第四章 首都崩壊~世界を救いに行くんだよ

第31話 【閑話】お前、クビな

「ご覧ください、陛下。これが魔導都市スペルディアです」


 暴龍討伐成功の報告に来てから数日後。

 かねてより命じてあった、都市計画案がようやく完成した。

 謁見の間にやってきたスカイクラッドは、とっておきの玩具を見せびらかすように、持参した都市模型を披露した。

 この都市模型は一見して、石膏で固めて作ったように見えるが、その実体は極微粒子で構成されたサンドボックスである。

 この都市模型を使って、スカイクラッドは新都市計画の解説を始めた。


「建設予定地は、大陸のほぼ中央。中部大平原に都市を建設します。完成すれば、大陸内では最大級の都市になる予定です。この時代、いや、過去においても、大陸にこれほどの規模の都市は存在しなかったはずです」


 基本的な外見は、外殻を城壁で被い都市を内包する城塞都市である。

 軍事拠点としての性質を持つ形状は、この時代の都市ではごく一般的といえる。

 特徴を上げるとすれば、その内部構造である。

 正円の中に六芒星を描くように通りを設置し、その中に住居、商業、工業の各区画を配置する。

 籠目のようのように配置された区画は、見た目は美しいが、機能性という点では犠牲になっている。


「中央に魔王城を建設。城を中心に魔導陣を形成。都市自体を巨大な魔導陣として機能します。これにより、異界から無尽蔵に魔力を供給し、制約なく魔導を行使することが可能となります。さらに、この魔導陣を応用して通信網を構築。現有戦力と連携することにより外的の排除、都市内部の治安網を確立します」

「なるほどな……」

 

 過不足ないスカイクラッドの説明に、メガデスは感嘆すると同時、失望を感じていた。

 新都市建設は、新王国の事業のなかでも一大事業である。

 本来ならば王であるメガデス、自らが行わねばならないところを、企画から設計まで、新都市計画の一切を彼に託したのは、彼の若い才能に期待してのことだった。

 自慢の弟子、スカイクラッドならば、若者ならではの瑞々しい感性でもって師メガデスをも驚嘆せしめる画期的アイデアを見せてくれると期待していた。

 しかし、その期待は裏切られた。

 スカイクラッドの提案した新都市構想は画期的ではあるが、メガデスの予想の埒内であった。

 手堅くまとまっている反面、面白みがない。

 合格点は与えられるが、それだけだ。

 メガデスが求めているのは数字では測れない、それ以上のものだ。

 失望の気配は、スカイクラッドにも伝わったらしい。

 退屈した様子のメガデスに、スカイクラッドは不敵な笑みを浮かべた。


「さらに、この新都市をモデルとして、大陸内に同様の魔導都市を六つ建設します」

「……なんだと?」


 メガデスの眼前で、都市模型が変化する。

 縮尺が変化し、都市の外郭が崩れ去り、大陸全体を地図へと変化した。

 海洋に浮かぶ大陸の中央。

 魔導都市スペルディアを中心とした巨大な魔法陣が描かれている。


「大陸中央に位置しておりますスペルディア。これを中心として、アヴァリティア、インヴィディア、イラ、ラグジュリア、グーラ、アセイディア――以上、六都市を放射状に配置します」


 スカイクラッドの声に応じるように、六個の魔法陣が浮かびあがる。

 スペルディアの周囲を囲むように、合計、七つの魔導陣が完成する。


「さらに、この六つの衛星都市を霊脈で結びます」


 スカイクラッドの声に合わせて、都市模型が輝きを放つ。

 六つの衛星都市の中央、魔導陣から光条が伸びる。

 光条はそれぞれの都市と連結。

 中央の魔導陣を囲むように、あらたな六芒星が完成する。


「このようにして、都市間を霊脈で結ぶことにより大陸全土を一個の魔導陣として機能させ、無尽蔵の魔力を抽出することが可能です。この魔力供給網“バスケット・アイ”は、都市開発におけるあらゆる問題を解決することができます」

「……なるほど」


 平静を装ってはいるが、メガデスは内心、感嘆していた。

 スカイクラッドの提案する都市計画は、メガデスの予想を上回るものであった。

 メガデスの命じた都市計画を、スカイクラッドはさらに国土改造計画へと昇華させたのである。

 壮大にして、広大な計画は、しかし様々な問題を内包していることにメガデスは気が付いた。


「……問題点がいくつかある」

「何でしょう」


 自分の計画に絶対の自信を持っているのだろう。

 得意げに、うなずくスカイクラッドに、問題点を一つ一つ、指摘してゆく。


「まず、ひとつ。大陸はこんなに丸くはない。大陸には山もあるし、川もある。湾もあるし、離島もある。都市を魔導力源として機能するには、正確に魔導陣を描く必要がある。都市一つ程度ならばまだしも、七都市を使って大陸全土を網羅するとなると、障害となる地形が多すぎるのではないか?」

