第27話 解放記念日~それは、それで楽しい(4)

 魔導の原動力となる異界には、無数の生物が存在する。

 それらの生物を総じて、魔導士たちは魔族と呼び習わしている。

 魔族の習性や生態は、生息する異界によってさまざまであった。

 ただ一つ共通していることは、魔族たちは例外なく凶暴であり、強靭な生命力と戦闘力を有しているところにある。

 魔族は人類にとって、最大の脅威であり、忌避すべき存在であった。


 ●


 突如、出現した魔族に、広場は恐慌状態になった。

 動物の本能として、危険を感じていた。

 パレード見物に集まった観客達は、我先にとその場から逃げ出そうとした。

 恐怖にかられた群衆が、秩序ある行動ができるはずもない。

 将棋倒しになって倒れる人々を、踏み越えようとして躓いてさらに転倒し、混乱は数珠つなぎに拡大してゆく。


「民間人の避難を優先しろ、要人は本部に移送。急げ!!」


 警備隊の対応は、迅速だった。

 民間人の避難誘導を優先しつつ、すみやかに魔族の討伐に取り掛かる。

 警備員たちは魔族を取り囲むと、魔導銃を抜いた。


「全員、戦闘準備! 撃てぇ!!」


 号令と共に、警備隊員たちは一斉に発砲した。

 クリーデンスと違い、警備隊員たちは正式な訓練を修了した職員である。

 的の大きさもあってか、放たれた銃弾は全弾命中した。

 魔導銃の一斉射撃を受けたにもかかわらず、魔族はびくともしない。


「シャギャッ!」


 短く吠えると、魔族は警備隊員に向けて突進してきた。

 警備員たちは接近用の武器に持ち替えて、あるいは魔導による攻撃に切り替えた。

 魔族の周囲には黒い霧のようにまとわりつく、魔素が漂っていた。

 魔力の塊である魔素は、魔導による攻撃を阻んでしまう。

 おまけに、人体に有害であるためうかつに近寄ることすらできない。

 すでに、逃げ遅れた警備隊員たちが、魔素にやられてその場に倒れていた。


「……く、苦しい」


 のど元を抑え、苦しそうにあえぐ警備隊員に、魔族が襲い掛かる。


「シャァッ!」


 金属をこすり合わせたような声と共に、魔族はかぎ爪をふるう。

 鋭いかぎ爪に、隊員の体は二つに引き裂かれた。


「うかつに近づくんじゃない! 魔素にやられるぞ!!」


 隊員の一人が、叫ぶ。

 言われるまでもなく、目の前で仲間を惨殺された隊員たちは、恐怖にかられ撤退をはじめる。


「ケイト、ケイトはいるか!?」


 叫びながら、クラウディアがケイトの元に駆け寄った。


「ここだよ、クラウディア!」

「ケイト、ガルガンチュアをぶつけろ」

「オッケー! やっちまいな、ガルガンチュア!」


 ケイトが命じると、広場に整列していたガーディアン一斉に動き出した。

 戦闘用と呼ばれるだけあって、滑らかな動きだ。

 駆け足で魔族に向かうその動きは、人間と同じかそれ以上だ。

 機械人形のガルガンチュアならば、魔素にやられることはない。

 魔族を四方から取り囲むと、同時に攻撃を仕掛ける。


「シャギャァッッッ!!」


 耳障りな雄たけびと共に、四方から襲い来るガーディアンに向かって魔族は腕を振るう。

 無造作にふるったそのひと振りで、ガーディアンたちは破壊された。

 鋭いかぎ爪が装甲を引き裂き、大通りに叩きつけられたガーディアンは粉々に砕け散った。


「ああっ! あたしのガルガンチュアちゃんが!!」


 精魂込めて整備したガーディアンが、一撃で破壊されてゆくのを見て、ケイトが悲鳴を上げる。

 それでも、ガーディアンたちは攻撃の手をやめなかった。

 プログラムされた通りの動きしかできないガーディアンたちは、次々と魔族に襲い掛かっては、粉砕されてゆく。

 数分もたたないうちに、ガーディアンたちの半数が倒された。


「……まあ、そりゃそうだよな」

 

