第32話 首都崩壊~世界を救いに行くんだよ(1)

 百年の時を超え、スペルディアは再び戦火の炎に包まれた。

 突如、出現した魔族の軍団によって、都市は蹂躙されてゆく。

 大通りの車は横転し、鉄道は寸断され、高層建築物は破壊された。

 魔族の通り過ぎた後は、体を覆う魔素によって浸食されていく。

 生命に有害な黒い霧でおおわれ、都市は死の街へと変貌する。

 最強の生命体である魔族を前に、市民たちは無力であった。

 殖を続ける魔族たちを前に、人びとはただ逃げ惑うことしかできなかった。

 文明の象徴たる都市がなす術もなく崩壊してゆくのを目の当たりにして、市民たちは自らの繁栄が偽りであったことを思い知らされた。


 ●


 一瞬のブラックアウトの後、メガデスたちは目的地に到着した。

 両足が床に触れた瞬間、ひざを折って衝撃を緩和する。


「……ふう」

「ふぎゃっ!」


 一方、クリーデンスは、華麗な着地とはいかなかったようだ。

 踏んづけられたカエルのような悲鳴を上げて、床に突っ伏した。


「痛ったぁーいっ!」


 どうやら顔面から落っこちたようだ。

 顔をしたたかに打ち付け、涙目でうずくまる。


「大丈夫か」

「うう、なんとか。……あれ?」


 無理やり立ち上がろうとして、よろめいた。


「な、なにこれ。立ち上がれない!」

「一時的な空間識失調だ。すぐに治る」


 腕をつかみ支えてやると、程なく眩暈は収まった。

 自分の足で立つと、クリーデンスはあらためて周囲を見回した。


「それで、ここはどこなの?」


 二人は暗闇の中に立っていた。

 一歩先を見ることもできない、真っ暗闇である。


「地下倉庫だ」


 そっけなく答えると、メガデスは指を鳴らす。

 パチン、という音と共に、頭上に光球が出現する。


「ふわっ!」


 暗闇からいきなり明るくなったのに驚いたのか、クリーデンスは奇妙な悲鳴を上げた。

 部屋の中は、かなり広い。

 奥の方まで明かりは届いていないため、全容を推し量ることはできない。

 その広大な空間には、多くの品々が雑然と並んでいた。

 杖や錫杖、水晶球といった数々の魔具。

 剣や斧、槍といった、白兵戦武器。

 そして、本がびっしりと敷き詰められた書棚。

 無秩序に並べられた部屋の様子は、まさしく倉庫であった。

 雑然としてはいるが、不潔ではない。

 部屋のなかは埃一つ、塵一つ、落ちてはいていなかった。

 頭上に輝く光球の光量を調整しつつ、メガデスは説明を始める。


「スペルディアの地下1000mにある地下倉庫だ。尖塔の上からここまで、《奈落》を経由して、次元転移した」

「次元転移って、超高等魔導じゃない!」


 驚愕するクリーデンス。


「あまりにも危険すぎるってことで、教科書に記述することも許されていない、禁断の魔導式なんでしょう。宮廷魔導士の中でも、使い手は数人しかいないって……」

「まあな。異空間を経由する次元転移は、高難度なうえに危険を伴う呪文だ。本来ならば、複数の術者が魔具を用いて行う儀式魔導を、事前の準備もなく一人でやってのけるのは俺ぐらいのものだろうな」


 得意な様子で語っているものの、実際にはかなり危険な賭けではあった。

 メガデスの前腕を見ると、赤い痣が浮かんでいた。

 強引に異空間を通過したせいで、毛細血管が破裂していた証拠である。

 場合によっては二人そろってあの世行きだったのだが、クリーデンスには言わないことにしておく。

 幸い、クリーデンスもそれ以上は詮索してこなかった。

 彼女の興味は、次元転移からすでにこの地下倉庫そのものに移っていた。

 物珍しげな様子で部屋の中を見渡し、メガデスにたずねる。


「地下倉庫って、魔王の作ったっていう、秘密の宝物庫のこと? 行商の人が言っていた……」

「宝物庫なんかじゃない。ただのガラクタ置き場だ」


 そう言うと、メガデスは自嘲するような笑みを浮かべる。


「この部屋は、失敗作や表ざたにできない危険な魔導研究を封印するための部屋だ。上にあった魔導塔も、そういった失敗作のひとつだ」


 部屋の一角に、懐かしいものを見つけた。

 スペルディアの都市模型。

 百年前、スカイクラッドが作成し、王に献上した品である。

 試しに手をかざしてみたら、都市模型は問題なく起動した。

 極微粒子で構成された模型が百年前の石造りの町並みから、高層建築が立ち並ぶ現在の姿へと変化する。

 都市模型を見つめながら、メガデスは話を続ける。


「一口に転移魔導と言っても、いくつか種類がある。《奈落》を経由する転移魔導は、比較的扱いやすいが、術者が行ったことがある場所にしか転移することができないのが欠点だ。ここが手つかずに残っていてくれて、助かったよ。盗掘屋に見つかって埋め立てられでもしていたら、俺たちは二人そろってぺしゃんこだ。……ってどうした」


 話している内に、クリーデンスの様子がおかしいことに気が付いた。

 ちらちらと、クリーデンスは落ち着かない様子でこちらを窺っていた。


「ええっと、ここは魔王の作ったっていう、地下の隠し部屋なんだよね?」

「別に隠してたわけじゃねぇんだけれどもな。たまたま、今まで見つからなかったってだけなんだが、まあ、そうだ」

「魔王しか入ることができない、禁断の部屋なんだよね」

「まあな。この部屋は外界と完全に隔絶されている。出入りするには、魔導で転移するしか方法はない」

「……っていうことは、その部屋に入れるっていうことはさ!」


 おぞけるように身を震わせると、クリーデンスはたずねる。


「もしかして、メガデス君って、本当に、本物の、……魔王メガデスなの?」

「……いまさら何言っているんだ。お前?」

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