魔王 ヒヒュドラード・ラングリッサー





あれから私達は、

一晩中、患者の傷を元通りにしていった


皆、積極的に患者の元へ行き

傷を治していたので、

患者の口からは感謝の声が絶たなかった……


……




「ぐぅ……すー……ぴー……」


私達は、一通り患者の傷を治した後

城下町の宿屋で眠っていた


……


「……!!」


誰かの視線を感じて

私はベッドから飛び起きた


「……黒魔術師?」


私の寝ていたベッドのすぐ横


ガラスが張られた窓辺


そこには、月夜に照らされた

漆黒のローブが輝いていた




「……という感じだ。」


私は二人隊員が居なくなったのと、

医者としての活動は

今の所順調なことを説明した


「……そうか。」


「それで、何の用だ?」


「……前の話の続きだ。」


「そっちの騎士軍が腐っている……

って言う話のか?」


「……そうだ。

……今の騎士軍は腐っている。


……前に、騎士軍は実権を求めたと言ったな……

今度は、もっと詳細に言おう……」




………………


1週間前


名誉騎士城 一階 大広間


縦方向に30メートルはある大きな空間


上にはシャングラスや下には赤のジュウタンが

床を埋め尽くされる程敷かれていて、

王城なんかよりも、よっぽど豪華に見える場所


元帥が騎士軍幹部を召集しているとのことで

俺とヴァーズ中将はその場所へと赴いた




「………………」


「相変わらず、黒魔術師は無口だな。

……元帥が幹部召集命令を出すのは

珍しいことだ。

過去5年間、このようなことはなかった。」


「……前回は何だったんだ……?」


「前回は、どうやら

ハーデス神王国にある裏組織との取引だったな。」


「……裏組織?」


「私は途中で退席したから

どのようなことになったかは知らんが……

あれはダメだ。

命がいつ狙われるか知れた物ではない。」


「……幹部を召集する時は……

上層部だけの、内密な話をする……ということか……」


「……そう言うことになる。

お前は、口を出さない方が良い。

私も変な風になったらすぐに退席することにする。」


「……」



大きなテーブルに、豪華な食事がある


「……無駄に豪勢な食事だな……

最期の晩餐に……最適だ……」




ザワザワザワ


「集まってきたな」


周りに、中将以上の位を与えられた者とその護衛達が

一同に勢揃いしている


「………………」


俺は目立たないよう、無言で立ち尽くしている




カツ カツ カツ


「……皆の者、集まっていただき、ご苦労であった。」


!!!


革靴の歩く音を鳴らして

大きく開いている、高級そうな木の大扉を

一人の男性が通り過ぎて、こちら側へ来た

全員が振り返る


その男のオーラは隠しきれていない


当然だろう……この男は……

ヒヒュドラード騎士軍 第20代元帥

  "ヒヒュドラード・ラングリッサー"


現騎士軍元帥だ


赤色のロングヘアーをしていて

朱色のレザーコートを着ていた

50過ぎのその男は

優雅な足取りでこちら側へとやってきた


「……」


俺は変わらず、無言で立っていた




シーン……


騎士軍元帥が来たことによって、

周りの空気は、痺れるかのように重くなっていた


カツ カツ カツ……


壇上を上り、卓が置かれてある場所に着く


「……まずは、集まっていただき、

ありがとうございます。」


……


周りの人間は、静かな様子で

騎士軍元帥を見ている


「さて……早速ですが、

そのテーブルに置かれてある食べ物を

食べてもらいたく思います。」


!?


「もちろん、強制ではありません。

ですが、もし食べれなかったのなら……

今の位まで上り詰めてきた貴方達には悪いですが、

このヒヒュドラード騎士軍から

出ていってもらいます」


ガヤガヤガヤ


騎士元帥の言葉を聞き、

さっきまで黙っていた人達が、一斉に騒ぎ始めた


当然だ

今まで見たこともない見た目をしている食べ物も

中には混じっていたのだから




「……」


騎士軍元帥は黙っている


俺達は……試されているのか


「……一つ言い忘れていたことがある。

もし……ワタクシの出した食べ物を

口に運ぶことが出来たら……

今、ヒヒュドラード騎士軍に一つ空いている

"大将"の位を与えよう。」


!!!


ザワザワザワ


「大将……!!?」


「あの元帥直々にか……!?」


周りは、その待遇の良さに騒然とした


「……ヴァーズ中将。」


「分かっている……私は食わん。」




……


騒然としていたのが、

今度は妙な静けさに見舞われている


「……騎士軍大将の座は

俺がもらうぞぉぉぉぉ!!!」


一人の男が、ステーキを貪欲に食い始めた!!


オオオオオオ!!


それを見た周りの人間は

負けじと出された食事を食べ始めた




ガシャーン!!

パリーン!!