 莫大な開発費と膨大な期間をかけて作り上げられた魔導工学の結晶が、鉄くずに変えられてゆく姿を見ながら、メガデスは人ごとのようにうなずく。


「動きが複雑になれば、それだけ耐久力も落ちるわけだし。人間相手ならまだしも、魔族なんて、物理法則無視した存在なんだから、勝てるわけないわな」

「感心している場合じゃないでしょ!?」


 のんきに解説するメガデスに向かって、クリーデンスが言った。

 学制の身分の彼女とラオは、戦闘には参加しておらず、メガデスと共に戦闘を見学していた。

 圧倒的な力を見せつける魔族の姿を、クリーデンスは歯噛みしながら見守る。


「このまんまじゃ、みんなやられちゃうよ。どうにかしないと……。メガデス君、なんか方法はないの?」

「無茶いうなよ、お前」


 あきれたように、メガデスはこたえる。


「魔族っていうのは、異界からやってきた最強の生命体だ。物質界の生態系を無視した構造をしているため、基本的に物理的な攻撃は効果がない。かといって、攻撃呪文を直接ぶつけても効果はない。肉体の周囲を濃密な魔力の塊“魔素”が覆っているからな。見てみろ」


 そういうと、魔族を指さした。


「魔族の体にまとわりつくように、黒い煙がまとわりついているだろう? あれが“魔素”だ。魔力の結晶で、攻撃呪文を放っても魔素に阻まれてしまう。おまけに人体に有害なんで、魔素を吸い込んだ人間は倒れてしまうんだ」

「それじゃあ、打つ手ないじゃん! 普段は偉そうにしてるくせに、使えないわねぇ!」

「やかましいいわ。まあ、一般的な対魔族戦では、魔素を取り除いたうえで、攻撃呪文をぶつけるってのがセオリーなんだが……」

「わかった!」


 いうや否や、クリーデンスは魔族めがけて駆け出した。


「わかったって、……おい。バカ。やめろ! 話聞いてなかったのか? うかつに近づくと、魔素にやられるぞ!」

「大丈夫! ラオ、お願い!!」

「了解」


 ラオに向かって言うと、クリーデンスは一直線に魔族に向かってゆく。

 その背中を見送りながら、ラオは呪文詠唱をはじめる。

 

「福音書7:31。かくて神の言は慈しみ給うなり!」


 ラオの呪文は、メガデスの使う古典魔導でも、学校で教えている現代魔導とも違う系統の魔導だった。

 その清廉なる術式に、メガデスは目を見張る。


「神聖魔導。浄化の呪文か!?」


 神聖魔導とは、教会に所属する神官のみが扱える魔導である。

 効果は限定的であるが、使いどころを間違えなければ強力な呪文である。

 特に、魔族を相手とした場合には絶大な威力を発揮する。


「今です、クリーデンスさん!」


 ラオの放つ浄化の呪文は、魔族の周囲にまとわりつく魔素をかき消した。

 周囲を覆っていた黒い霧が晴れ、魔族の姿がより鮮明となったところに、クリーデンスが突撃する。


「てぇい!」


 いまいち緊張感のない掛け声とともに、拳を繰り出す。

 拳の先端が脇腹にめり込むと、魔族はよろめいた。


「とう!」


 続いて、魔族の右足めがけて回し蹴りを放つ。

 巨木のような脛部を蹴りあげると、魔族の巨体が大きくかしいだ。


「てやぁっ!」


 続いて、左右のパンチ。

 とめどなく繰り出される連打に、魔族は棒立ちになった。

 クリーデンスに一方的にタコ殴りにされている魔族の姿に、メガデスは絶句する。


「……なんだこりゃ?」

「だから言ったでしょう。エリートなんですよ、彼女は」


 いつものように淡々とした口調で、傍らのラオが言った。


「クリーデンスさんは、基礎魔導式はできないけど、身体能力だけは別格なんです」

「……別格って、別格すぎるだろうが! 相手は魔族だぞ。異次元からやってきた、最強の生命体なんだぞ。身体能力で、生身の人間がかなうような相手じゃないだろうが!?」

「そんなこと言われても知りません。元々、クリーデンスさんがスカウトされた理由も、その身体能力を研究するためだったといわれています。……結局、何もわからなかったようですけど」

「宮廷魔導士団をもってしても、理解できない戦闘力って……」

「それでも、魔族を倒すまでには至らない」


 話している間にも、戦闘は続いていた。

 やがて、魔族も単調な攻撃に目が慣れてきたのだろう。

 はじめこそ一方的にやられていた魔族だが、徐々に攻撃を受け流すようになってきた。

 やがて、魔族の反撃が始まった。

 クリーデンスめがけて、右手のかぎ爪を振り下ろす。

 

