第30話 解放記念日~それは、それで楽しい(8)

「よいしょっと!」


 瓦礫を押しのけながら、クリーデンスは身を起こす。

 押しのけたがれきの下には、階段が見える。

 どうやら、この階段をのぼってここまできたようだ。

 尖塔内のらせん階段は、地上まで続いていた。

 子犬のように頭を振って、髪についた埃を振り払うクリーデンスに向かって、メガデスは叫ぶ。


「何しに来たんだ、お前!」

「何しにって、……メガデス君を追いかけてきたんじゃない」


 制服についた汚れをふりはらいながら、さも当然であるかのように答える、クリーデンス。


「いきなりビューンって、飛んでっちゃうんだもん。追いかけるの大変だったんだから」

「大変だったって……。高高度飛行で成層圏を経由して、ここまできたんだぞ? どうしてここがわかったんだ」

「あたし、めちゃくちゃ目がいいんだ。本とか全然読まないし」

「広場からここまで、どんだけ距離があると思っているんだ? 走って追いつける距離じゃないだろう」

「あたし、足には自信あるんだ。100メートル走なら、馬よりも速く走れるよ」

「…………」


 こともなげに言うクリーデンスに、メガデスは言葉を失った。

 つくづく、でたらめな娘である。

 あきれ返るメガデスをよそに、クリーデンスはきょろきょろとあたりを見回した。


「ところで、さっきのあいつ、どうしたの? いきなり消えちゃったけど」

「あれはファントムだ」

「ファントム?」

「幻体。魔力で構成された思念体だ。いってみれば幽霊みたいなもんだ」

「幽霊って、ちゃんとつかむことができたよ?」


 足首をつかんだ感触を思い出すように、わきわきと掌を動かして見せる。


「だから、幽霊みたいなもんだ。肉体を捨てて魂だけを分離する、霊体とは違うんだって。もっとも、手でつかめるほどに濃密な魔力で構成されたファントムは珍しいがな。どうりで攻撃が通用しないはずだぜ。実体と見紛うばかりの存在感を維持しつつ、魔導戦をやるなんて相当な術者だ」

「あいつが、ファストウェイなんだよね? テロリストの」

「そのようだな」

「操っていたっていうことは、本人は別の場所にいるってことだよね? どこにいるの」

「わかんねぇよ。なんでもかんでも俺に聞くな。俺だってわからないことは……」


 次の瞬間、驚愕に凍り付く。


「……! なんだ、これは!?」


 崩れかけた戦闘を中心に、かつてないほどの魔力の高まりを感じた。

 メガデスほどの魔導士になると、魔力の気配だけでどのような呪文なのかがわかる。

 この皮膚を突き刺すような感覚は、攻撃呪文だ。


「どこから狙っている!? バスケット・アイに経由しているのか? これは……」

「どうしたの? メガデスくん」


 ぶつぶつとつぶやくメガデスを、心配そうに顔を覗き込むクリーデンス。

 そうしているあいだにも、魔力の気配は高まってきていた。

 その気配が、危険域にまで達した瞬間、メガデスは叫んだ。


「伏せろ! クリーデンス!!」

「……え」


 それと同時、メガデスたちの立つ尖塔は、光に包まれた。


 ●


「着弾を確認。目標を完全に消滅させました」


 オペレーターの魔導士が、現場の映像を投影する。

 カーティスの眼前に投射された映像は、学校の警備用ガーディアンの目をとおして送られてきたものだ。

 戦略級遠距離魔導兵器“テンペスト”による長距離砲撃によって、尖塔は完全に破壊されていた。

 現場に残されたのは、基礎部分のみ。

 数分前までそびえ立っていた尖塔は、瓦礫すら残さず消失していた。


「ファストウェイはどうなった?」

「確認できません。おそらくは、跡形も残さず消滅したかと」

「魔王は、メガデスはどうなった?」

「それも、確認されていません。ですが、クリーデンス魔導官のIDの反応も消えました。おそらくは……」

「二人共ども、消滅したと?」

「はい」


 静かにうなずくオペレーターに、カーティスは命じる。


「よろしい。引き続き確認作業を続けるように」


 カーティスの指示通り、オペレーターたちは作業を続けた。

 現場に駆け付けた魔導官たちと連絡を取り合い、確認作業に取り掛かる。

 彼らの邪魔にならないところまで移動すると、カーティスは傍らに付き従う秘書官に向かって語り掛ける。


「……おおむね、想定通りの成果だな」

「それ以上と言ってよろしいかと」


 秘書官が同意する。


「当初の目標であった、テロリスト一名の抹殺は達成されました。それにくわえ、テロリストと一緒に魔王を始末することができたのは、想定外の成果です」

「そうだな」


 魔王の存在は、戦後百年にわたって宮廷魔導士団を悩ませ続けてきた頭痛の種であった。

 彼の死により、大陸議会の支配体制は盤石なものとなるだろう。


「おまけに、新兵器の実験とデモンストレーションもできました。各国の特使たちも目の当たりにしていたはず。これは、六都市に対する牽制になるはずです」

「テンペストか、あれは使える」

「はい、まさしく神の力です」


 彼女にしては珍しく熱のこもった答えであった。

 新兵器の圧倒的な威力を目の当たりにして、興奮しているのだろう。

 興奮しているのは、カーティスも同様だ。

 ただ、表面に出さぬよう努めて平静を装っていた。

 

「対してこちらの損害は、魔導学院内にある実験塔が破壊されただけです。これはもともと、何のために作られていたのかわからず放置されていた施設であるため、大した影響はありません。ただの場所ふさぎですから、撤去する手間が省けてむしろ良かったとすらいえるでしょう」

「施設の損害はどうでもいい、問題は人的損害だ。殉職した職員が一名いる。この損失は大きい」

「クリーデンス・クリアウォーター魔導官ですか?」

「そうだ。彼女は手厚く葬ってやらねばなるまい。彼女は二階級特進の上、名誉勲章を授与するように。遺族には年金の支給を。私の名前で、手紙を出しておくのも忘れずにな」

「彼女は戦災孤児だったそうです。両親や係累は存在しておりません」

「……そうか」


 それだけ言うと、カーティスは沈黙した。

 新人魔導官の顔を思い出すと、さすがに胸が痛む。

 その苦悩が、顔に出ていたのか。

 労うように、秘書官は声をかける。


「確かに被害は出ましたが、想定される被害から考えると、許容範囲内といえるでしょう」

「許容範囲内か、いやな言い方だな」

「非情ですが、やむを得ません。これは戦争なのです。戦争に犠牲はつきものです。テロが続けば、より多くの人々が犠牲になります」

「わかっている。わかっているが、それでも割り切れんのが人情というものだ」


 たとえ、偽善と呼ばれようとも、彼女の死は一生背負い続けるつもりだ。

 部下の死について、一切の責任は上司であるカーティスにある。

 感傷に浸っていると、指令室に警告音が鳴り響いた。


「何事だ!?」

「緊急報告!」


 けたたましい警告音に負けないほどの声量で、オペレーターが叫ぶ。


「都市内部に、複数の魔族反応! 

「なんだと?」

「広場に出現した魔族と、同種と思われます。その数、……およそ、百以上。なおも増加中です」


 指令室の中央。

 長机に置かれた地図上に、魔族の出現を表す光点が浮かぶ。

 都市を覆いつくすように増加する光点の意味する所は、


「魔導による同時多発テロです!」

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