第35話 首都崩壊~世界を救いに行くんだよ(4)

「福音書7:31!」


 呪文の声と共に、魔族の体を覆っていた魔素が浄化されてゆく。


「今だ、かかれ!」


 クラウディアの合図とともに、隊員たちは一斉に魔族に襲い掛かる。

 隊員たちが手にしているのは、白兵戦用のサーベルだった。

 魔導の力で強化された警備隊の標準装備のサーベルは、強靭な肉体を持つ魔族にも効果を発揮する。

 魔導銃の弾丸を撃ち尽くした現在、サーベルは隊員たちにとって唯一の武器だった。

 一体の魔族を相手に、十数人の隊員たち。

 さすがの魔族も、数には勝てない。

 全身を切り刻まれ、魔族は断末魔の悲鳴と共に倒れた。


「キシャァァァァァッ!」


 ようやく一匹倒したところで、クラウディアは傍らにいるラオを振り向いた。


「大丈夫か? ラオ」

「はい」

 

 青い顔をして額を抑えながらも、ラオはこたえる。

 

「大分疲れているようだな。少し休め」

「そんな、まだやれますよ!」


 気丈に振舞ってはいるものの、限界なのは明らかだった。


「無理はするな。お前が倒れたら、あたしたちはお終いなんだ」

「でも、まだ……」


 そう言って、ラオは顔を上げる。

 視線の先には、魔族たちの群れがあった。

 一向に数を減らす気配のない魔族たちに、クラウディアは舌打ちする。


「くそっ!」


 ●


 大通りの広場では、魔族と警備隊の間で死闘が繰り広げられていた。

 魔導技工士があやつる無人兵器、ガルガンティアを前衛に配置。

 陣形の中に魔族を誘い込み、聖魔導の使い手であるラオが、浄化の呪文で魔素を除去する。

 そこへ、警備隊員たちが一斉に襲い掛かり、魔族を一匹ずつ倒してゆく。

 この作業を何度も繰り返しながら、魔族たちの侵攻をなんとか抑えていた。

 しかし、この戦法ではいずれ限界が来ることは明らかであった。。

 浄化の呪文を立て続けに使い続けた結果、ラオの疲労は限界を迎えていた。

 ラオだけでなく、隊員たちの疲労も激しい。

 このままでは、いずれ陣形を維持できなくなるだろう。


「クラウディア!」


 焦燥をにじませるクラウディアのもとへ、ケイトがやってきた。

 彼女は戦闘には加わらず、後方でガーディアンに指示を出しつつ、本部と連絡を取り合っていた。


「なんだ、ケイト?」

「城から連絡があった」

「そうか!」


 音信を途絶していた本部から、ようやく連絡がついたことはクラウディアを勇気づけた。

 とりあえず、本部は陥落していないらしい。

 希望に顔を輝かせるクラウディアの前で、ケイトは電文を読み上げる。


「“全隊員に通達。魔族を駆逐し、スペルディアを死守しろ。隊員たちは各自の判断で、行動せよ”。以上」

「……それだけか?」

「それだけだよ」


 電文をひらつかせて答えるケイトに、クラウディアは失望する。

 待ちわびた本部からの指令には、具体的なことは何一つ明記されていなかった。

 要請していた増援についても、何も書かれてはいなかった。


「一体どういうつもりなんだ、本部は?」

「多分、本部の方でも、方針が定まってないんだと思うよ。こんな事態、誰も想定してなかっただろうし」

「肝心なところは、現場に丸投げってか。まったく、これだからお役所仕事ってのは」

「あたしたちも役人でしょうに。……で、どうする? 具体的な方針は、現場に任せるって本部は言っているけど」

「あたしに聞くなよ」

「この場で階級が一番上なのはあんたなんだよ。あんたが仕切らなければ、何も始まらないんだよ」

「階級なら、あんたも同じでしょうが。同期なんだから」

「あたしは技術屋だもん。戦闘の指揮なんてできるもんか」


 二人で言い争っていると、

 

