣に引っかかった蝶のように

抵抗出来ずにいる




「一発で終わりにしてやる…!」


スゥゥゥゥ……


「!!」


黒の魔王は睨みながら言うと、頭を後ろに引いた


(避けられない…!?)


ドサッ










「…………………………」


「……はぁ、はぁ………………」


それは唐突の終わりだった

黒いフードが再び顔を隠す

黒魔術師が膝から崩れ落ちたのだ


「意識を失ってなお、胸ぐらを掴んだまま…か

……素晴らしい執念だった。」


白の魔王は

相手の心に敬意の念を込めてそう言った











その場から立ち去ろうとする時だった


サァァァァ


風でも吹いたのか

草が揺れる音がした


「…?」


振り向いた時はもう遅かった



ドゴォォォォォン!!!



「ブハッ!」



瞬間、黒い飛来物が顔にぶつかってきた



「カァァァ!!!」


その黒い飛来物は、カラスだった



「おはよう、カラスさん!!」


「おう!黒魔術師を、何としてでも生きて帰す!

それはそうと

さん付けはちょっとくすぐってぇな!!」


意気揚々と目の前に二つの影が現れる


その二つの影は一つはカラス、もう一つは

青いシャツと白いズボンを履いている青年

その二つの影が立ち塞がる



真っ先に気になった所は

青年のシャツにカモミールが

一つ絡み付いている所だった


「喋るカラスに、カモミールの青年…

黒魔術師の仲間か…?」

 


草が生い茂る空間で

虫達の声が再び鳴り響く

皐月の白に緑が似合うこの場所で

四つの影が違和感を与えていた




非日常的な五つのクレーター

暁の光は既にさよならをしている時

それは

カモミールの青年と

カラスが目覚める時でもあった…

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