二時限目 絶望とは




「……ッッ」


ボッボッ…


手のひらの先にある不思議な光が

ついたり消えたり、点滅していた


「……アイリス?」


「うぅぅ……」


「……やはりか」


私は、アイリスのその姿を見て

苦しそうだと感じた


こうなることは予感していた。

アイリスに限らず、

こうなることは、予感していた。


思考中、雑念や集中出来ない事態に陥ったり

それに限らず、冷静ではない時は……


――戦えなくなってしまう


冷静な判断、イメージが出来なくなり

そして脳の消耗も激しいため、

戦えなくなるのだろう……


しかし、ビーストと戦うチャンスが来た今

それを逃すことは出来ない……!!




「アイリスーーー!!」


私は、柄にも無く大きな声で言った


「……!?」


「第七騎士群に来た時のことを思い出せぇ!!」


「第七騎士群に……来た時…………」






わたしは、第一騎士群から

第七騎士群に移ってからの様子は、内気な様子だった。



第七騎士群本部前広場


「……第一騎士群から来ました

アイリス・スカーレットです。

よろしくお願いします。」


オォォォォ……


「聞いての通り

女子編入試験でぶっちぎりの一位だった

期待の新人、アイリス・スカーレットが

ここに移動した。

これから仲良くしてやってくれ。」


第七騎士群の隊長が言った


ハイ!


全員が張り切った声で言う



スタスタスタ……


アイリスの自己紹介が終わり、

各々訓練に向かう



「……アイリスも驚かれたと思うが、

君は第一騎士群だけじゃなくて

騎士団全体で噂されていたんだ。


だから……そんな虚ろな目は

しない方が良い。

周りの影響とかじゃなく、自分の為に、だ。」


「…すみません。」


私のアイリスへの第一印象は

"第一騎士群の被害者"だと感じた。


第一騎士群は、あまりの厳しさから

抜け出したり、戦場から逃げたりすることは

そう珍しくない


彼女の場合は……使い捨てられたんだろう。

戦闘の才能ごと、ごっそりと。


なぜそう思ったか。

それは、濁りきった彼女の眼を見れば

誰でも分かるだろう……それ程だった




「……と言うように、

いくつもの視点で見て、兵法を活かすこと。


……と、もうこんな時間か。

次は後方支援の授業をする。

これも重要なことなので、

新しく入った新兵と訓練生は

しっかりと聞いて学ぶように!」


黒板とチョークが似合う隊長が言った


アイリスは思う


(第一騎士群では、

軍事教育なんてなかったのに……

今更習ってもな……)



隊長の講座を受けた後、

私は早速黒板消し係になったので、黒板へと向かう


「……ぬぅ」


なかなか落ちないチョークの粉


背伸びをして、頭上にある文字を消そうとする


サーッサーッ


「……ぬ?」


隣に来た誰かが、わたしが届かなかった文字を消した


「あ、いきなりごめんね!

ワタシも同じ黒板消し係なんだ!」


「……そうなんですか。」


「いやー!今までワタシ一人でやってたから

アイリスさんが来てくれて助かるよ!」


「……」


「ねぇ、アイリスさんってさ、クールだよね!

ワタシなんか、いつも大声出しちゃって、

まるで「飲み会の時のバカ大学生かー!」ってね!!」


「……」


「あ、ごめんごめん

ワタシはカレンって言うの!宜しくね!!」


「……よろしく」




それから数時間した後、自由時間になり

私は早く一人になりたくて、

第七騎士群の奥にある武道館へと向かう


タッタッタッタッタッ


「ハァ、ハァ……なんで私、走ってるんだろう……

なんでこんな、逃げてるって感覚に陥るのかな……」


そうしている内に、武道館に着いた


中はよく掃除されていて、

席はなく、純粋に稽古として使われているんだろう



「……」


よく眼を凝らしてみると、

奥に隊長らしき人が見える


(何をしているんだろう……

気配を消して探ってみるか)