「無論、都市建設には大規模な開発が必要でしょう。干拓に、灌漑、治水工事。実行されれば、大陸史に残る一大事業となるのは確実でしょうな」

「では、問題点のふたつめ。工事の資金はどこから出す? これだけの大規模な工事、金もかかるし、人手も必要となる。膨大な数の物資の調達。それらをどうやって調達するのだ?」

「すでに、王都スペルディア建設分の資金と物資は確保しております。第一都市が完成すれば、他の六都市の分も調達可能でしょう。何しろ、無尽蔵の魔力が手に入るのです。ゴーレムや魔導生物を使役すれば、工期は大幅に短縮可能でしょう」

「みっつめ。国民たちはどうなる? 大規模な開発を行えば、住み慣れた土地を追われるものも少なからずいるはずだ。海を干拓すれば、漁業は破綻する。森を切り開けば、狩人は職を失う。生活を脅かされた民衆たちの不満は、どう解決する?」

「確かに、失うものもあるでしょうが、それを上回る利益があります。交通網の拡充。通信網の充実。充実した福祉、医療。新たな産業として工業。人々の生活は農業を主体とした第一次産業から、工業を主体とした二次産業へと切り替わるでしょう。いわば、魔導による産業革命の到来です」

「よっつめ。急激な社会変革は、民の不満を招くことになるだろう。恩恵を受ける者も多いだろうが、既得権益を失うものも少なからずいるだろう。両者の間に、格差が生まれるのは必定。それ等の不公平をどう解消する?」

「そこは個々人の能力次第です。いつの時代も、変革に適応できないものは淘汰される。これは自然界の摂理というものではございませぬか? 与えられた利益を甘受するだけで、高みを目指さぬ怠惰な民は、我が王国に必要ありません」


 立て続けに浴びせかけられる質問に、そのすべてをスカイクラッドは返答する。

 あらかじめ答えは用意してあったのだろう。

 その答えに、よどみがない。


「最後の問題だ。どうやってこれだけのシステムを管理するのだ? 維持するには膨大な数の魔導士が必要になる。この大陸に、魔導を使える人間が何人いると思っている? 国民の大半は、魔導はおろか字もろくに読めない無学な人間ばかり。使えたとしても、神に祈るしか能のない聖職者や、野蛮な呪い師がほとんどだ。体系的に魔導を学び行使できる魔導士と呼べる人間は、ほんの一握り。致命的な人手不足を、どう解決するつもりだ?」

「陛下のおっしゃる通り、魔導士の育成は急務であると思われます。そのため、魔導士育成のための学校を創立します」

「学校、だと?」

「すでに、モデルとなる学校を郊外に建設中であります。見込みのありそうな魔導士たちを集め、教育中です。こうして教育を施された魔導士たちを、陛下の指揮下におきます。言うなれば、宮廷魔導士団ですな。さらに、この学校を中心に、国民全員に義務教育を施します」

「国民すべてを、魔導士にするつもりか?」


 驚愕に目を見張る魔王に、静かに首肯する。


「そうです。この計画が達成されれば、国民すべてが魔導の恩恵を得ることが可能になるのです。これにより、魔導はさらに発展することになるでしょう。魔導工学、魔導医学。自然科学、政治、経済、哲学。あらゆる分野に魔導が用いられ、革新をとげるのです。まさに、魔導士による魔導士のための世界――そして、その世界の頂点に立つのが陛下、あなたなのです!」

「…………」


 もはや、メガデスに言葉はなかった。

 スカイクラッドの提示する新都市構想、いや、大陸改造構想は、人類そのものを変革する一大事業である。

 その壮大なる構想に、メガデスはただ圧倒された。


「この計画は単に、都市計画の域に収まりません。政治、外交、経済。大陸統治にかかわるすべてが集約されております。人類の革新を促し、永遠の繁栄を約束するものです。どうか、すみやかなるご裁可をお願いいたします、陛下」


 こうして、スカイクラッドのプレゼンテーションは終わった。

 恭しく首を垂れるスカイクラッドに向けて、メガデスは命じる。


 この直後、

 メガデスはスカイクラッドの役職を罷免し、王国からの追放を言い渡した。

 提案された都市計画のすべては凍結。

 関係資料はすべて、封印されることになった。

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