黒の前日譚







カガミが攫われる数週間前


それは、黒魔術師が代表になった時のこと










ここは…神の住む場所と、二つ名を冠している


天空を漂い

数々の伝説達が集うその闘技場は



"天空闘技場"と呼ばれている



そんな大空のすぐ下で

今日も僕はぼーっとをする

こんな日々が気持ち良くて

ついついくしゃみをしてしまう


襟すり抜ける風

蒼が澄み渡る空

あぁ、神は何を思ってこの空を作ったのか

日頃、思う




そんなことを考えている僕は

いつも黒尽くめのローブで、フードを被っている


この服は自分で作った物だ

すごく気に入っている


しかし、その姿からか

皆から黒魔術師と呼ばれている



身長183 体重は痩せている方だ

年齢は30…いくつだったか


そんなことより、昼飯はどうするか






「隙だらけなのだわ!」


気合いの入った声が僕を差した

それだけで元気になれそうな勢いだった


こんな死んだ魚の様な目も大きく開きそうになった

少し興味が湧いた


しかし、僕はやる気が無いので

暫く風と戯れ合うことにした




スゥゥ…


僕の影から生えてくるように、1匹のカラスが出てきた

漆黒のローブによく似合う、いい鳥だ


カラスは慌てている


「おい」



「……」


そんなカラスの姿に疑問を持つ

確かに相手が仕掛けてきた

慣れすぎているせいか

大して驚きもない



会話は最低限、行動は慎重に

求められるのは堅実なプレイスタイル


そんな有限のRPGゲームを

今日も楽しむとしよう






間合いは15m

攻撃が届くのに後0.75秒ぐらいだ


神童と謳われる小柄な少女が

風に乗り

青空の下

走り出す


その近くには

鋼鉄の刃が三剣、空中を舞いながら

太陽の光を纏い

回り

周り

廻っていた



この少女は、世にも珍しい"無色"使いだ

正確には、無色透明だ



あの短剣の刃は銀色だが

よく研がれているせいか

景色を映して、色が変わり続けている


何にも属さない無色の内に入るだろう

多少は操れるらしい




その真の力は

何秒か先の未来が見えるという


面白い

因果律は決まっているのか

それとも変わり続けているのか

その真実を、彼女だけは知っている


いい機会だ

彼女の目に何が映っているのか

動きで答えを見つけられそうだ



若いからなのか

物事の全てに期待をしている

そんな純粋な目をしている


その姿を見て、不快な気分になってきた

俺のこんな腐った目では

世界は灰色にしか映らないのに






後0.42秒前


攻撃が来る前に

ぼーっと暇つぶしをすることにした

前に見た人類史でも思い出すか




人類は、755年前に現れ始める


その前から、人間によく似た

"魔人類"や"機人類"がいたと言われる


この三種族が、"三覇"と言われ

互いに頂点を競っている


今は互いを理解し始め

小競り合いはなくなってきている




0.36


この試合に勝てば、晴れて代表として

"却我(きゃくが)世界大会"に出場できる


この世界大会は文字通り

人間、魔人、機人の代表達が種族関係なく出場し

トーナメント式で最強を決める大会だ


世界大会に出場する手順はこうだ


地区予選を通り越した後に地方大会で好成績を収め

この全国大会優勝で代表として出場できる




0.27


三覇はそれぞれ、何百年もかけて

色操(しょくそう)や色撃(しょくげき)を駆使し

発展してきた


色操とは、家事や生産などに使われる常用業

そして色撃は、戦闘や戦争なので使われる非常業


例えば

色操が得意な者は料理人や鍛治職人

色撃が得意な者は戦士や武闘家など

役割分担をして発展した


おかげで人間の暮らしは

非常に豊かなものとなっている



0.19


そう言えばかつて

この色の能力に疑問を持つ男がいたな


この業は太古の昔にあったとされている

"古神(ふるがみ)大戦"の時

神が作ったという"神の創造物説"


そして、その神がこの色撃を使ったせいで

新たな法則が作られたとも言っていた


その世界こそが、この

"カラーワールド"だ







ワァァァ


この歓声は、脳を震えさせた


そうか、そうだったな

この試合は魔術師代表が決まる戦いだ

最強の色撃を繰り出す者が代表になれると言う


大事な時だとは知っている

だが、柄じゃないことをやると

柄じゃないことが返ってくることも知っている


苦戦をしたことがない…俺は

いつもしているように、決して本気は出さない

圧倒的な力の差を見せつけ

戦意を喪失させよう


カラスは良いポジションにいる


絶対の自信を持ちながら

絶対の強者として

完全勝利を収めよう




少女の攻撃が届く寸前に

さっき言った疑問をぶつけてみることにした


「……10秒後の未来はどうだ?」


「…」


少女は、さっきから足がだんだん遅くなっている


未来を見ている内に

嫌になってきたのだろうか



彼女の行動では、状況は変えられても

結果は変えられない

"絶対の未来"と言うものが何回かあるのだろう


期待してガッカリした

すぐに片付けてしまおう





刃が届く寸前だ

少しだけ、俺の能力を披露しよう




  

"黒く輝く全吸の星"《ブラックホール》



シュゥゥゥン!!!


