第34話 首都崩壊~世界を救いに行くんだよ(3)
都市模型は、リアルタイムで地上の様子を忠実に再現していた。
破壊された街並みを、魔族を模したフィギュアが行き交う。
「……いったい、どういうことなの?」
魔族たちに蹂躙されてゆく街並みに、クリーデンスが狼狽する。
ミニチュアとはいえ、なじみのある風景が破壊されてゆくのを見るのは、やはり心が痛むらしい。
その隣で、同じく都市模型を見つめながら、メガデスは淡々とした口調で告げる。
「オーバーロードだ」
「オーバー、……なに?」
「魔導超過状態(オーバーロード)。魔力の過剰使用による過負荷だ。スペルディアはバスケット・アイによって、異界から魔力を抽出している。過剰に供給された魔力が暴走し、異界の魔族たちを現実世界に顕現してしまったというわけだ」
「ええと……」
「わかりやすく言うと、クリーデンスが食い散らかした屋台のお菓子に、蟻やら蝶やらが集ってきて、大変なことになっちまっているってのが、今の状況だ」
「なんだかすっごく馬鹿にされているような気がするけど、よくわかった!」
叫んでから、再び都市模型に目を向ける。
「これは、あのファストウェイとかいう、テロリストの仕業なの?」
「いや。奴は関係ない」
きっぱりと、メガデスは言った。
「もともと、この都市はオーバーロード、一歩手前の状態にあった。魔力による発電に、水道にガス、車、鉄道、航空機。こんだけバカスカ魔力を引き出せば、そりゃ暴走もするさ。さらに、半年前からガーディアンの配備を進めていた。魔族が出現しはじめたのも半年前。時期的に一致する。そして、とどめがあの魔導による遠隔砲撃だ。あれは、恐ろしく魔力を消費する。そのせいで、かろうじて保たれていた魔力バランスが一気に崩れたんだ」
「それじゃあ、原因は……」
ようやく理解できるようになったらしい。
青ざめた顔でクリーデンスがつぶやく。
「あたしたち、宮廷魔導士団ってこと?」
「そうなるな。皮肉な話だ。テロを防ぐための防衛システムが、テロを引き起こしていたんだからな」
「そんな……」
宮廷魔導士団の一員として、責任を感じているのだろう。
衝撃のあまり、クリーデンスはうつむく。
だが、すぐに気を取り直すと、メガデスにたずねる。
「なにか、対策はないの? 魔族を追い払うとか、やっつけるとか、なんとかできないの?」
「あるぞ」
こともなげに、メガデスは言った。
「方法は至極簡単だ。バスケット・アイを停止して、都市内に供給されている魔力を断てばいい。魔族っていうのは、魔力を糧とする生命体だ。魔力がなくなれば、魔族はいずれ飢え死にする」
「そんな! そんなことしたら……」
「そんなことをしたら、すべての都市機能は失われることになるだろうな。電気、ガス、水道。鉄道に通信。すべてのインフラはバスケット・アイの供給する魔導力に依存している。それが一斉に、消えてなくなるんだ。混乱は必至だろう」
絶句するクリーデンスに、メガデスは続ける。
「ことはスペルディアでだけじゃない。他の六都市、すべての機能が停止するだろう。都市国家同士は、バスケット・アイを介して霊脈でつながっているからな。それが、一斉にシャットダウンするんだ。大陸は現代魔導が確立する以前――つまり、百年前の生活レベルからやりなおすことになる」
絶望的なことを、どこか楽し気に語る。
その口の端には、笑みすら浮かんでいた。
「竈に薪をくべて、井戸から水をくみ、移動は馬車。文明に慣れきった現代人に、昔ながらの生活は耐えることはできないだろうな。生活だけじゃないぞ。宮廷魔導士団を頂点とした統治システム、そのものが崩壊することになるんだ。大陸は再び、戦乱の時代を迎えることになるだろう」
「と、とにかく、急いで本部に連絡しないと!」
慌てた様子で、クリーデンスは言った。
取り乱しながらも、クリーデンスは宮廷魔導士団としての務めを忠実に果たそうとしていた。
どんなことがあろうと、常に連絡は怠らない。
クラウディアの言っていた、宮廷魔導士団の基本だ。
しかし、それは今のメガデスたちにとって、最悪の手段であった。
「原因はわかっているならば、対策を立てることができるはず。カーティス団長に伝えれば、きっと何とかしてくれるはずだよ。だって、大陸最高の魔導士だもん」
「……ちょっと待て」
「ほかにも、ベナンダンディには優秀な魔導士がたくさんいるもの。みんなで力を合わせれば、何とかなるはずだよ」
「……だから、待てって」
「メガデスくんも一緒に来て。事情を説明……」
「待てと言っているだろうが!」
声を荒らげると、クリーデンスはびくっと、おびえたように身をすくめる。
「どうしたの、メガデスくん? 何を怒って……」
「……お前、自分の立場が分かっているのか?」
いらだたし気な口調で、クリーデンスをにらみつける。
この娘のバカさ加減は、つくづく度し難い。
事ここに至って、全く状況を理解していないクリーデンスに、怒りを爆発させる。
「立場って、何が?」
「お前は、あいつらに裏切られたんだぞ?」
「……え?」
何を言われたのか、解らなかったのだろう。
キョトン、とした表情で、クリーデンスは目を瞬かせる。
