第36話 首都崩壊~世界を救いに行くんだよ(5)
爆音をなびかせて、車はひた走る。
大通りには、所々に放棄された車が停車していた。
メガデスの操るパトカーは道路に横たわる障害物を、鮮やかなハンドリングでかわしてゆく。
そのパトカーを、頭上から数匹の魔族が追いかけてきた。
魔族たちは魔力に反応して、集中的に攻撃する習性を持っている。
魔導力自動車などは、魔族を引き寄せる絶好の囮であった。
バックミラーで魔族の姿を確認しながら、メガデスはさらに車を加速させる。
「ふわぁああああっ!」
荒っぽい運転に、車内で揺られながら、助手席のクリーデンスが口を開く。
「これってさ、問題なんじゃないのかな!」
「何がだ?」
「何がって、メガデスくんは仮釈放中なんだよ、一応。それなのに、無免許運転だなんて」
「いまさら、何を言っているんだお前は。非常事態だ、多少のことは目をつぶれ」
「多少じゃないでしょ。おまけに、スピード違反しているし、信号無視しているし、一方通行逆走しているし!」
「非常事態だ、目をつぶれ」
話している間に、目的地に到着した。
パレードの終着点は宮廷魔導士団本部、グラウンド・ゼロの前にある広場だった。
広場には、すでに数十体のガーディアンが到着していた。
街の各所から集結してきたガーディアンたちは、プログラム通り広場の中央に整列した。
「あのメガネ娘がやってくれたようだな」
メガデスの目論見道理に、事は進んでいた。
上空には、ガーディアンの魔力にひかれて魔族たちが集まってきていた。
さすがにこれだけの数のガーディアンを相手に、魔族たちは攻撃を仕掛けてはこなかった。
こちらを威嚇するように、頭上を旋回する。
「……すごい数」
空を埋め尽くさんばかりの数の魔族たちに、クリーデンスは息をのむ。
これだけの数が一斉に襲い掛かってきたら、ひとたまりもないだろう。
「これ、全部。倒さなくっちゃいけないの?」
「そうだ。一匹でも残したら、そこからまた増え始める」
「本当にできるの、こんなにいるんだよ?」
「まあ、何とかなるだろう。……それに、倒すのはお前だしな」
「え?」
「だから、お前が倒すんだよ。あの魔族たちを」
そう言うと、メガデスはベルトから剣を外した。
「俺に向かって噛みついたからには、相応の仕事はして見せろ。ホレこれ使え」
クリーデンスに向かって鞘ごと放る。
受け取ると、剣を鞘から抜き放つ。
鈍色に輝く刃を緊張の面持ちで見つめながら、クリーデンスはたずねる。
「……そういや、これって刃がついてないんじゃなかったっけ?」
「そうだ。だから、お子様でも安心して振り回せる」
「そうじゃなくて! 斬れない剣もたせて、あたしにどうしろってのよ!?」
「この剣は、霊魂そのものを吸収することができる。魔力を糧にする霊的存在である魔族には、絶大な効果を発揮する」
「でもあたし、剣技の訓練なんてしたことないよ。素手の戦闘なら得意だけど、武器を使った戦いは苦手なの」
「大丈夫だ。使い方は、お前の体が覚えている」
「え?」
「なんでもない。はじめるぞ」
そう言うと、上空を旋回する魔族に向けて、右手を掲げた。
「《仙境》より来たれ、白露の馬丁! 丹花に躍りて、辺々を成せ!!」
呪文と共に、掌から光球が放たれる。
打ち上げられた光球は、狙い通りに一体の魔族に直撃した。
「ギャァッ!」
神聖魔導の浄化の呪文と同様に、仙境の光は魔力を打ち消す効果がある。
呪文を受け、飛翔する力を失った魔族は、つり上げられた魚のように地上にたたきつけられた。
地上に落ちた魔族は、すぐさま起き上がると、こちらに向かって駆け寄ってきた。
「よし。いい感じのが来た。試しにあれを斬ってみろ」
「そんな、簡単に言わないでよ! 大根の試し切りじゃあるまいし」
「いいから、やってみろ。魔素は浄化してあるから、近づいても大丈夫だ」
言って、クリーデンスの背中を押した。
「……へ?」
つんのめるように、一歩前に出たところで魔族が襲い掛かる。
長い腕を振るい、かぎ爪を振り下ろす。
「ふぇえええええんっ!」
半泣きになりながらも、持ち前の反射神経でかわした。
かぎ爪をかいくぐり、脇をすり抜ける。
すれ違いざまに、クリーデンスは剣をふるった。
無意識にふるったその動きは、素人とは思えない見事な剣さばきであった。
横なぎに振りぬいた剣は、魔族の横腹を切り裂いた。
「ギャァァッ!」
それほど深い傷ではなかったが、それだけで十分だった。
脇腹をかすめたかすり傷は、瞬く間に全身に広がり、魔族は黒い塵となって消えた。
「あ、あれ?」
消えゆく魔族を、クリーデンスは驚いたように見つめる。
あまりものあっけなさに、自分でも信じられない様子だ。
「おー上出来、上出来。その調子でどんどん行くぞ」
そういうと、メガデスはふたたび魔導を発動する。
同じく、呪文を放つと、数匹の魔族が落ちてきた。
「あと二、三匹切ってみれば、カンがつかめるようになるだろう。慣れていくにしたがって、どんどん数を増やしていくからな。がんばれー」
「ちょ、ちょっと待って!」
慌てふためくクリーデンスに、魔族たちは一斉に襲い掛かる
「キシャァァァァァァァァァッ!!」
「ひいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」
わめきながらも、魔族の攻撃を華麗にかわしつつ、剣を振り下ろす。
バウンティ・ブレードの威力は、魔族の肉体に対して絶大な効果をもたらした。
魂を切り裂く聖剣をその身に受けた魔族たちは、塵となって跡形もなく消えてゆく。
そうして魔族たちを次々と倒してゆくと、やがてクリーデンスの動きに変化が見えてきた。
「たぁっ!」
重さとリーチを把握できるようになってきたらしく、剣の振りが徐々にコンパクトになってきた。
動きがシャープになった分、余裕を持って魔族と対峙できるようになっていた。
聖剣と一体となったクリーデンスに、もはや敵はいない。
さらに多くの魔族たちを屠ってゆく。
そんな調子で魔族たちを倒してゆくと、上空を舞う魔族たちの動きに変化が見えた。
「クェアッ!」
音を立てて翼を羽ばたかせると、魔族たちは高度を上げて地上から距離を取る。
ビルほどの高さまで上昇した魔族たちを、クリーデンスは下から見上げる。
「……あれ? 逃げた」
「逃げたんじゃねえよ」
クリーデンスの下へ歩み寄りながら、メガデスは言った。
「魔族といっても、こいつらは下級だからな。弱い相手には笠になってかかるが、強いとわかると途端にしり込みする。野生の獣と同じだ」
二人並んで空を見上げたまま、メガデスはつぶやく。
「本番はこれからだ。はじまるぞ」
「え?」
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