「カァァァァ!!」



カラスは高速で突撃した


簡単に話せば

カラスの影を操って突撃させた

それだけのこと


俺の操る色は"黒"

何色にも染まらず、染まらせる

最強の色だ






「いま!!」


パリィィン!!


スタタッタタッ


「くそ、避けられた」


カラスは避けられた事実に驚いている



俺はすぐに状況を把握する



剣を空中に回らせて間合いを詰める

あの感じ、攻防一体で隙がなかったな


一つ目の剣を犠牲にして

カラスの突撃を回避し

間合いを空けられた



油断させられ、色撃を躱された

足を遅くしたのはわざとか


心理戦が得意なのか未来の通りやったのか

それとも、彼女の父親の影響があるのか


考えがあって行動しているな

良いセンスだ






少女は考えていた


(剣は後二本、間合いは8m

黒魔術師は油断していた

あのまま決めれば勝ちだったかも……)


プルプル


「!?」


気づけば足が震えていた


彼女はある未来を見た

それは、自分が死ぬ未来だった


それが事故ではないと確信できることがあった


(一瞬だけど目が見えた、あれは

人を何人……いえ

何百人も殺してる目だった……)


戦いを通せば相手がどんな人かある程度はわかる

そのわかったことは

敵にしたら悪いことが起きる


そのたった一つの情報

或いは最悪の情報

それを知ってやることも一つだった




「……降伏するのだわ。」




ワァァァァァァァ!!!


会場の歓声と熱気が伝わってくる




「……」


結局、彼女の未来視は何だったのだろう

降伏をした

恐らく俺が少女を殺す未来があったのだろう


そしてもう

大空の下に赤い血が流れることはなくなった


あの少女は未来を変えた


未来視という強大な力を体験した…僕は

この国の未来は安泰だろうと

そう考えた時

少しだけ救われた気がした


黒い目に微かに光が宿った






これにて、魔術師代表は決まったのだった……





















スタ スタ スタ スタ


ガチャッ


「……失礼する」


僕は一定のリズムの足取りで

高級そうなドアを開ける



「……ご苦労、お見事だった」


ここは世界大会を催す人類側の

"上の存在"がいる会議室


今喋っていたのは"人類の統率者"だ


「流石は我らの"黒の暗殺者"

他の魔術師などには、絶対に敵わないな」


「……いえ、あんたの"紫"も、なかなかだ」


慣れない会話

俺は嫌々話をした




「…あの未来が見えるという少女

同い年なら負けていた。」


「ほう?」


「僕の色撃が初見で避けられた

こんなことは初めてだ。

後10年もすれば僕をも超える逸材だろう」


「それはそれは、面白い話だな

噂に違わぬ天才少女だったか

今のうちに繋がりを持ってみるとしよう。」


そう言うと、じいさんは笑顔で続けた


「私は部下に恵まれたな

上司としてこれ以上嬉しいことはない

改めて喜ばしく思うよ。」


スーツ姿で白髪が少し目立つじいさんは

嬉しそうにそう言った




今度はじいさんから話し始めた


「うむ…

最近、剣士代表が決まったぞ」


「……」


「興味がない訳ではなかろう

黒君と同じ"ニ強"と呼ばれる者に

相応しい人物だった

色撃は緑を得意としていたが

他の緑使いとは別次元の強さだった」


灰の目をした僕も

興味が湧く時もある

それが、今だ


「…それは?」


「"不可能な色"を使っていた

我々の脅威となる可能性がある

その時は…言うまでもないな」


……




お互い、あまり喋らない性格だ

会話は敵意があるかないかの判断材料であり

他意はない


それは無いと考えたのか

紫のじいさんは本題に入る


「…さて、もう会話は十分だろう。」


「…ああ」


「黒君が代表になってくれたおかげで

我々人類は支配者となる一歩手前まで来た

しかし、そんな中

まだ"最弱代表"が居ない」


紫の老人は任務を告げようとしている


正直好かないが、こちらも目的がある

それまでは、従ってやるとするか


「そこまで言えばわかる

それ以上の言葉は要らん

前から適している人物を知っていたからな。」


言い捨てるかのように言い

黒い感情が混じるこの場から

すぐに立ち去ろうとした




「…少し待たんか」


振り返ると老人は、心配そうな顔だった


「最近魔人の動きがおかしい

十分気をつけろ。」


「……問題ない」




運命に導かれるように

或いは抗うかのように

足取りは一歩一歩丁寧だった


こうして黒い魔術師は

カモミールの咲く場所に

青年の足音の鳴る方へ

歩き、逢いにいく






それは……


――遠い日の奇跡だった

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る