わたしは足音を消して移動し、呼吸音を抑え、

武道館の入り口の扉から

そっと覗き込む



「……アイリス・スカーレット

体重49キロ、身長153センチ、

性格は内気な感じがするな……


カレンとの相性は良いと思うが……

仲良くやってくれるだろうか……」


(……正直、あまりカレンさんとは

付き合いたくないな…凄く疲れそう)


「履歴書は……と、「騎士団に入団前

母親の花屋でバイトをしていました。

接客はいつも優しいと評判だったので

この経験を活かして、まずは後方支援で

皆の傷を癒やして見せます」


……か。

案外可愛い一面もあるんだな」


(!!)


「学校からの推薦書は……

天真爛漫で、いつも笑顔で人と接していて……」


ダッダッダッ!!


「……!!」


わたしは、隊長の正面に出て、

無言で睨み、進んでいく


「……ほら」


バッ


「!?」


隊長は私を見ると

すかさず竹刀を投げて、渡してきた


「ここは静かで、誰もいないから

いつか休み時間にここに向かってくると思っていたよ。


準備出来たら、私と一本しよう。」


「……」


(わたしを待っていた……!?

というか、もしかして今日の全部の休み時間の時

ずっとここに移動して待ってたの……?

もう講座全部終わって

自由時間になっちゃったよ……!?)


「……アイリス、

君はいつも無言だが、無からは無しか生まれない。

私は準備出来ている。いつでも良い。」




「……いつでも良い……か!!」


ドン!!


私は、下に落ちていた竹刀を

隊長目掛けて蹴り飛ばした


「!!」


カッ!!


隊長は剣を私から見て斜め右に弾いた


(……勝機!!)


ダダダダダダ!!


私は素早く移動し、弾かれた剣を取り

そのまま先生の後ろへ行き、視覚を絶った


(いくら隊長でも、

わたしの素早さには着いてこれていない……!!)


「取った!!」


私は隊長の胴を狙い

速度を生かす為に横に切ろうとした


カンッッ!!


「!?」


隊長は自分の剣をタイミング良く回転させ、

わたしの剣を受け流した


「その横切りは…編入試験の時に見た!!」


(速度も乗ってたはずなのに……!!

受け流された……!?)


隊長の力で、何もない方向へ進んでいく竹刀


掴んだ両手で、自分勝手な竹刀を制御しようとしたが

全く予想していなかった事態に

体勢が崩れてしまい……


「ハッ!!」


ドゴン!!


「……!?」


隊長は、私の竹刀を下段蹴りでへし折った





「……負けた……………………初めて負けた……

第一騎士群でも、負けたことなかったのに……」


「……私も、あと0.1秒反応が遅れていたら

きっと負けていただろう。

見事だった……が……」


「?」


「……今後は竹刀を持たずに

蹴って始めるのは止めること。」


「……はい。」


「あと、任務の時以外は先生で良い

呼び名は統一させたいからね。」


「…わかりました。」




それから、自由時間になったら

わたしは毎日武道館に行った


三日後


ダンッ!!


「また負けた……」


「また明日、な」


1週間後


ドッ!!ダン!!


「体当たりありなんですか……!?」


わたしはイラつきながら言った


「まだまだ、君には負けられないからね」


半月後


カンッカカンッカンッ!!


「まだまだぁ!!」


ひたすら先生の竹刀に当て、隙を作ろうとした


「……そこだ!」


カァァンッ!!


「あっ、竹刀が……」


「飛んでいったな。

勝ちはまたお預けだ。」


「……」




毎日毎日、欠かさずにわたしは武道館に行った

隊長と打ち合っている時は、

何もかもを忘れられた。


過去のトラウマなんて、

この間は一回も思い出したことはなかったんだ




1ヶ月後


カンッ!!


「……」


「動きのキレが増したが、

相手に読み負けしているな。

まだ、私は負けないよ。」


「……先生」


「……?」


「……どうしてこんなことするんですか?

