第29話 解放記念日~それは、それで楽しい(7)
宮廷魔導士団付属魔導学院。
学校の敷地内に、ひときわ高くそびえ立つ尖塔があった。
その天辺。
三角屋根の上にたたずむ、人影があった。
濃緑色のローブ、目深にかぶったフード。
古式ゆかしい魔導士姿で、テロリスト――ファストウェイはスペルディアの街並みを見下ろしていた。
『今日、発展著シイ魔導科学ハ、我々、人類ニトッテ、繁栄ヲモタラスモノデアロウカ。否、我々ハ破滅ノ道ヲ進ンデイルノデアル』
吹きすさぶ風の中、眼下に広がる街並みに向けて、演説を続ける。
都市内部にいる住民、全てに向けて、ファストウェイを名乗るテロリストは、朗々と語りかける。
その声は、尖塔によって増幅されて、魔導供給網を経由し、都市中に拡散してゆく。
彼の声を無視できるものは、都市内にはいない。
『シカルニ、私ハ啓発スル! 今コソ、我々人類ハ回帰シナケレバナラナイ。偉大ナル魔導士。魔王、メガデスノ思イ描イタ理想ノ……』
「《奈落》より来たれ、観世の警吏!」
演説を遮るように、頭上から呪文詠唱の声が降り注ぐ。
続いて、黒い稲妻がファストウェイに向けて落ちた。
高高度から放たれた稲妻は、ファストウェイを巻き込んで尖塔の頭頂部を破壊した。
奈落より召喚された雷は、対象を分子レベルで破壊してゆく。
破壊の奔流が収まった後、頭頂部のみをきれいに破壊された尖塔の姿があった。
三角屋根は消滅し、瓦礫と化した頭頂部に、何事もなかったかのようにファストウェイはたたずんでいた。
「……やはり、長距離からの攻撃じゃさほど効果ないか」
舌打ちと共に、天空から降りてきたのはメガデスであった。
重力遮断の呪文を操り、瓦礫を乗せた尖塔にゆっくりと着地する。
「てめぇが、ファストウェイとかいうテロリストか?」
「…………」
ファストウェイは答えない。
目深にかぶったフードの奥から、ただ静かにメガデスを見返していた。
「考えたもんだな。この尖塔は、通信魔導の増幅装置だ。これを使えば、広範囲に音声をとばすことができる。同時に、発信元をかく乱することもできる。都市内部にある中継点に共鳴して、居場所を特定することは不可能だ」
「…………」
「もっとも、俺には通用しないがな。何しろこの塔を作ったのは、俺だからな。元々、この塔は反乱軍の進行に備えてつくった早期警戒装置だった。未完成なまま放置しておいたんだが、お前が完成させたのか?」
「…………」
一方的にしゃべり続けるメガデスを前に、テロリストは沈黙を続ける。
「だんまりかよ。まあいい。もとより、お前と話合いをするつもりなんざ無ぇからな。俺の名前を使って、ずいぶんと勝手なマネをしてくれたようだな?」
鋭いまなざしで、メガデスはテロリストをにらみつける。
「お前が何を考えようが、この世界がどうなろうが知ったこっちゃない。だが、俺の名前を使うのは許せねぇ。テロるんだったら、てめぇの名前で、てめぇの力でやりやがれ!」
吠えると同時、右手を掲げた。
呪文詠唱なしの、遅延魔導式。
あらかじめ詠唱していた呪文を、動作で発動させる魔導式である。
掲げた右手から、黒い稲妻がほとばしる。
分子レベルで対象を分解する電撃は、しかし、ファストウェイに命中する直前で霧消した。
「……奈落の雷を防いだか」
平然とたたずむファストウェイに、メガデスは舌打ちする。
魔導士対魔導士の場合、いかに攻撃するかではなく、相手の攻撃魔導をいかに防ぐかにウェイトが占められる。
ファストウェイは、同じ属性である奈落の呪文を使い、攻撃を相殺した。
相手の呪文を瞬時に見抜き、それに合わせて呪文を発動する。
魔導での戦い方を心得ている、本物の魔導士だ。
ファストウェイを強敵と認めたメガデスは、笑みを浮かべる。
互角に渡り合える魔導士と出会えたのは久しぶりだ。
簡略化された現代魔導が普及したこの時代に、これほどの使い手に出会えるとはまたとない僥倖である。
「これならどうだ!」
再び、魔導を発動する。
奈落の雷の連続発射。
一撃で倒せないなら、手数で圧倒するしかない。
しかし、ファストウェイは、メガデスの攻撃すべてをしのぎ切った。
とめどなく放たれる雷は、すべて消滅してゆく。
(なんだ、こいつは?)
攻撃を続けながら、メガデスは怪訝に思う。
ファストウェイはのらりくらりと攻撃をかわすだけで、反撃をしてこない。
(時間稼ぎか?)
だとしたら、その理由がわからない。
増援が来るのか、それとも何か仕掛けがあるのか。
相手の心中が読めず、メガデスは焦燥をにじませる。
戦闘は、完全に膠着状態に陥った。
技量は完全に互角。
わずかな隙が、勝敗を決する。
その均衡が崩れる瞬間は、あっさりと崩れた。
ファストウェイの足元。
瓦礫の隙間から、一本の腕が付きだした。
女の手。
細くて小さいその手が、ファストウェイの足首をつかんだ。
「…………!」
魔導士の動きが止まる。
フードに隠れて顔は見えないが、ファストウェイがうろたえるのは気配で分かった。
「……なんか知らんが、もらった!」
突如にして訪れた好機に、必殺の魔導を放つ。
「《煉獄》より来たれ、霹靂の楽士! 浩然をなして、彼を撃襄せよ!」
長文での呪文詠唱。
最大威力の火炎弾が、ファストウェイめがけて炸裂する。
メガデスの放った渾身の一撃は、魔導防壁を貫いた。
それでも直撃は避けたのか、メガデスの呪文はローブのフードを消し飛ばしただけに終わった。
あらわになった魔導士の素顔に、メガデスが凍り付く。
「……! お前は」
驚愕するメガデスの前で、魔導士の姿は溶けるように、消えてゆく。
「…………」
激しい戦いを終え、周囲は静寂を取り戻す。
尖塔の上で、メガデスは一人、呆然とたたずむ。
魔導戦を繰り広げたにもかかわらず、尖塔は倒れることはなかった。
三角屋根の部分はきれいに吹き飛び、周囲は一面のがれきで埋め尽くされていた。
その、瓦礫の中から、
「ぷはっ!」
クリーデンスの頭が飛び出した。
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