「クラウディアさん!」


 ラオの悲鳴のような声が聞こえた。

 振り向くと、ガルガンティアの包囲を突破して、魔族たちが押し寄せてくるのが見えた。

 辛うじて保っていた陣形が崩れた。

 絶望するよりも早く、クラウディアは動いた。


「全員撤退! この場を放棄し、本部に向かって撤退しろ!」


 命じると、クラウディアは押し寄せる魔族に向かって突貫した。

 無謀だということは自覚しているが、皆が逃げるための時間稼ぎくらいはできるはずだ。

 サーベルをでたらめに振りまわし、魔族の注意を引く。

 陽動に引っかかった魔族たちが、クラウディアに向かって襲い掛かってきた。

 節くれだった腕を振り上げ、かぎ爪が振り下ろされる瞬間、


「《深淵》より来たれ、払暁の藩主!」


 呪文の声と共に、影で出来た黒い槍が、魔族の体をやすやすと貫通する。


「クェェェェツ」


 怪鳥のような悲鳴と共に、魔族の姿は霧散する。


「……え?」


 さらに、クラウディアを取り囲んでいた魔族たちに、つぎつぎと黒い槍が突き刺さる。

 次々と倒されてゆく魔族に、クラウディアは絶句する


「な、なんだ今の?」

「魔族相手に一人で大立ち回りとは、なかなか気合が入った姐ちゃんだ」


 声に、振り向く。

 広場の端。

 街路樹の傍らに、メガデスがいた。

 その隣には、クリーデンスの姿もあった。


「宮廷魔導士団の中にも、なかなか骨のあるやつもいるもんだな。俺の部下ならば、とっくにケツまくって逃げ出しているところだ」


 その時、メガデスの背後に魔族が現れた。

 翼をはためかせ、頭上から魔族が襲い掛かる。


「後ろ!」


 警告よりも早く、メガデスは動いた。

 煩わしそうに右手を振るうと、影の槍が魔族に突き刺さる。

 

「キシャァァァァァッ!」


 一撃で魔族を葬ると、何事もなかったかのように話しかけてきた。


「大した度胸じゃないか。まったく、俺の配下に欲しいくらいだ」


 唖然とするクラウディアに向けて、メガデスは不敵な笑みを浮かべた。


「クラウディアさん!」


 全ての魔族が消え去ると、クリーデンスはクラウディアの下へ駆け寄った。

 

「クリーデンス? あんた、今までどこに……」

「ええっと、まあいろいろと……」

 

 曖昧な笑みを浮かべると、背後のメガデスを振り向いた。

 悠々とした足取りで歩み寄るメガデスに、クラウディアは鋭い視線を投げつける。

 

「さっきのアレは、あんたがやったのかい?」

「まあな」

「……あんた、一体何者だ?」


 メガデスは、答えない。

 にらみつけるクラウディアを、どこか楽しげに見つめ返す。

 クラウディアの下へ、ラオとケイトもやってきた。

 二人のメガデスを見る目つきも、今までと変わっていた。

 クリーデンス同様、今更ながらメガデスの正体に気が付いたらしい。

 羨望と畏怖が入り混じった視線にさらされながら、メガデスは口を開く。


「……ケイト、ガルガンチュアは何体残っている?」

「えっと、ここにいるのは、二十機くらいかな」

「この都市全体ではどのくらいだ?」

「百機、前後くらいかな? わからないけど」

「よし、残った機体、全てを一か所に集結させろ。できるか?」

「できるけど、……集めてどうすんのさ?」

「魔族どもは、高濃度の魔力に反応する。魔力で動くガーディアンを一か所に集めれば、それにつられて、魔族も集まってくる。パレードと同じ道順で歩かせろ。一か所に集まったところで、魔族どもを一網打尽にする――クラウディア!」


 次に、クラウディアに声をかける。


「警備隊は、市民の誘導だ。都市中央部から、外側に向けて誘導しろ。車は使うな。魔族を刺激しないよう可能な限り少人数で、分散して移動するんだ。こちらから仕掛けない限り、向こうも反撃してこないからな。魔導銃の使用は厳禁。もちろん、攻撃呪文の使用も禁止だ」

「了解」

「ラオは、みんなのサポートだ。けが人を見つけたら治療してやれ。治療術は使えるな」

「もちろん」

「よし、これを使え」


 そう言うと、肩に担いだバックを差し出した。


「なんです、これ?」


 バックを開けると、中から小瓶が入っていた。

 ポーションなのだろう、小瓶の中には色とりどりの液体が詰められていた。


「こっちの透明な奴は、外傷用の治療薬。傷口に塗り込んで使え。こっちの赤いのは解毒薬だ。魔素に侵された奴に飲ませれば回復する。それとこれは疲労回復のポーションだ。使い過ぎに気をつけろよ。副作用があるから」

「副作用って、なんですか?」

「気にするな」

「いや、気になるんですけど……」


 疑わしげな表情を浮かべ、それでもラオはポーションの入った小瓶を受け取った。


「それと、クラウディア、車を一台、用意してくれ」

「そこに無事な車体があるが、どうするんだ?」


 問いながらも、クラウディアは素直にキーを差し出す。

 矢継ぎ早に繰り出すメガデスの指示に、クラウディアたちは素直に従った。

 宮廷魔導士団の職員である彼女たちが、一般市民――それも、仮釈放中の犯罪者の指示に従ういわれはない。

 それでも、メガデスの命令に粛々と従っているのは、彼に名状しがたい何か――王の威風とでもいうものを感じたからであった。


「囮に使う。クリーデンス!」

「え、あ、はい!」

「お前は俺と一緒に来い」


 クラウディアからキーを受け取ると、車に向かって駆け出した。

 広場の脇には、車が一台停車していた。

 あちこち傷ついてはいるが、とりあえず動きそうではあった。

 運転席に乗り込んだところで、クリーデンスが追いかけてきた。


「何でメガデスくんが運転席に……」

「いいから乗れ」

「ひゃあっ!」


 無理矢理に引き込むと、車は発進する。

 爆音を響かせ走り去る車を、ラオたちは呆然と見送った。


「……行っちゃった」

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