第33話 首都崩壊~世界を救いに行くんだよ(2)
燃え盛る街を、会議室の窓からカーティスは眺めていた。
街の所々から立ち上る黒煙。
のたうつ炎。
そして、上空を舞う魔族の姿。
阿鼻叫喚の地獄絵図を、網膜に刻みつけるようにつぶさに見つめるカーティスに向かって、秘書官が声をかける。
「団長、揃いました」
「……これで全員か?」
会議室を見渡す。
城の会議室には、各部門の代表が集まってきていた。
中央にある長机には、宮廷魔導士団の主だったメンバーが席についていた。
人数分用意されているはずの席には、ところどころ空きが目立つ。
「いえ。会計部と開発部。それと人事部の部門長は、連絡が取れませんでした。おそらく、城外にいるものと思われます」
「全員揃っているのを待っているわけにもいくまい。始めるぞ」
そう言って、自身も席につく。
長机の上座。
背後には宮廷魔導士団の旗が掲げられている。
黄金の麦をあしらったベナンダンディの紋章の前で、カーティスは宣言する。
「それでは、緊急会議を始める」
長机の両側には、宮廷魔導士団の各部門長が着席していた。
いずれも、宮廷魔導士団を構成する重鎮である。
緊急事態であるにもかかわらず、取り乱した様子はなかった。
少なくとも、表に出さない程度には落ち着いている。
「まず、現状の報告を」
カーティスが言うと、情報部の部門長が立ち上がった。
正確には、情報部長の代理の秘書官だ。
部長は現在、管制室で情勢の把握に努めているはずである。
「今から約三十分前。市内各所に魔族が噴出。個体はいずれも『アビスⅤ型』。脅威レベル3。確認できるだけでも、約三百体以上。なおも増殖中です」
簡潔にして明瞭な報告だったが、それゆえに事態の深刻さを正確に伝えていた。
脅威レベル3の魔族は、魔導士一個小隊に匹敵する戦力を意味している。
それが三百体ともなると、スペルディアに現存する宮廷魔導士団の戦力では、とても対応できる規模ではない。
絶望的としか言いようのない状況に、会議室に動揺が走る。
「それで、原因はなんだ?」
「おそらくは、ファストウェイの仕業とみられます。しかし、一人の魔導士にこれだけの数の魔族を召喚できるとは思えません。何らかの魔導的補助があったと考えるのが妥当と思われます。共犯者による支援、あるいは強力な魔具を使用したと考えられます」
おそらくだとか、何らかのだとか、途端に報告は不明瞭なものになった。
結局、原因については情報部も把握していないということらしい。
これ以上、聞いても無駄だと感じたカーティスは、原因究明は後回しにすることにした。
「警備部の対応はどうか?」
次に、カーティスは警備部の部門長にたずねる。
警備部の部門長は、カーティスと同世代の男であった。
背が高く、筋肉質の体は幅も厚みもある。
いかにも武闘派といった、いかつい風体だった。
幾度も修羅場を潜り抜けてきた猛者らしく、この危機的状況においても警備部長は落ち着いた様子であった。
少なくとも、表面的には落ち着いていた。
「先ほど、市内に緊急事態警報を発令しました。魔族との戦闘は可能な限り回避し、市民の避難誘導を優先するよう、各ブロックの隊長に通達しました」
警備部長の対応は、順当なものであった。
魔族相手に、それもこれだけの数を相手に、戦闘をしたところでいたずらに犠牲を出すだけだ。
戦闘を回避し、市民の避難誘導を優先したのは、賢明な選択であるといえる。
「降魔部隊はどうした? こんな時のための特殊部隊ではないか」
「部隊長は、現在連絡が取れない状態です。すでに、現場に出て対応しているかと」
警備部長が苦い顔で答える。
対魔族戦闘部隊は、その名の示すとおり魔族討伐を専門に請け負う部署である。
宮廷魔導士団の中でも選りすぐりの精鋭であり、緊急時に備え独自の裁量権を与えている。
「かまわん。好きに戦わせておけ。三百を超える魔族。居たところで、何ができるというわけではあるまい。一体でも多く倒してくれれば御の字だ」
「はっ!」
警備部長の報告が終わり、カーティスはあらためて会議室の面々を見回した。
「諸君らの報告で、とりあえず状況は把握できた。次に、今後の対策について協議したい。言うまでもなく厳しい状況であるが、諸君、何か意見はあるか?」
会議室に沈黙が下りる。
誰もが皆、発言をためらっていた。
下手なことを言って、立場を悪くするようなことはしたくないのはどこの部署も同じだ。
手の内を探るように、部門長たちは互いの顔を見合わせる。
「……とりあえず、最優先で対処すべき問題は各国特使の身の安全の確保かと存じます」
口火を切ったのは、外事部長であった。
外事部の主な役割は、他都市国家との折衝である。
今回の式典では、特使たちの接待役を務めて居た。
「現在、各国特使は城内に一時避難しています。彼らを一刻も早く、都市外に脱出させるべきかと」
「どうやって、脱出させるつもりだ?」
すかさず、警備部長が反論する。
「それは……空港から航空機で輸送するか、もしくは鉄道を使って脱出させるか……」
「空港までどうやって特使を移動する? 鉄道にしたってそうだ。この混乱状態で、どうやって走らせるというのだ」
「それは警備部の考えることだろうが!」
端から意見を否定する警備部長に、外事部長が怒り出した。