「さっきの、あれ――魔導による遠距離砲撃は、俺たちを狙って発射されたものだ。それを目標としてな」
「……え?」
クリーデンスの胸元を指さした。
制服の胸ポケットの上には、金色の麦穂をあしらった宮廷魔導士団のバッジが張り付いていた。
「そのバッジを目印に、魔導による遠距離砲撃を行使したのさ。お前の上司、カーティス・ベンソンは、俺たちを巻き込むのも構わず、テロリストもろともに俺たちを吹っ飛ばそうとしやがったんだ。寸前で転移したから助かったものの、一歩間違っていたら二人とも死んでいたんだぞ」
「そ、そんな」
ようやく事情が呑み込めたらしい。
愕然とした表情で、クリーデンスはよろめいた。
「はじめっから、奴らの狙いはテロリスト――ファストウェイの抹殺だったんだ。魔王の後継者を名乗るファストウェイなら、俺を釈放すれば必ず接触してくると考えたんだろう。俺を囮にしてファストウェイをおびき出し、もろともに吹っ飛ばす。テロリストと魔王、両方始末できて、一石二鳥というわけだ。お前を監視役に選んだのも、初めから巻き添えにするつもりだったからだ。新人で役立たずなら、くたばっても惜しくないからな」
「……うっ」
さすがに、こたえたのだろう。
沈黙するクリーデンスに背を向けると、地下倉庫に積まれた荷物の山へと向かった。
「組織なんて、そんなものさ。どんなにきれいごとを並べたところで、誰かの犠牲の上に成り立っている。支配と搾取。百年前と何一つ変わらない。そうやって築き上げた世界も、結局はこのざまだ」
魔族の包囲を抜けて、この都市を脱出するには、相応の準備が必要だ。
元々、この倉庫は失敗作や、危険な研究資料を収めておく場所だった。
実用に耐えるものはそう多くはないが、使えるものもある。
記憶を頼りに荷物箱をひっくり返して、使えそうな魔具を選んでゆく。
「宮廷魔導士団だけじゃない。この事態を招いた責任は、大陸に住む人々、全員が負うべきだ。大陸における今日の繁栄は、危険を引き換えにして得たものだ。何の代償も支払わず、魔導の力を使い続けることができると思っていたのか? 何事においても、払い戻しはあるんだ。そんな簡単なことも気が付かないなんて、まったくもってお目出度い」
話ながら、逃げ支度を続ける。
薬品類は、どんなものでも必要になる。
手ごろなバッグを見つけて、次々と放り込んでゆく。
さすがに食料や水までは見つからなかった。
道中で手に入れるしかないだろう。
「平然と他人を犠牲にできる組織に忠誠を誓う必要があるのか? 欲望の赴くままに繁栄を謳歌する民衆たちを守る価値があるか? くだらん、実に下らん! どいつもこいつも、クズばかりだ。こんな腐った世界、消えてなくなっちまえばいい……」
「そんなの関係ないじゃない!」
怒りのままに吐き捨てるメガデスに向かって、クリーデンスが叫んだ。
「価値があるとか、必要があるとか、そんなの関係ないじゃない! 今こうしている間にも、助けを求めている人がいるんだよ!」
涙目で反論すると、都市模型を指さした。
模型の中では、怪物たちが暴れ続けていた。
目を離している間にも、破壊の波は着実に広がっていた。
「あたし達にはまだ、できることがあるんだよ。助けを求める人たちのために、できることがあるんだよ。それって、すっごい事なんだよ。自分以外の誰かのために、何かができるって思えるだけで、生きている意味があるって思えるじゃない。何もできないってことは、死ぬことよりもつらい事なんだよ!!」
クリーデンスの剣幕に、メガデスは気圧された。
彼女自身も、何を言いたいのかわかっていないのだろう。
支離滅裂に言葉を並べ立てるその姿は、泣きじゃくる子供に見えた――戦場を泣きながら歩く、子どものように。
「メガデスくんは、魔王なんでしょう!? 私なんかと違って、なんでもできるすごい魔導士なんでしょう!? だったら、この街を救うことだって、できるじゃない!! できるのに、やらないって、そんなの……、そんなのって……」
それ以上はもう、言葉にならなかったようだ。
唇をかんで、何かをこらえるように嗚咽する。
それでも、彼女はうつむくことはなかった。
涙を湛えた瞳で、まっすぐとメガデスを見つめる。
「……ふん」
責め苛むような視線にさらされ、メガデスは目をそらす。
必要な荷物を詰め込んだバックを肩に担ぐと、都市模型へと歩き出した。
依然としてこちらをにらみつける、クリーデンスの脇を通り過ぎる。
すれちがいざまに、拳で軽く、頭を小突いた。
「いてっ!」
「……つくづく、気に食わん奴だ」
振り向きもせず。
メガデスはいまいましげに、つぶやく。
「……百年前と、同じことをぬかしやがって」
「……え?」
「何でもない、ほら行くぞ」
そういうと、メガデスは都市模型の前に立った。
模型の中から、転移可能な場所を探す。
次元転移の魔導を使うには、行ったことがある場所でなければならない。
また、障害物があってはならない。
条件に合うような場所を探すメガデスに、クリーデンスがたずねる。
「行くって、どこに?」
「決まっているだろ――世界を救いにいくんだよ」
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