1ヶ月前、負けたのが悔しくて

先生に挑んできたけど、

それが気づけばもう1ヶ月続いてる……

何でずっと付き合ってくれるんですか……?」


「……そんな急に、どうしたんだ?」




「……」


スウゥ……


私は、落ちていた竹刀を腰に運び

ゆっくりと姿勢を緩めて、深く深呼吸をする


「……もう一回ってことか。

今日は特別に、相手になろう」


先生は竹刀を右手で前に出し

こちらを見ている


今の私には分かっていた

先生は自分から絶対に仕掛けてこない




決めるなら一撃必殺


もう一歩速く


自分すら追いつけないほど……

"もう一歩先の世界"で……

この戦いを終わりにするッ!!


キキィ……


武道館の足と床の摩擦音と共に、

わたしは、最初の一歩を踏み出す


「終わりダァァァァァ!!!」


ズドォォン!!


「!?」



それは、全身の力が床に轟いた

無駄のない足運びで

敵の距離



呼吸


視線


足……


そして自分


全てを見据えた彼女の目には

何の曇りも見えず

たった一度の"勝利"だけを信じ……


――両を断じた



バチィィン!!


「…………!!!」


「おめでとう……君の、勝ちだ」


「……取った………………!!!

脳天……かち割ってやったぞぉ……!!」


「……抜刀術か、こんな速さの抜刀術は

今まで見たことなかったな……」




「……嬉しい。嬉しいけど、やっぱり分からない」


「何がだ」


「先生を倒せば、私が戦おうとする意味が

分かるような気がしたけど……」


「……フ、なんだ、だから挑んできていたのか。


さっき言ってたな。なんで付き合ってやったか……

そこまで深い意味はなかった


授業中はあれでも、打ち合っている時の君は

まるで、炎のような燃え上がる意思を感じた


私は、君が何故そこまで戦いに没頭するか

興味があったから戦ってきたが……なんだ

ただ、それだけのことか。」


「……先生、教えてください。

いや、本来なら私が考えるべきことなんですが……

どうして私は、こんなにも……

戦いに燃えているんでしょう……?」


「それは……そうだな、うん。"考えた"」


「……?」




「アイリス、人はどうして絶望すると思う?」


「……何でだろう」


「それは、"絶望は希望の一種"だからだ。」


「……」


少女は正座をして、熱心に聞いている


「例えば、「人を死なせてしまい、絶望する」とか

「この世界に絶望する」とか

絶望に経緯は違えど、でもその全てが

自分を信じ抜いた結果で、絶望は作られる


しかし絶望をしてしまった。

これは苦痛だろう。


しかし、人はそれを糧にして、進化する。

何十回、何百回絶望しようと、

人はその分進化する。


そこで私は思ったんだ。

絶望は希望の一種なんじゃないかって。


希望は人を幸せにする。

明日への生きる意味となって、

夢さえも抱かせる、素敵な物だ。


絶望は人を不幸にさせる。

明日への生きる意味もなくなるかもしれない

夢も消えるかもしれない。最悪だ。


だけど、それを経て進化出来るなら、

私は希望よりも絶望を選ぶかも知れない。


仮に過去に行く時、記憶が消えるのは嫌だろう?

絶望しても、無くて良かった絶望は絶対に無い。


だから人は絶望するんだ。」


「あの……それが、私のことに何の関係が?」


「君は、過去に何があったかは、正確には知らない。

だけど、きっと一度は絶望して、

そんな風になったんだろう。


だけど、絶望を乗り越え続けた君は"最強"になったんだ


何度絶望して夢が消えようと、

何度絶望して泣いても、

何度も何度も絶望しても、立ち上がり続けた……!


これからも、意味なき戦いに身を投じるだろう

一年、五年、十年後も……恐らく君は戦い続ける


君は、それでも、上へ、上へと立ち上がる……!

そんな"無敵のヒーロー"に、君はなったんだよ。」


「……私が、ヒーロー……!!」

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