伝統的に、都市内部の治安を担う警備部と、都市外部で活動する外事部は仲が悪い。
緊急事態だというにもかかわらず、二人は言い争いを始める。
「市内の治安を担当しているのは、警備部だろうが。文句を言う前に、対応策の一つも出してみたらどうだ?」
「簡単に言ってくれるな。魔族の矢面に立つのは、我々警備部なのだぞ。こうしている間にも、隊員たちは魔族たちと交戦している。それを差し置いて逃げる算段を取り付けるとは、どういうつもりか?」
「元をただせば、今回の事件の原因は警備部の落ち度ではないか!? 魔導テロを防げなかったのは、貴様らの責任だ。このうえ特使が死ぬようなことにでもなれば、外交問題に発展するぞ! その責任を、お前たちがとってくれるというのか」
「責任転嫁はやめてもらおうか。我々、警備部は政治外交上の理由で、あらゆる制約が課せられているのだ。捜査権の拡大を上伸した際、真っ先に反対したのは貴様だろうが!」
「よさんか二人とも!」
激しくやりあう部門長たちに、カーティスが割って入る。
「今がどういう状況かわかっているのか? 縄張り争いは自重したまえ!」
「……はい」
「……すみません、団長」
両者が黙ったところで、あらためてカーティスは発言する。
「外事部長。君の進言は却下する。民間人よりも、特使だけを優先して避難させたことが知られれば、世論から非難を浴びることになる」
「……いえ、私は決して、市民の命をないがしろにしていいと言っているわけではありません。ただ、要人の保護を最優先にすべきだと進言しているのです」
慌てて、外事部長は言いつくろう。
「彼らは都市の代表です。もしものことがあれば、都市間の外交関係に致命的な亀裂が生じることになります」
「ふむ。それも道理だな」
それまで黙っていた、政務部長が口を開いた。
政務部は、大陸議会との交渉を担当する部署である。
政治の世界に生きる彼の意見は、現実的であり非情であった。
「人の命は等しく価値がある、などというのは理想であって現実ではない。一国の代表と、一市民とでは、その命の重みに違いが生じるのは致し方のないことです」
政務部長は、カーティスよりも年かさの初老の男である。
ここにいるメンバーの中では最年長の意見だけあって、カーティスも無視できない。
「特使を脱出させることができれば、他都市からの応援を要請することができます。より多くの人々を救うためにも、特使の救助を優先するべきです」
「しかし世論が……」
「この期に及んで、世論を気にしてもはじまりますまい。世論の批判も、この事態が収集出来てからこそ。このまま都市が壊滅するようなことにでもなれば、世論自体が消えてなくなります」
「…………」
カーティスを正論でやり込めると、さらに政務部長は続ける。
「時に、外事部長。その要人というのは、団長も含まれるのかね?」
「……は?」
一瞬、質問の趣旨が理解できなかったのか、外事部長は目を丸くした。
「現状、この都市においてもっとも重要な人物は、宮廷魔導士団団長、カーティス・ドノヴァンだ。魔族に対して有効な戦力を保持しているのは、我々、ベナンダンディのみ。それを率いる団長の存在無くして、事態の収拾はあり得ない」
「それは勿論、そうですが……」
「どういう意味だ?」
カーティスは政務部長をにらみつける。
彼の言わんとすることを察しながらも、あえてたずねる。
「政務部長として、進言いたします。特使たちと共に、団長も都市外に避難していただきたい」
「避難、だと? わたしに都市を放棄して逃げろ、というつもりか!」
「必要ならば、それもやむなしかと存じます」
凄然とした顔でにらみつけるカーティスに、涼しい顔で政務部長は言い返す。
「すでに事態の収集は不可能と思われます。ここで居残ったところで、団長にできることはありません。ここは一度撤退した後、体制を整えてから、改めて事態の収拾を図るべきかと」
「ここスペルディアは大陸の首都であり、魔導網の要である。首都の失陥はバスケット・アイの崩壊を意味する。撤退などありえん」
「団長さえ健在ならば、ベナンダンディは再起できます。スペルディアの外部にある六都市には宮廷魔導士団の派遣部隊が駐屯しています。それらを再編し、連合軍を結成したうえで、事態の収拾にあたるのが常道であると存じます」
外務部長の進言は、正当であった。
すでに、事態の収拾は不可能であることは、誰の目にも明白であった。
ここに居座ったところで、無駄死にするだけだ。
宮廷魔導士団の長としての責務を全うするのならば、たとえ恥辱にまみれようとも、撤退すべきである。
しかし、それでも、カーティスには退けない理由があった。
「……逃げなかった」
「……え?」
再び窓の外に目をやると、カーティスは続ける。
「今から百年前。この城の主であった魔王メガデスは、押し寄せる解放軍を相手に戦った。兵は倒され、城は陥落し、勇者たちとその仲間たちに追いつめられ、それでも……」
窓の外では、依然と魔族たちが暴れていた。
戦火は一向に収まる気配はない。
「それでも、彼は――メガデスは、逃げなかったのだ」
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