皿やグラスが壊れる音がする


他の人間には大将にさせぬと

食べ物を独占しようとしたのだ


その光景は、実に滑稽だった


「……今より上の役職になろうと言うのは分かる。

しかし、自分達より上の人間に

良いように扱われてる犬に成り下がるなど……」


ヴァーズさんが言った


「………………」




「見ていられん。

騒ぎに乗じてここを出るぞ。」


「……分かった。」


俺達は、3度目の騒然を利用し

騎士元帥にバレぬよう、

ひっそりとここから出ようとした


タッタッタッ


「扉が閉まっている!?」


ヴァーズさんが驚く


さっきまで開いていたはずの大扉が

ここを通さないと覚悟を決めて

障害となって立ち塞がっていた


ガチャガチャ


「……開かない!?」


俺は扉を開けようとドアノブを回したが、

全く回らない。


どうやらここから出るのは無理のようだ




……


「……?」


気付くと、周りの騒然とした空気は無くなっていた


俺は不思議に思った


お互いを蹴落とし合い

欲望の欲するまま争うと思っていたが……


周りを見渡して見ると、

周囲の人間は驚くように落ち着いていた

さっきまでのことが嘘のように




「……フッフッフッ……」


騎士元帥が笑った


……


落ち着いた雰囲気で、

出された食事を食べた人達は

騎士元帥の方を向いている


「5年前からこうすれば良かった

……前からワタクシ達騎士軍は

列強国の中で、軍事力はトップだった。


しかし、欲望が足を引っ張り、

自分達の、本当の能力を発揮できずに居た。


……ならば、その欲を殺してしまえばよかろう……

貴方達も、そう思わないか?」


「「!!?」」


まずい

こちらを見られてしまった


いや……最初から気付かれていた?




「……騎士元帥さんよ。

言っておくが、私らは食わないぞ。」


ヴァーズさんが言った


「第5人目名誉騎士……ヴァーズ・オールド

そしてその暗部の隊長、黒魔術師……


我が"新生ヒヒュドラード騎士軍"で

働いてみないか?


ここに居た幹部達は欲深くて

大将の器ではないんだ。」


「……ここの人達は何なんだ?

……目が虚ろのようだが……?」


「黒魔術師か、なかなか洞察眼がある。

言えばワタクシの操り人形だよ。


欲望を消し、特定の人物の言うことだけを

聞くようにする……

そんな魔法のような食べ物をある組織から貰ってね。


試してみれば、とても良い物だ……」


「何だと……!?」




「全員、そこにいる男二人を囲め」


タッタッタッタッタッ


……


「まるで生きた屍だな……」


「……ヴァーズ、どうする」


「……騎士元帥よ。

こんなことをして、何が目的だ!!」


「今回、騎士軍の統制に成功した。

次は……そうだな、次にヒヒュード13世を抹殺する。

その息子の代まで、王族は残さず殺す。


もしそれも成功したら……

ワタクシは、この国の新たな王として君臨する!!

300年前に実現出来なかった……

"アルカナ大陸統一"を、実現させよう!!」


!!!!!


「ハッハッハッハッハッ……!」


「化け物め……黒魔術師!!」


シャキーン!!


俺は持っていた毒ナイフで扉を壊した


「扉は壊した……!!早く!!」


タタタタタッ


「速い、流石は名誉騎士とその仲間だ。

良かろう!!名誉騎士とはいずれぶつかる!!

我が新生ヒヒュドラード軍と

どれだけ良い勝負が出来るのか……

試させてもらおうじゃないか!!!」


一匹の化け物は、笑いながら言った


その姿は、人間と言うにはあまりに悍ましく

人々は彼のことをこう言った


「魔王」だと……






「そんなことが!?」


「……今、名誉騎士軍とヒヒュドラード軍が

熾烈な戦いを繰り広げている……

……ここ中央から東はヒヒュドラード軍が……

中央より西は、俺達名誉騎士軍と……

国は今……二分化されている……」


「戦況は、今どうなっている?」


「……ヒヒュドラード騎士軍が優勢だ。

名誉騎士軍は……一部隊の質は高いが……

人数の差が……とてつもない……」




「……あまり他国の人間が介入して欲しくなかった


……しかし、そのプライドで

自分の国が、この世界の平和を終わらす程の

巨悪に成り下がってしまうのならば……

……俺はこのプライドを捨て、

喜んでお前の靴でも舐めよう……


第七医師団、ジオル・ドーヴェル

その魔法の力は、この戦いの戦力差を覆す物だ……

この戦いが無事、終わったら

お前達の仲間になることを約束しよう……


だから……お願いだ。

俺達、名誉騎士軍の、仲間になってくれないか……」


「……事情は分かった。

何が得で、何が損かという損得勘定ではなく……

一人の人間として、黒魔術師

名誉騎士軍の力になろう!」


「……ありがとう……すまない………………」

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