「ひゃぁっ!」


 小さく悲鳴を上げながらも、振り下ろされたかぎ爪を髪一重でかわす。

 腕力だけでなく、反射神経も優れているようだ。

 魔族の反撃をかいくぐると、クリーデンスはさらに攻撃を続ける。

 

「やはり魔族ですね。物理的な攻撃では傷一つ、つかない」


 平然と攻撃を受け続ける魔族の姿に、ラオは唇をかむ。

 聖職者にとって、魔族は不倶戴天の敵だ。

 神に仇成す不浄なる存在を看過することは、彼女にとって屈辱なはず。


「あなたの言う通り、攻撃呪文でないと魔族は倒せないみたいですね」

「お前、もしかして攻撃呪文は使えないのか?」

「基本的に神聖魔導は、相手を傷つけるような呪文は覚えられないことになっていますから。学校で教わった攻撃呪文もありますが、魔族に通用するかどうか……」

「なんだよ。エリートとかほざいていた割には、弱気じゃねぇか?」

「簡単に言わないでください。そもそも、魔族に効果を与えるには、相手の出自を特定し、効果的な呪文をぶつけなければならないんです。名前のわからない魔族を相手に、無暗に攻撃しても効果はありません」

「しょうがねぇな。あとは、俺に任せろ」

「……え?」


 驚きにつぶやくラオの横で、メガデスは呪文の詠唱を始める。


「《深淵》より来たれ、払暁の藩主! 散楽の威をもって、当為を貫け!!」


 魔族に向かって、メガデスの放った呪文が炸裂する。

 三角錐の形をした黒い影。

 重力場で構成された槍が、魔族の体を深々と串刺しにする。


「キシャァァァッ!」


 耳障りな悲鳴を残し、魔族は息絶えた。

 元々、不安定な存在である魔族は、現世界ではその肉体を維持できない。

 その肉体は細胞分裂をはじめ、やがて内部から破裂した。


「ふぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 消滅の際生じた小爆発に、クリーデンスが巻き込まれたような気がしないでもないが――それはまあ、おいておくとして。

 こうして魔族は、遺骸も残さず消滅した。

 あとに残されたのは、爆発に巻き込まれ、目を回したクリーデンスだけだ。


「い、今の、あなたがやったのですか?」

「まあな」


 驚愕するラオに、得意な様子で答えてみせる。


「一体どうやったんですか?」

「魔族は最強の生物だが、無敵ではない。もともと、よその世界から来た生物だ。この世界では、半分の実力も発揮できない。弱点を突けばあっさりと倒せる。形状から見て、あいつは深淵に棲む低級魔族だ。魔力源を同じくする深淵の重力槍をぶつければ、簡単に倒せるってわけだ」

「そんな……、深淵にいる魔族は、確認されているものだけでも数百体はいるんですよ? それを特定した上で、あんなに簡単に魔族を倒してしまうだなんて……」


 実際には、それほど簡単ではなかったのだが。

 簡単に見えるのは、二人のサポートがあったからだ。

 ラオが魔素を除去し、クリーデンスが魔族の動きをとめてくれたおかげで、随分とやりやすくなった。

 メガデスだけでも倒すことはできただろうが、楽にはいかなかったろう。

 それを口にすると、きっとクリーデンスはつけあがるだろうから、決して口にはしないが。


「あなた、いったい何者ですか? まさか、本当にメガデス……」

「ラオ!」


 疑惑のまなざしを向けるラオに、背後から声がかかる。

 クラウディアだ。

 

「負傷者の手当てを手伝ってくれ。魔素の除去だけでもしないと、救急隊も呼べやしない」

「……わかりました」


 メガデスに不信のまなざしを向けながらも、ラオは怪我をした隊員たちの治療に向かった。

 魔族を倒したとはいえ、事件がこれで終わったわけではない。

 動ける隊員たちに向けて、クラウディアが指示を出す。


「周囲の警戒を怠るな! こんなところで、魔族が自然発生するはずがない。召喚した魔導士がいるはずだ。まだこの辺にいるかもしれな……」

『親愛ナル、スペルディア市民二告ゲル……』


 スペルディアの上空。

 クラウディアの声をかき消すように、大音声が鳴り響いた。


『私ハ“ファストウェイ”。魔王メガデスノ意思ヲ受ケ継グモノデアル』

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